エレベータと自動ドア
@Teturo
エレベータと自動ドア
ジットリと蒸し暑い深夜。
休憩室では女性ベテラン相談員が、ケアプランの確認を行なっていた。お盆の時期はショートステイが多く、キャンセルや急な要請が多くなる。自分が把握していないスケジュールを、他のケアマネなどが勝手に組み込んでいないか、チェック出来るのは、入所者が寝静まった、この時間だけだ。
(まぁ、そうは言っても、大人しく寝てくれている人は少ないけどね)
苦笑する彼女。その時、入口のドアが激しく開いた。
「の、野村さん! ちょっと来て下さい!」
新人介護士の男性職員が部屋に飛び込んで来た。茶髪で良く笑い、いつもは子犬のように人懐こい。高校を卒業したばかりの、彼女にとっては息子と同様の好青年である。その彼の顔色が真っ青になっていた。
「あら、神部君。どうしたの?」
青年は彼女の手を取ると、エレベータホールに誘った。
「今、このエレベータ、二階に停まっていますよね」
そう確認して開ボタンを押すと、中には誰も乗っていなかった。エレベータの筐体は通常の物より、広くて長い。寝たままの使用者を移動させるのに必要となる為だ。
二階建ての介護老人福祉施設でも、そういう理由でエレベータが必要になる。しかし公立ではなく一般企業の悲しさで、平時に職員が使用する事は、不文律で禁止されていた。
「僕、夜間巡回の途中で、ホールの前に来たんです。そしたら一階からエレベータが上がってくるじゃないですか。非常事態で人手がいると思って、前で待っていたら誰も乗ってないんですよ」
深夜の職員が使わないエレベータ。心配になって一階ホールに行ってみたが、誰もおらず職員は誰も使用していないという。必死になって説明していた青年は、彼女の顔を見て怪訝な表情を浮かべる。
「一階にいた主任と同じ顔してる! どうしてですか?」
「そのうち慣れるわ。……こういう施設では、良く有る現象なのよ」
彼女は淡々と説明を始めた。
終末医療を行う病院と異なり利用者は、この施設への愛憎が残りやすいのだろう。入るにしても出るにしても、彼らの気持ちの一部が、この場所に置き去りにされるのかも知れない。
「それでね。お盆の時期や利用者にとって大切な時になると……」
「わぁっ! 止めて下さい! 怖くて、ここで働けなくなっちゃう!!!」
青年は頭を抱えて、その場に蹲った。それを見てケラケラと笑う野村。
「冗談よ。自動ドアだって、誤作動で勝手に開いたりするでしょう?」
「そうなんですか? ……本当に?」
「当たり前じゃない。ほら、おいで」
野村は階段で一階へ降り、玄関ホールに足を進めた。自動ドアの上部にある感知器に向かって、手を振った。ドアの前に誰もいないのに扉が開き、そして閉まった。それを見て彼女は小首を傾げる。
「ね? こういう事が稀にあるのよ。エレベータも自動点検の作業確認だしね」
それを聞いて、青年は大きく息を吐いた。
「もう! 脅かさないで下さいよ。本当に利用者さんの霊が来たのかと思ったじゃないですか!」
青年が大きくため息をついた時、玄関の自動ドアが再度開いた。野村は彼の側にいて、感知器に手を翳していないようである。慌てて視線を飛ばすが、彼女は肩を竦めるのみである。
ゴウン
二階に停まっていたエレベータが動き出し、二人の目の前で扉が開く。中には誰も乗っていない。そして扉が閉まると再度、二階に筐体が上がって行った。
「今、何か玄関から入って来て、二階に上がって行きましたよね?」
「さぁ? 何かの偶然じゃないかしら。別に今日がお盆の入りであるとか、関係ないと思うわよ?」
「……お盆明けの夜勤は、シフトチェンジして貰います」
真っ青な顔色の青年は、力無く首を振った。それを見て野村はニコリと微笑む。
「そうねぇ。歴史のある病院や施設では、こういう偶然が多いかもね。この業界で働くなら、少しずつでも慣れた方がいいかもね」
エレベータと自動ドア @Teturo
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