祝祭二十二日目の寝床。最終日の夜に。
祝祭二十二日目。祝祭最終日の夜。
体は少しずつ回復してきている。
けれど結局、祝祭最終日まで私は体調は崩したままだった。おまけに熱まで出てきているのを気にしたらしい。今日は朝からずっとイエルが付ききりで看病に来ていた。
「イエル、騎士団の訓練はいいのか? それに式典の予行演習とか準備とか忙しいんだろ? 最終日は特に大切な日じゃないか」
こんなところにいていいのか? とベッドで横になりながら不思議に首を
もう夜だし、最後の出し物とか、締めの挨拶とかどうするんだろう? とか、何だか細々気になってきた。
「あ、熱下がったみたいだ」
「
平気な顔で嘘を付くなと述べるイエルは、ベッドの横に持ってきた椅子に座り、今はこちらを監視している。けれど、さっきまでいくつかの書類に目を通していた。
足元にも沢山書類が山積みだ。おそらく祝祭に関するものだろう。
サイドテーブルには私の水と薬の他に、イエルの飲み物も置かれている。
……そういえば、昔私が風邪を引いて寝込んだ時もこうしてくれたことがあったな。
やることは昔と同じだなと内心苦笑する。
安心したおかげでホッと気持ちが緩んだ。
「やっぱり熱が上がったみたいだ」
「だったらこれ以上は気合いで熱を上げるな」
え、それ本気? と、私はイエルを見上げる。
「熱を上げるな何て、病人に言う人初めて見たんだけど……」
そう話している合間にイエルから薬湯入りのカップを差し出されて、体を少しだけ起こし、仕方なく受け取る。
ちなみにリーバは、このベッドの下で丸くなって寝ている。
この祝祭期間でリーバは、就寝時に私と寝るようになった。しかし私の具合が本格的に悪いときは、だいたいベッドの下か、お昼寝程度なら適当な部屋のベッドの下で寝ていることが多い。
丸い体をさらに丸くしてベッドの下に入っていると、もはや白い巨大な埃の塊にしか見えない。
使用人たちも最初それを見たときは何故巨大な埃が? と大変戸惑っていた。
今ではすっかり慣れて、掃除のときにリーバがベッドの下にいるときは邪魔しないよう、別の部屋を先には掃除するようにしてくれているそうだ。
皆リーバを可愛がってくれている。ちなみに「白い埃」と何度か呼ばれているのを聞いたことがある。
「いいから、薬湯を飲んでさっさと寝ろ」
言われて飲んでみると、甘かった。砂糖入りの薬湯を飲み干してイエルに返す。
イエルが空になったカップをサイドテーブルに戻した。
コトンとカップが置かれた音を聞きながら、ふと思い出したことを聞く。
「そういえば、祝祭三日目の日に薬湯作ったのってイエル?」
「お前は風邪を引くとすぐ高熱か出るし、昔から苦いと飲みたがらないだろう」
「それはそうだけど……あ、そうだちょっと待って」
「なんだ? おい、急に起き上がるな」
そう言われても急には止まれないし、やることあるから止まりたくないし、でも自力で立て直そうとして無理だった。
「おっと」と口調こそ
「何をしている?」
「ふらふらする。でも、まだ寝たくない」
「ゼトス?」
私の本音がダダ漏れているのに、イエルは少し驚いたようだ。私の名前を口にしたイエルの
支えられながら、サイドテーブルの引き出しに、私は手を伸ばした。そこにしまい込んでいた物を取り出す。
ピンク色をした
「……これあげる」
「何だ?」
いったい何が怖いんだか。今まで渡す機会はいくらでもあったのに、渡せなかったものだ。
リーバを散歩に連れて行ったときに買って、イエルに渡すか悩んで、結局サイドテーブルの引き出しにしまい込んでしまった。
「これは薬湯のお礼」
「薬湯の?」
「ローゼセのお菓子、昔好きだっただろ? 今は知らないけど」
「それは……いったいいつの話をしている」
不審な目を向けられたけれど、一応受け取ってはくれた。
さて、ゆっくり休むとするか。
私はベッドにいそいそと入り直す。
「でもそれ、買ったの五日前だし。だから一昨日新しいのを買いに行こうと思ってたのに行けなかったからさー。美味しくないかも」
「…………」
「ダメだったら捨てていいよ」
枕に頭を乗せて、目を
イエルとの会話に安心して、ここ数日あれこれやらなきゃいけないことにたくさん気を張っていたのが、やっと緩んできたようだ。
途中から何やら体がふわふわとした感覚に包まれる。薬湯が効いてきたみたいだ。
「それで、お前はここ最近何やら色々と動いていたようだが、したいと思っていたことはできたのか?」
「うん、それは多分もう問題ないんだ」
イエルには結局、ラナの子供を探していた話はしていない。
けれどイエルも「そうか、ならいい」と言ったきり、無理に追求しなかった。
この人はいったいどこまで私のことを知っているのだろう?
もう告白なんてしないし、ちゃんと距離を置いて弟として接している。その選択に間違いはないはずだ。
でも、弱っているときは、たまに昔みたいに甘えたくなる。
「ねえ、兄さんって呼んでいい?」
実はこのやりとり、通算数百回目となる。だからイエルも慣れたものだし、私も慣れたものだ。
こう言うと、イエルは仏頂面で眉間に皺を寄せているときでも、甘えさせてくれる。
「いいからもう寝ろ」
イエルが布団を引き上げて、私の喉元まで被せてきた。あと、ちょっと面倒くさそうにしながら、布団の上からポンポンしている。
剣を扱い慣れた、私より一回り二回り大きい武骨な手は、ゴツゴツしていて男らしいがとても器用で優しい。
「実は好きだよ。弟として」
「知ってる」
「じゃあ寝る」
「何だ? やけに素直だな」
「ふふふふふふふふふ」
「…………」
おかしな笑いを浮かべているのも、久しぶりに素直に話ができているのも、熱があるせいだ。あと今になって思う。
私たちが出会ったあの頃も、ただ感謝を述べるだけで良かったのかもしれない。
私がおかしな笑いを浮かべても、やれやれとイエルは軽く嘆息を吐く程度だ。
そっか。そうすれば、こうしてイエルの傍にいても、自然でいられたのにな……。
「何だ。また言い逃げか?」
そう言うイエルの声は、どこか優しい。
眠気が限界に達し、私は完全に意識を手放していた──
*
次の日、寝落ちした私が目を覚ますと、オウルと会話しているイエルがいた。昨日の夜と同じ姿勢で、椅子に座っている。
「イエル様も昨日はほとんど召し上がられていないとお聞きしましたので、朝食を用意させました」
「ありがとう。気が利くな」
……そう言えば私も昨日は、薬湯以外ほとんど口にしていなかったな。何か腹に入れるか。
まったりとしたそう思った。──が、起き上がれなかった。
それから熱が上がって、本格的に寝込でしまった私がちゃんと起き上がれるようになったのは、三日後の朝だった。
「まいったな。私は自分で思っていたよりも重症だったらしい」
ベッドに横になりながら、目をゆっくり瞬く。
まだぼんやりしている頭で白いクロスの張られた天井を眺めるていると、少しだけ寝込んでいた三日間の記憶を思い出せた。
寝込んでいた三日間の間、城では特に変化はなかったようだが、なんとなく看病しているイエルの他に、オウルもやってきていたような気がした。
といってもそのほとんどを意識が朦朧としていてはっきりとは思い出せない。
でも何かとても大事ことだった気が……あ。
寝込んでいる私に特大の心配をしたリーバが、調理場の巨大Gを退治したと報告があったのを思い出した。
その日は、お風呂に即刻入れて全力でリーバを洗うよう、オウルが使用人に指示を出していた。
もちろん、プレゼントが贈られる前に、オウルが阻止させて事なきを得たのも思い出したのだった。
でも、もしかしたら夢だったのかもしれないし……。うん、忘れよう。
再びうとうとしてきて、私は二度寝した。
☆☆☆☆☆
そうして怒涛の二十二日間が過ぎ、私の体力も気力も、そして精霊力もすっかり回復した頃。
祝祭から一ヶ月ほどが過ぎて、ようやく
さっそく
「あの、ゼトス様。マルチーズはオヤツなどの甘いものは食べません。授乳はありますので、ミルクは飲みますが。元が超肉食系の野獣なので、その子はおそらくオヤツを自分の食べ物と認識していないのです」
リーバの兄弟姉妹たちだ。あと両親もいる。皆元気そうだ。
それを見たリーバが嬉しそうに、私の周りをキャンキャン走り回っている。久しぶりの兄弟姉妹、そして両親を見られて嬉しいようだ。
「ダンテ、今野獣と言ったか?」
「はい、普通の犬は人間が飼いやすいように何世代にも渡って品種改良がされています。ニワトリなどがいい例かと。ですがマルチーズは品種改良など一切されていない、生粋の野獣なんです。小さいうちから世話をしていればとても懐くし可愛いのですが、大人のマルチーズは野獣そのものです。絶対に人には慣れませんし、まして心を開くことなどありません。マルチーズは孤高の野獣なのです」
「つまり私は、食べ物でも食べれないものを、あの子にたくさん与えていたと?」
「はい」
「自分の食べ物じゃないけど、食べ物だし、しまわないと腐ってしまうからせっせと異空間に収納していたということか」
「おそらくですが、最初にもらったオヤツを食べずにどこかにとっておいたら腐敗したかして、ショックを受けたのかもしれません。でも大好きなゼトス様にもらったものなのでどうにかして原型を留める方法を考えて、異空間に収拾することにしたのかと思われます。オヤツを壊さないようにと、その子は気遣っているのかと……」
「…………」
だからリーバはオヤツを宝物のように扱っていたのか。
そうしてリーバのオヤツ問題が解決した。後は、そのリーバにとっての宝物──異空間にある大量のオヤツをどうするかは、未だ考え中だ。
弟未満にできること 薄影メガネ @manekineko000000
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