半魔のお姉さんに買われて、奴隷幼女の私が抵抗しながらも堕とされた??話

中毒のRemi

第1話 無口なご主人様

 太陽が丁度、真上にある時間帯。

 と言っても曇り空で太陽が見えないけど、ようやく目的地だった場所が見え始めた。


「見えてきましたよ、ご主人様! あそこが祭りの開かれる王都です!」

 ――うん、着いたらさっさと宿を取って休もう。――

「え、何を言ってるんですか? 今日は祭りが開かれてるっていま言いましたよね。王都に入ったらまず食べ歩きをするんですよ」

 ――…………分かった――


 相変わらず何を考えているか分からない。

 ただ、少しだけ嫌そう?に見える。

 もう2年くらいの付き合いになるというに、いまだに筆談と身振り手振りでしかコミュニケーションを取ってくれない、無口なご主人様。


 この人は私を買った時から何も変わらない、もう2年くらいの付き合いになるというのに……




 * * *




「お母さんの所に返してよおお!!」

「助けてえええええ!!誰か!!!」

「うわああああああああんんん!!」


 ……はぁ。

 生まれるのならもっとまともな世界、親の元で生まれたかった。

 

 私の名前はルナ。

 この世界へ転生する前は中学生として生活していたけど、運の悪いことに病死してしまい、気づけば奴隷として働く事になっていた。


 生きてる歳は数えてないけど、自分の体を見た感じ、6・7歳ほどだろうか。

 物心がつき始めたのはもっと小さい頃、その時から私は奴隷だった。


「うるせえぞ!売られる前から痛い目にあいてえか!?」


 その言葉と同時に子供達が静かになった。

 

 そう、売られる。

 どうやら年齢的に私を含め今集められている子達くらいが1番売れるらしく、今私達のいるオークション会場で明日、競売に賭けられるらしい。


 買い手によって違うだろうけど、子供奴隷の使用用途として最悪なのが性奴隷や人体実験と行ったところだろうか。


 あぁ……

 とりあえず売られるなら逃げる隙がある人の元に売られたい。

 生まれ変わって一生奴隷として働くなんて絶対ごめんだ。


 少し時間が経つと、この景品置き場に扉を開けて1人の男が入ってきた。


かしら、マズイです。冒険者が来てます」

「冒険者? 冒険者が来たから何だってんだ。この国じゃあ奴隷売買は禁止されてねえんだぞ。とっとと追い出して来い」


 冒険者。

 様々な雑事や問題を解決をしてくれる団体、もしくは職業だっただろうか。

 詳しくは知らないけどこの人達の反応を見るに、もしかしたら逃げる前に助かるかもしれない。

 

「いえ、それがただの冒険者ではなく例のSランクの半魔――」


 下っ端の人が何かを言い切る前にもう1人、扉を開けて入ってきた。


 女性だ。

 綺麗な耳飾りに少し薄い色のした長い金髪、そして赤い瞳。

 ……赤い瞳。


「ちょっ?! なに勝手に入ってるんだお前! 外で待ってくれって言っただろ」

「いや、それ以前に冒険者が用のある場所じゃないんだぞここは。魔族混じりとはいえSランク様なら分かるだろ、何の用件だ?」


 そうだ、そうだった。

 赤い眼をしているということは魔族。人類の4割を滅ぼした種族ということを証明するものだ。

 200年ほど前の話だけど……

 一般家庭では赤い眼をしている人を見かけたら全力で逃げろと教え込まれるらしい、

 魔族混じりということは半分だけなのだろうか?


 冒険者と聞いて期待していたけど、淡い期待に終わりそうだ。


 そんな事を考えていたら突然その女魔族が手に魔力を込めて、2人に向けて突き出し――


「ちょっ?!待て待て!いきなり何をする気だお前!!」


 魔力を飛ばした。

 ただ、それは頭と呼ばれる人の前で丁度止まって、魔力が文字の形へと変化したのだ。

 

 ――奴隷を買いに来た――


「……ふぅ。ここで死ぬことになるのかと思って焦った」

「驚かせんなよ……半魔が魔力で書いた文字でしか会話しない噂って本当だったのか、馬鹿げ過ぎてて信じてなかったぜ」


 流石に私もちょっとだけ驚いた。

 ここでいきなり殺し合いが始まるのかと思って少しドキドキしてしまった。


 他の子供達もしっかり魔族のことについて知っているようで、涙を流しながら目を閉じて檻の端っこで声が漏れないように自分の口を塞いでいた。


「勿論ダメだと言いたいが、Sランクの肩書きは強いからな……仕方ない、ただし買って良いのは1人だけだ。さっさと選んで帰ってくれ」

 ――分かった――


 その魔力文字を書き終わると同時に迷わずこっちへ向かって歩いてきた。


 ――この子をもらう―― 


 え……なんで?

 と聞きたいところだけど、奴隷の身分でそんなことを聞けるわけもない。


「あぁ、分かった。金貨200枚を置いてさっさと帰ってくれ」




 * * *

 

 


 新しいご主人様に挨拶も満足に出来ず、急かされるように建物から追い出された。

 今からするべきだろうか……いや、しなければならないだろう。

 

「えっと、挨拶が遅れました。名無しの奴隷です。精一杯ご主人様のために働かせていただきます」


 にしても半分魔族ののご主人様か、この世界の人と2人で行動をするというのは、初めての経験なのでどうすれば良いのか分からない。


 ――名前、無いの?――

「はい、買われる奴隷にはみな、名前がありません。ご主人様のお好きな様にお付け下さい」


 1番困るのはやはり口を使ってコミュニケーションを取ってくれないところだ。


 人の機嫌というのは声色からでも大体わかるものだ。相手が何を考えているのかを予測するのに欠かせないもの。


 だというのにそれを封じられる。

 しかも相手は半魔。

 どこで怒りの地雷があるか分からない。

 殺されないよう神様に祈っておこう……

 

 ――分かった。貴女のことをルナって呼ぶことにする――


「かしこまりました。これからよろしくお願いします」


 少ししてご主人様の名前がヴィオラという名前である事を知った。

 名前で呼ぶよう命令されていないので、今まで通りご主人様と呼ぶ事に変わりはない。


 


 * * *

 


 

 それからは魔物と戦える様に指導を受けて、冒険者としてご主人様の活動をサポートしている。

 ただ1番任せられる仕事は魔物との戦闘というより……


「全部で銀貨50枚……と言いたいところだが、お嬢ちゃんが可愛いから安くしとくよ、銀貨35枚だ!」

「あはは……どうもありがとうございます」


 こう言った買い物や冒険者ギルドで依頼を取ってくるなど。

 ほんの少しでもコミュニケーション能力を求められる部分が出ると、基本的に私が動くことになる。


 最近は私以外に魔法文字を使って会話しているところを見た記憶が殆ど無い。

 とことん人と会話をしたくないのだろう。


「買ってくる物はこれで良かったですか?」

 ――うん、ありがとう――

「ご主人様……たまには私以外とも魔法文字でいいので会話した方が良いですよ? 今はよほどの事が無いと魔法文字も使わないですよね?」

 ――それはちょっと……――


 相変わらずポーカーフェイスを崩さず、何を考えているのか分からないご主人様。


 ただ、ご主人様相手にこんな軽口を叩いても怒られないというのが分かったし、魔法文字以外にもときどき身振り手振りで私とコミュニケーションを取ろうとする姿は少し愛らしいとも思う。


 無口なのは変わらないけど優しくして貰ってるので、逃げようという気もほとんど消えてしまった。


 ――じゃあ、次の街に行こう――

「そうですね、それでは適当に乗せていってくれそうな荷馬車を探してきますね」


 それだけ言い残してその場から立ち去ろうすると……


 ――……待って、私もついて行く――


 すぐ腕を掴まれ止められた。

 

「えっと、いつも思うんですけど普通にここで待ってくれてても良いんですよ」

 ――ダメ、前はそうやって逃げようとした――

「もうそんなことしませんよ、それにいつの話をしてるんですか……」


 そう、逃げ出した。


 出会ってすぐのころに一度だけ。

 勿論すぐに捕まって流石に死を覚悟したけど、優しく抱きしめられ、撫でられながら『お願いだから私から離れないで』という魔法文字を見せられては状況的にも選択肢が頷くしかなく。


 ちなみにこの時も無表情で何を考えているか分からなかった。ポーカーフェイスは徹底しているらしい。


 ――でも、ダメ――


 そして基本的に逃げ出さないよう、一緒に手を繋いで行動というのが増えた。

 離してくれるのはすぐ近くにいる時、もしくは私が他の人と話す時だけ。


「ホント、縛り付け方が子供っぽいですよね」

 ――…………――


 寝る時も逃げ出さないように私のことを抱きしめながら寝るのだから、呆れを通り越して可愛いとさえ思えてくる。


 相手を逃さないという点で考えるならどう考えても他に良いやり方があるのだ。

 魔法が存在する世界ならやりたい放題だろう。


「……まぁ良いです。では一緒に行きましょう」

 ――……うん――




 * * *




 そうして時間が過ぎながらも、祭りが開かれている王都に着いた。


 昼頃には着いていたというのに、王都の入り口に馬車が並んでいた所為でもうほとんど日が沈んでしまっている。


 街の中は魔道具や屋台の光で照らされていて明るい。

 笑い声と共に、種族関係なく老若男女が行き交っていく


「という空が曇ってて星が見えないですね」

 ――うん、それは仕方ない。早く宿に行こう――

「は? 何を言ってるんですか! 私は初めて祭りに参加するんです!馬鹿なことを言ってないでさっさと食べ歩きに出かけますよ!」


 王都へ来たのにはわけがある。

 冒険者としての活動が理由の1つ目。

 もう一つは噂で聞いた1000年に一度、この国からでしか見えないと言われている星を見るため。


 とはいえ曇り空で見れないなら仕方ない、祭りを楽しむだけだ。


 

 ---


 

「ご主人様!このお菓子めっちゃ美味しいですよ!全部買って良いですか?!」

 ――流石にそれは……――


 お金は沢山あるので色んな屋台を回ったり。

 

 ---


「お嬢ちゃん上手いね〜、景品はこれだよ」

「やったー!ありがとうございます!」

 ――…………――


 ご主人様に見守られながら輪投げで遊んだり。


 ---


 アクセサリーが売られてる店で。

 

「これ買いたいんですけど……まあまあ値が張るんですよね〜」

 ――別に買う必要性ある?――

「はぁ?……ここは最低でも『そうだね、高いね〜』って共感するべきところですよ? 」

 ――そんなこと言われても――

「なんですか『買う必要性ある?』って、デリカシーの欠片も無いですね。全然許せそうに無いのでこれ買います!」

 ――…………――


 少しだけご主人様を相手に怒ったりもしたけど、祭りは凄く楽しかった。




 * * *




 ――流石にそろそろ宿に行こう――

「う〜ん、そうですね……行きましょうか」


 祭り最大の主役である星空はまだ現れない。

 そしてどうやらご主人様の我慢も限界らしい、そんなに人がいっぱいいる所が嫌なのだろうか。


 そう思うと申し訳ない事をしたとは思うけど、まだ私の星観祭は終わってない。

 星空が見えるまで少しでも時間稼ぎをしなければ。


「ご主人様、折角なので少し遠回りしましょう。安心して下さい。人通りの少ない道を教えてもらったのでそこまで不快にはならないと思います」

 ――? ルナがそう言うなら――




 * * *

 

 


 人がほとんど往来していない小道で、手を繋いで歩きながら、ご主人様に今まで聞かなかったことを聞いてみる事にした。


「ご主人様って本当に喋らないですよね。人と話すのが苦手なのは分かるんですけど、もしかして声を出せない呪いとか掛かってたりするんですか?」


 この質問、特に意味はない。

 ただの時間稼ぎでしかないのだから、答えてくれるのなら嬉しいって感じだけど……

 

 ――別に呪いとかじゃない、ただ人と話すのが苦手なだけ――

「人と話すのが嫌いな理由は大体察しが付きます。多分、半魔という理由で両方の種族から差別を受けてきたんですよね?」

 ――……そうだね――


 まあ、人々がご主人様に浴びせてる視線からすれば気づかない方が馬鹿な訳ではあるけど。


「それならなんで私を買ったんですか、差別をしている人達と同じ人族ですよ」


 これは普通に知りたい。

 答えてくれるだろうか?


 ――私を見ても1人だけ泣いてなかった。怖がってなかった――

「そんなのが理由なんですか?」


 なんか、少し拍子抜けする理由に感じる。

 

 ――人族の魔族に対する嫌悪はそれこそ呪いのような物だから、ルナみたいな子は凄く珍しい――


「それって私のような人間が見つからなかったらどうするつもりだったんですか?」

 ――適当に奴隷の子供を買って魔法で操り人形にしてた――


 え、いきなり怖いことを言い出したんだけどこのご主人様。


 自分が魔族と人族の話を流し聞きするような人間で良かったと思う。

 多分そこら辺の話は小さい子供相手にやる洗脳教育に近いだろうから、今の私には受け付けなかったんだと思うけど。


 王都の住民達が少しだけざわついている。

 雲が薄くなり始めた。

 そろそろだろうか。

 

「あーあ。でもそれって結局は私以外の奴隷でも良かったって事ですよね〜」

 ――そう言う訳じゃ――

「真っ先に私のことを奴隷に選んだので、もう少し深い理由があるのかと思ったのに残念です」

 ――…………――

「また逃げる算段でも考えちゃおうかな〜」

 ――……………………――


 少し生意気なことを言い過ぎたかもしれない。

 逃げる逃げないの話など普通に考えて主の前でして良い物ではない、口にした私もちょっとドキドキしている。

 

 こうやって怒ったふりやメンヘラムーヴをすると、ご主人様はどうすれば良いのか分からなくなるのか、何も返してこなくなる。


 ただその時だけ少し、ほんの少し表情が変わっているように感じる。

 笑顔なのか、怒っているのか、悲しんでいるのかはまだよく分からない。


 私はこの無愛想な面は見飽きているのだ。


 面と向かって話している筈なのに表情を一切変えず、文字を使って会話なんてふざけている。


 どうにかしてご主人様の無表情を崩して口を開かせる。


 それが最近になって私がチャレンジしていることだ。


「「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」

「「大きいお星様だああああああああ!!!」」


 周りの人間から発せられている怒号のような声が王都中に響き渡り始めた。

 人がいない通りを歩いているのにうるさくて仕方ない。

 どうやら星が顔を出したようだ。


 そして私の目的の時間でもある。


「ご主人様。ちょっと周りがうるさいので結界を張って貰えませんか?」

 ――…………………――

「……あの、ご主人様」

 ――…………うん――


 その返事と共に周りの音が聞こえなくなる結界と、人から視認されなくなる結界の2つが私達を覆った。


 というか少しだけ返事が遅かった気がする。

 もしかしてさっきの言葉が効いてるのだろうか?

 とはいえ何を考えているのか分からない。

 

 効果があるのだったら表情を少しくらい変えて欲しいという感じだけど、まあ仕方ない。


 私は魔法で2人で並んで座れる簡易のベンチのような物を作った。


「ほら、ご主人様座ってください」

 ――…………うん――


 あれ?

 2人で並んで座るための椅子を作ったのに、何故かご主人様の膝の上に乗せられ固定された。

 後ろから抱きしめられる形である。

 まあいいか。

 

 空にある星というのは地球で言う彗星の事だったようで……ただとても現実とは思えないくらい巨大なものだった。

 ここは異世界だというのを改めて感じたさせられた。


「……良い景色ですよね」

 ――…………そうだね――


 やはり反応が悪い。

 心、ここに在らずと言ったところなのだろうか?

 分からない。

 

「あの……もしかしてさっきの言ったことを気にしてるんですか?」

 ――…………別に――


「ご主人様、何か思ったことがあるなら顔の表情で表現するなり、口を使って声のトーンで表してくれないとやっぱり分からないですよ……」

 ――…………別にそんなんじゃ――


 ちょっと説教くさい?

 もしくはメンヘラ的なことを言ってるかもしれない。

 とはいえこっちもずっと我慢しているのだ。これは言わせてもらう。


「私、結構ご主人様に対していい加減な態度を取ってる自覚あるんですよ」


 ――…………――


「でも、ご主人様は何も言いませんよね。注意しませんよね。なんでですか? こんなだから私はもっとつけ上がってご主人様に対する態度が酷くなるんですよ」


 こんなこと自分で言って良いものじゃない。

 それはもちろん理解している。


 ――………………――


「私のこと好きなんですか? 嫌いなんですか? 2人で行動してるんですから、最低でも私とくらいはまともなコミュニケーション取ってくださいよ」


 ――…………………――

 

「結局、誰とも話さないんだったら私以外の奴隷でも良かったじゃないですか!適当な子供をさっき言ったみたいに、操り人形にすれば良かったじゃないですか!」


 気づけば濁流のように、これまでの不満と涙をご主人様にぶつけていた。

 今の私はとても酷い姿をしているのだろう。

 人様の膝の上でこれ以上ないほどみっともない姿を晒している。

 メンヘラここに極まれりだ。

 

 ――……………………――


 あぁ……

 ご主人様の顔を直視出来ない。

 初めて涙を流す姿を見せてしまった。


 どうせ表情は変わってないんだろうけど……

 プレゼントを渡すつもりだったのに、タイミングを見失ってしまった。


 でも、渡さないという選択肢はない。

 ムードが最悪なのには目を瞑ろう……


「……すみません、取り乱しました。元々はプレゼントを渡すつもりでこの道を提案したんです」


 そういって私はポケットから星の髪飾りを取り出した。

 屋台を回っている時に高額で買うのを迷っていたものだ。


 それを座っているご主人様の頭に取り付けた。

 顔を直視しないように。


「……この国では今のこの星空がある時期にアクセサリーを交換する風習があるらしいです。家族同士だったり恋人同士だったり、今以上の絆が結ばれて幸せになる……みたいな」

 ――………………そう――


「当然ご主人様は知りませんよね……ごめんなさい、さっきは言い過ぎました…………少し頭を冷やしてきます」


 言いたいことを全部言ったからだろうか。

 頭を冷やす前にもう脳内が急速に冷却されていた。


 ちょっとでも遠いところに行きたい。


 とりあえずここから離れさせて欲しい。

 今やったことを脳内で振り返ると本当に恥ずかしくて仕方ない。

 

 私はご主人様に背を向けて一歩目を踏み出……せなかった。


 片足に影が絡みついている。

 これはご主人様の魔法?


「すみません……1人にして欲しいんですが」


 そして気がつけば後ろからご主人様が私を抱きしめていた。

 自分の身長が小さいので地に足が着かない形だ。

 こういうのも本当に恥ずかしい。

 早く成長したい。


「……………………ごめん、ずっと……」


 ?!?!

 すぐ、後ろから声が聞こえてきた。

 結界が張られているのだから私かご主人様の声しかこの中では響かないはず。


 初めて聞いた。

 これがご主人様のこ――


 


「え……なんで……」


 自分の眼を疑ってしまう出来事。

 あまりにも信じられなくて、何度も瞬きを繰り返すほどに……

 

 ご主人様が突然、背後から私の首元に牙を突き立てていた。


 いきなりすぎて理解が追いつかない。

 今ままで暴力なんて全く振るって来なかったのに……


 噛まれたところからは痛みだけではなく、それと共に痺れと蕩けるような快感が、体全体を侵すように包み込み始めた。

 

 指を動かそうとしてもほとんど言うことを聞いてくれない。

 体から力が抜けていく。

 

「ごひゅじんさま……」


 呂律も上手く回らない。

 呼吸も……


 ご主人様は質問に答えず、そのまま優しくベンチに私を寝かせてくれた。

 

「………………嬉しかった。他の人と違って1人の人間として扱ってくれる事も、私に対して舐めた態度を取る姿も、凄く愛おしかった」


 逃げる可能性を0にする為、麻酔のようなものを体内に注入するだけじゃ飽き足らず、両腕を押さえつけられている、私に覆い被さる形だ。

 ご主人様の長い髪が頬に当たってこそばゆい。

 

 そして無表情だった顔は……これは笑っているのだろうか?


「……そう…………ですか」


 あのご主人様がしっかり面と向かって会話が出来ている。

 逆に私の方は口が上手く動いてくれない。

 

 途切れ途切れながらも何とか返事を返すだけ。

 

 ……とりあえずこの状態をどうにかしてくれないだろうか。

 苦しい……


「私の心が弱いばっかりにルナに寂しい思いさせたよね、本当にごめん。でも流石に逃げるのは無いと思う。1回目もいきなり居なくなってて凄く心配した」


「えっと……それは……すみ……ませんでした」


 凄く喋る。

 完全な無口だった人間が饒舌になった上、この勢いで押しかけてくるのは……怖い。

 私のメンヘラよりレベルが高い気がする。

 

「ルナが私にくれたプレゼント、嬉しかった。人から何かを貰ったのは本当に初めてだから、一生大切にする」

「……それを伝えるためだけに……この拘束ですか?」

「ううん、違うよ」


 なんだと言うのだ。

 聞くのが怖い。


「じゃあ……どんな……理由で……?」

「ルナはまた逃げようとしたよね。それに私の前で聞こえるように、逃げる話をしたのも凄く傷ついた!」


 ……さっき離れようとした理由を、今の状態で説明してもきっと理解されない。

 ご主人様視点で考えると、あの雰囲気だったら確かに逃げるように見えるのも分かる。


 それに……少しだけ逃げようと考えていたのは否定できないし、とりあえず言い訳を……


「それは…………泣き顔を見られるのが……」

「奴隷のくせに口答えしないで!!!」

「ッ――」


 結界内に大きな怒声が響き渡る、

 

 今までとは全くの別人だ。いったい何がキッカケになったんだろう。


「だから体に教え込むの。ずっと我慢してたけど、今日のプレゼントとあの泣き顔見たら我慢できなくなってきちゃった。全部ルナのせいだよ」

「…………」


 そう言うとただでさえ近かった顔が目と鼻先。

 吐息が交わるほどの距離感だ。

 

 ……ご主人様は私に依存している。

 だから動けなくなるほど痛い目を見るとか、殺されるなんてことはない……はず?

 どうにもならなそうだし、そう願うばかりだ。

 

「目を閉じて」

「…………私のこと……愛してる……んですよね」

「大好き」

 

 体に教え込むというのが何か分からないけど、もう思考するのも億劫になってきた。

 …………痛いことじゃなければ……なんでも良いかも……

 

「その……あまり……痛いこと……は……」


 目を瞑りながらその言葉を残すと同時に、口付けをされた感触があった。

 私の体はご主人様から徹底的にいじめ、貪り尽くされた。

 あまりの快楽に涙を流して止めるよう懇願してもご主人様はさらにヒートアップするだけ。


 その行為は夜明けまで続いた。




 * * *




 時は夜明け。


 ――その……ごめん……――

「……は? 謝って欲しいことがありすぎてこっちも何の事か分からないんですが……」

 ――その色々と…………――

「なんでまた元の状態に戻ってるんですか、私の体で楽しんでた時はあんなに喋ってたくせに」

 ――気持ち良くなかった?――

「気持ちよかったですけど、それとこれとは話が別です!……性欲に支配されてないと満足に話すことも出来ないんですか?」


 いや、驚きだ。

 行為中の発言を聞く限り、この主は私のメンヘラ化してる姿や泣いているところに興奮していたらしい。


 今更ながらとんだ頭のおかしい人に買われたものだと思う。


「はぁ、今日は散々でしたからね。ここまでされてご主人様が何も変わってない挙句に、逃げることも出来ないなんて最悪です……自殺でもしちゃおうかな」


 今回はもう、これまでに無いくらいマジなトーンで言った。

 今だったら本当にそれくらい出来そうな気分だ。


 頭はすっきりしているというのに……不思議な心地。


 私は自分の首の前に魔力を込めた手を当てた。

 いつでも死んでやるという意思表示だ。

 

「…………………本当に…………ごめん…………何でもするから、私から逃げないで…………死なないで…………嫌いにならないで…………」


 まともに焦る姿を見るのは初めてな気がする。


 どうやら脳が性欲に支配されているうんぬんは関係なく喋れるらしい。

 出会った時から普通に喋って欲しかった。

 

「そうですね、でも許そうにも今日のことは酷すぎます」

「…………」

「と言っても【奴隷のくせ】に、ご主人様に対して何か求めるのも違いますよね」


 自分が今、最低な事をしている自覚がありながらも、さっき言われたことにはカチンときている。

 たった今、ご主人様にしている事も奴隷の域を超えているのだろう。

 

 でも……あんなことを言われては今までの関係は何だったのかという話。

 

「……さっきの言葉はごめん…………何でも言っていいから……どんなことでもするから」

「う〜ん。と言っても私が今ご主人様にして欲しいことは別に無いんですよね……じゃあ、今すぐ私が喜ぶ事をしてください。出来なければおしまいです」

「………………………………………………」


 そう言うとご主人様はゆっくりと目を瞑り、深く考え始めた。


 私も何をされたら今の気持ちが晴れるんだろう。

 自分でもよく分からない。

 まあそれでも、雀の涙程度の期待をご主人様に寄せている。


 どうやら何をするのか決めたらしい。


 真剣な表情になっている。

 

「…………目を……瞑って欲しい」

「変なこ――」

「しないから……お願い」

「……わかりました」

 

 言葉を遮られた。

 まあ、そこまで言うなら信じてみようと思う。


 目を瞑りほんの少し時間が経つと、耳たぶに何かが触れたのを感じた。


「…………目を……開けて良いよ」

「これは、ご主人様がいつも付けている耳飾り……?」


 私を買った時から、今まで外している日を見ないほど身に付けている物。

 

「…………うん、昨日がその……何かを交換する風習があった日なんだよね?…………その……遅れちゃったけど」

「……なんでこれを渡そうと思ったんですか?」

「…………初めて会った時、ルナの視線が耳飾りに行っていたのを思い出して……」

「そんなくだらない事を覚えているんですね」


 …………


「…………ダメだった……かな、他の人とは……無理だけど……ルナとは…………会話するように……するから……」

「ふふっ、そうですね。答えを教えてあげるので屈んでください」

「…………これくらい?」

「ええ、そのくらいです」


 私はご主人様の額に唇を寄せた。。

 ただ1秒程度、触れるだけのものを。


「あんだけ散々やってくれたんですから、これくらい返しても問題ないですよね」

 ――…………え?――

「まだ全部許したわけではないですからね。及第点です……また文字の方に戻っちゃってますけど、私とは会話してくれるんじゃなかったんですか?」

「…………ごめん……その、えっと……そういうことだよね?」

「流石にそれくらい分かって欲しいです。ただ、その……エッチなのは……もう少し優しくしてください」

「………………うん」

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