第七話『尋ね人、海辺にて』

__人人人人人人人__

>   ハンナへ   <

> お誕生日おめでとう<

>  愛しているよ  <

>   パパより   <

 ̄ ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ ̄


——西の夜空に、特大の、真っ赤な花火が上がった。


 妙だ。

 わたしは頭の中で情報を整理する。送り主『ゼイゴ・タラソボ』の貨物。ハイジャンは最初、それを兵器級核燃料プルトニウムだと予想した。でも中身は花火玉だった。ハイジャンとアダムはその事実をいとも簡単に受け入れて、打ち上げた。『ハンナ』、『誕生日』、『パパ』。これってつまり…………そういうこと、よね? それにハイジャンとアダムの違和感まみれのやり取りに、最初はみんな困惑していたけど、すぐに、何かに操られているかのように、花火の打ち上げに興奮しだした。はっきり言って、ここ数分の一連の出来事は……異常よ!!


「『ハンナへ、 お誕生日おめでとう、愛しているよ、パパより』か。こっ……こここれはつまり、なっ、何を、意味するんだ!?」

 ルークさんが声を震わせてそう言った。ルークさんの顔には、何かを悟ったような、でも現実を認めたくないような、複雑な表情が浮かんでいる。

「ねぇルークさん。わたし……心当たりがあるわ。ディエット航空六四一〇便が墜落したあの日、貨物室の残骸の中で、大きな包みを見つけたの。それは明らかに誕生日プレゼントのような見た目をしていてたわ。包装紙の破れたところからは、見覚えのある濃いピンク色の箱がのぞいていた。中身は、アリサちゃん人形だったの。つまりは、お人形さんごっこのお人形。女の子なら誰もが通る道、わたしも使っていたわ。それから、包みにはこう書いてあったわ、『ちいさくてかわいいハンナへ』ってね。つまり、花火が示した『パパ』というのは……」

「ハンナって子のパパが、ゼイゴ・タラソボってヤツなのは確定事項らしい、な。でもって、アダム、ハイジャン、お前たちのさっきのやりとりは妙で仕方なかったが、とにかく、兵器級核燃料プルトニウムだと思った箱の中身は、花火だった。みんな……何が起こったのか、理解できるよな??」


「「「「…………」」」」

 ハイジャン、アダムを含めた生存者のみんなも、ルドウィッグさんらサザーニャ族も、硬直している。


「話をまとめると、こうだ。レエム捜査官ハイジャン・アクバーが海に沈めようとしたのは、兵器級核燃料プルトニウムではなく、だった。その大元の持ち主は確かに、、ゼイゴ・タラソボではあった。しかしそれは、メシア連邦の同盟国ナナロクに住むゼイゴ・タラソボの娘、ハンナ宛の誕生日プレゼントだった。エリート諜報員のとんだ勘違い! そうだよな、ハイジャン・アクバー!」

 ルークさんが、どこぞやの名探偵みたく、ハイジャンに向かってバシッと指差す。この流れ、ちょっとまずいわよね。

「ああ。そういうことに、なるな」

 ハイジャンは、冷静に返事する。

「なんだ、悪びれもせず。単なる花火のために、人の命を、一二五人の命を危険にさらしたわけだろう? みんな、この事実についてどう思う?」


 ルークさんがそう問うと、生存者のうちの一人、気弱そうな男の人が、一歩前に出る。


「そ、そうだ。俺たちは、たまたま誰も死ななくて、たまたま人のいる島に落ちただけだ! お、お前は人を殺そうとしたことには変わらないからな!」

 彼はそう吐き捨てた。 


「そうだそうだ! しかもこんな大変な中、生意気にも彼女も作りやがった。お盛んな野郎め、幸せそうにしやがって! こちとら大惨事に巻き込まれたんだぞ?」

 別な男の人がそう言った。

 それに関してはわたしからも謝るわ、ごめんなさい。


「あとあれだな。もし、タンカーが花火の光を見て、救助隊を呼んでくれたとして……お前はのうのうと島を出るのか?」

 また別の男の人がそう言った。


「確かに、それは気に食わないわね!」

 女の人が同調した。


「あと、そこの阿婆擦あばずれも同罪よ! 前の夫に似てるですって? 赤の他人でしょう? そんなやつのこと好きになるなんて、頭がどうかしてる!」

 別な女の人がそう言った。

 キツい言い方だけど、ごもっともかも。


 質の悪い野党みたく、みんなから怒涛どとうの野次が飛んでくる。今まで優しかったはずのルークさんが、皆の賛同の声を聞いて、悪魔のような笑みを浮かべている。辺りが暗いから、余計に怖い。


「うむうむ。やっぱりみんなも、そう思うよなぁ。おい、ハイジャン・アクバー。本当は法律で裁いてやりたいところだが、ここにお前を置いていくのが一番の刑罰かもしれないなぁ」

 そっか、ルークさんも、そう思うんだ。

 

 罵声ばせいはまだ、

 みそうにないな。


「ルークさんの言う通りだ! スパイ野郎も女も、島流しだ!」

「犯罪者の永久追放に賛成!」

「ここで一生罪をつぐなえ!」

「悲劇のカップルか、泣けるねぇ!」

「だな! ま、ちゃんと生きていけるかどうかは知らないけどよ! はははは!」

「あれだ、サザーニャ族のみなさんには、こいつらを甘やかさないように頼まないとだな」

 生存者勢の、今まで一言も発言しなかった人たちまで、そんな言葉を浴びせてくる。


 やっぱりみんな、

 そう思うんだ。

 

 でも、わたしも、ハイジャンも、何も言い返せない。


 そこで、族長のルドウィッグさんが、大きな音で二回、手を打った。


「ワイらとしては、ここにとどまってくれても、ええやで? せやんな、みんな?」

 ルドウィッグさんの、温かい言葉。

 サザーニャ族のみなさんも、こくこくとうなずいてくれている。 


 すると、ずっと黙っていたハイジャンが、おもむろにルドウィッグさんの隣に陣取る。急に、やけに馴れ馴れしい雰囲気になって、なんと、ハイジャンはルドウィッグさんの肩に腕を回しているという始末。


 きた!


 待っていたわよ!


 !!


 とするとアダムは、を取りに行ってくれているかしら……


 わたしは、暗闇を、目をらして見渡す。


 うん、よし。

 アダムが今ここにいないということは、

 問題なく準備が進んでいる。

 それにが、

 アダムの不在に気づいたわね。

 ちょっと動揺してるんじゃないかしら?


「ルドウィッグさん、ありがとうございます! てことで、喧嘩はもうやめにしないか?」

 と、が立場をわきまえない発言をするのだが、その声は妙に明るい。


「はぁ? 何言ってんだ? 全てお前が引き起こしたことだろうよ?」

 ルークさんが、至極当然の指摘をする。それと同時に、


 キタキタ!

 やっちまいなさい、わたし!


 三・二・一・キュー。

 

 わたしは、目掛けてダーッシュ!

 飛びついて、抱きついて、


「ハイジャン! わたし、ここで暮らすわ! あなたと! 永遠に!」

 うわぁ、めちゃくちゃ芝居じみてるなぁ、わたし。

 でも、これくらいで、ちょうどいい。


 なんて言ったって、

 このわたしが!

 なんだからねっ!!


「そうか。んなら君ら二人を、新たな四つ葉島よつばじまの島民として、サザーニャ族として、受け入れるわ!」

 と、ルドウィッグさんが、、わたしたちを受け入れる。

 

 うん、この調子よ!


「っておいおい、みんな、熱が入りすぎてか?」

 がまだしてる。かわいいわね、うふふ。


「アドリブ? なんのことかしら? それよりも、わたしたちがここで暮らすって話、あなたも賛成してくれるわよね?」

 わたしはに、捨てられた子猫のような上目遣いでそう尋ねる。ちょっとキツい? もう全て悟ったかしら?


 でも一つ確実に言える。

 めちゃくちゃ上手くいってる!


「おい、ちょっと待ってくれ。ていうかこれ…………だし?」

 は、冷静を装ってそう告げる。


「「「「…………」」」」

 静まり返る一同。


 そうね。

 ドッキリね。

 でも一つ補足。


 


「おいおいおい!! みんな、を忘れてしまったのか? ほらこれ、だし。てことだからさ、。今までだましてて、ごめんな?」

 うふふ、がなんか言ってる。はぁて、なんのことかしらー? にしても本当かわいいわねあなた。おでこに冷や汗垂らして、わたしのこと、呼び捨てにしちゃって。


「ドッキリ? なんのこと? これからわたしたち、ここで暮らすのよ、サザーニャ族のみなさんとっ」

 わたしは、うっとりとした表情を作る。


「…………まさか、、そういうことなのか!?!?」

 は、やっと目の前の事実を事実だと認めたみたい。茫然自失ぼうぜんじしつとしている。でももう遅いわ。を持ったアダムが、もうそこまで来ていることだし!


 アダムがわたしのもとに駆けつける。


「お待たせしました、大演出家殿どの! ご所望しょもうの品でございます」

 アダムはそう言って、わたしに、一枚の怪しげな布を手渡す。


 これよこれ! 

 魔法のハンカチーフ♪


「どうもありがとう。じゃ、早速……」

 と、わたしは、魔法のハンカチをの口元へと、勢いよく持っていく。これは、そっくりそのまま、あの時の、お返しよ?


 観念しなさい! 

 わが愛しの、秋葉範治あきばはんじ


 ト書とがきはこう。


——は気絶して、深津夏海の胸の中でしばしの間眠る——


〈第八話『糸切りバサミ』へ続く〉

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