星に囚われし灯火
霧島
星に囚われし灯火
とある男子高校生の光浦碧(みつうらあおい)と女子高校生の御影霞(みかげかすみ)は、都会にある普通科の公立高校に通っていた。二人が通う高校には、天体観測部という小さな部活があったが、そこに集まる部員たちは数えるほどしかおらず、ほとんどが天体観測に強い興味を持たない者ばかりだった。そんな中、碧と霞は例外だった。
碧は幼い頃から、星々を見上げることが好きだった。俗世を離れ、星が見える場所に足を運ぶたびに、彼の心は穏やかになり、何か大きなものに包まれている感覚を覚えた。星々の輝きは、彼にとって希望であり、未来への道しるべだった。一方、霞は幼少期からの天文学好きで、今はこの世を去ってしまった大切な人と一緒に星空観察をしていた経験があり、星を見るたびにその人を思い出し、彼女の心は保たれていた。また、彼女はある野望を心に秘めていた。
二人にとって、星空を見上げることは単なる趣味ではなく、心の奥深くに触れる特別な時間だった。夜が訪れるたびに、二人は学校の天文台で過ごし、星々の輝きを追い求めた。霞は星座や惑星の位置を熟知しており、その知識を碧に教えることが彼女にとっての喜びだった。碧もまた、霞の熱心さに触発され、次第に天文学の奥深さに魅了されていった。
天文台の屋上は、心地よい夜風と星空の美しさで包まれていた。二人は無言で星空を見上げ続けていた。
「ねぇ、碧。」霞がふと口を開いた。「碧が一番好きな星って、どれ?」
碧は少し考えるように目を閉じ、優しい微笑みを浮かべた。「そうだな…。僕の好きな星は、シリウスかな。」
「シリウス…」霞は軽くつぶやき、視線を星空へと移した。
碧は頷き、シリウスの話を始めた。「ああ。シリウスは夜空の中で最も明るい星で、冬の澄んだ空気の中では特に目立つんだ。子供のころ、祖父と一緒に星を見ていた時に、よくシリウスを指さして『あれが夜空の灯火だよ』って教えてくれたんだ。」
碧はしみじみと語り続けた。「うん。祖父が亡くなってからも、シリウスを見るたびに、その光が僕を勇気づけてくれるんだ。どんなに暗い夜でも、シリウスが光っていると、なんだか安心できるんだよ。」
霞は微笑んで、碧の話に耳を傾けていたが、心の中では異なる思いが浮かんでいた。彼女の瞳には一瞬、何かがよぎったが、すぐにそれは消え去った。
「いい話だね、碧。」霞は静かに返した。「でも、私の好きな星はちょっと違うんだ。」
碧は興味深げに尋ねた。「霞はどの星が好きなの?」
霞は一瞬の間を置き、深い呼吸をした後に答えた。「私が好きなのは、アルデバランかな。あのオレンジ色の温かい光が、私にとって特別なんだ。」
「アルデバランか…。それも素敵な星だね。」碧は頷いた。
霞は遠くを見るように星空を見つめ続けた。「私には、アルデバランにまつわる大切な想いがあるの。でも、今はその話をするつもりはないの。ただ、その星が私にとってどれだけ大切かだけは知っていてほしい。」
碧は霞の言葉に深い意味を感じ取りながらも、それ以上は尋ねなかった。「そうなんだ。君にとってのアルデバランが、僕にとってのシリウスと同じくらい大切なものなんだね。」
霞は静かに頷いたが、心の中では言葉にならない思いが渦巻いていた。碧に伝えられない想いを胸に秘めたまま、彼女はただ、星空を見つめ続けることしかできなかった。
二人はそのまま、無言で星空を見つめていた。シリウスの冷たくも強い光と、アルデバランの温かくも寂しい光が交わる夜空の下で、彼らの間に流れる静かな時間が、次第に運命の糸を紡いでいく。
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霞は一人、静かな夜の天文台の屋上に佇んでいた。周りには誰もおらず、ただ冷たい風が彼女の髪を揺らしているだけだった。彼女の視線は夜空の一点に釘付けになっていた。それは、アルデバランだった。それは彼女にとって特別な星———彼女の大切な人が囚われている星だった。
「・・・・」
霞はかすかに唇を動かし、星に向かって囁いた。彼女の声は、風に乗って夜空に溶けていく。
「あなたがここにいると知ったとき、何もできなかった自分が悔しかった。どうしてもあなたを助けたかったのに、私にはその力がなかった。」
彼女の瞳には、どこか遠くを見るような悲しみが宿っていた。
「でも、もうすぐ終わる。碧なら……彼なら、あなたを助けられる。私が代償を払わなくても、彼が……」
霞の声は震え、言葉に詰まった。彼女は一瞬、目を閉じて深呼吸をした。
「ごめんね。私があなたをこんなところに閉じ込めたせいで、あなたにこんな苦しい思いをさせてしまって。でも、もう少しだけ待っていて。もうすぐ、全てが終わるから。」
霞の声は次第に小さくなり、最後には完全に消えてしまった。彼女は一人で涙を流すこともなく、ただ静かに星を見つめ続けた。
「もうすぐ、全てが終わる……そして、あなたは自由になれる。」
その言葉が霞の心に深く刻まれ、彼女は再び夜空に視線を戻した。冷たい星の光が彼女の瞳に映り、まるで彼女の心の中の闇を照らし出すかのようだった
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ある日の放課後、天文台で碧がいつものように霞を待っていた。彼は星空を見上げながら、霞がやって来るのを心待ちにしていた。しかし、時間が経っても彼女は現れなかった。
「どうしたんだろう、霞……」碧は不安な気持ちで何度も携帯を確認したが、霞からの連絡はなかった。
次の日も、その次の日も、霞は学校に現れなかった。碧は心配になり、彼女の家に電話をかけたり、友人に聞いたりしたが、誰も霞の居場所を知らなかった。霞はまるで、突然この世から姿を消したかのようだった。
日に日に碧の心は不安と焦りで満たされていった。彼は何度も霞との思い出を振り返り、彼女が最後に残した言葉や行動に意味を見出そうとした。しかし、どれも霞の突然の失踪を説明するには不十分だった。
碧は霞との思い出の場所である天文台に再び足を運び、彼は一人で星空を見上げながら、霞が好きだったアルデバランをじっと見つめていた。
「霞……どこにいるんだ……どうして、俺を置いていったんだ……」
碧の心は徐々に壊れていった。彼は霞のいない世界に耐えられず、次第に絶望に飲み込まれていった。彼女がいないことが現実だと理解するたびに、彼の心は砕け散るような痛みを感じた。
碧の視界がぼやけ始め、まるで彼の体が何かに溶け込んでいくような感覚が広がっていった。彼の周りの世界が遠ざかり、意識が次第に薄れていく。
体が光り、星の輝きに包まれていく感覚が広がる中、碧は意識を失いそうになった。
碧の身体はそのままゆっくりと光を放ち始め、その光は徐々に強くなり、彼を取り巻く全てを包み込んだ。彼の心は星の輝きに溶け込み、意識は完全に星の一部となった。まるでアルデバランの光が彼を呼び寄せ、彼を自分自身に変えようとしているかのようだった。
突然、彼の視界に奇妙な光景が広がった。星の中に、朧げな影が浮かび上がってきた。
「君の番だね。」
碧は何者からか何よりも重たいバトンがなすりつけられたような気がした。
碧の肌は透き通るような光を放ち、まるで肉体が消えていくように感じられた。そして、最後に残ったのは、星のように輝く純粋なエネルギーだけだった。碧は完全にアルデバランと一体化し、彼自身が星そのものに変わり果てたのだ。
碧は、もはや自分自身を人間として認識することができなかった。彼はただ、星としての存在を感じ、周囲の無限の空間を漂っていた。彼の意識は広がり、遥か彼方にまで届くようになったが、同時に孤独が彼を包み込んでいた。
碧はアルデバランとして夜空に存在し続け、彼の存在は霞に対する愛と絶望の象徴となった。彼はかつての自分を思い出すこともなく、ただ星として輝き続けることだけが彼の新しい運命となった。
碧が完全にアルテバランとなり果てた瞬間、霞の大切な人は星から解放された。星の光が弱まり、代わりにその人の姿が現れた。彼はまるで夢から覚めたように目を覚まし、自由の身となった。しかし、その代わりに碧は永遠に星として存在し続けることになった。
霞はそれを遠くから見守りながら、静かに涙を流した。彼女は碧を犠牲にすることで大切な人を救ったが、同時に彼を失うことになった。その痛みは深く、彼女の心に一生残ることとなった。
「待っててね碧。」霞はつぶやいた。
そして今日もアルデバランは輝き続ける。
星に囚われし灯火 霧島 @halhal01
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