第12話

1

 1月6日。昼過ぎだが外は暗い、雨?いや、雪だ。ゆっくりと結晶が道路に落ちるのをココアを飲みながら眺めていた。灯真君は急な仕事で朝早くから店に向かうとLINEが来ていた。つまり、午前中は暇になったわけだ。今はもう掃除も洗濯も済ましてしまった。することがない。世の中の専業主婦は何をしているのだろう。て、まだ結婚してないんですけど。トホホ。...暇だ。ゴロゴロと家の中の絨毯を横になって転がる。灯真君が店を開いてから、同居を始めた。彼の店で働くことが夢だったから、私もすごく喜んだ。ただ、家でも職場でもずっと灯真君がいたから、一人になるのは久しぶりに感じる。


「暇だなー。灯真くーん!爆発しちゃうよー!早くーカムバック!ガッデム!」


「何言ってんだ」


灯真君が帰って来ていた。


「帰って来たなら言ってよ」


 平然を装う。マグマのように溜まった羞恥心に蓋をする。耳に熱がこもるのを感じる。


「驚かそうと思って。驚かされたわ」


「...思ったより早いね」


「急いだからな」


 額から汗が垂れている。


「そっか。冷えるし、お風呂入ったら?」


「そうするよ。アイルビーバック」


「早く行って」


 へいへいと、荷物を置いて風呂場まで歩いて行った。私も準備をしよう。今日は出かけるのだ。


2

「外でご飯なんて久しぶりね」


「そうだな」


 大きな窓から見える金色の夜景。装飾の凝ったシャンデリアの光を、手入れの行き届いた食器が鏡のように反射している。スーツの似合う、肩幅の広いウエイトレスがお肉を運んできて、その食欲をそそる匂いが空腹の私達を包み込む。そのミディアムで焼かれた桜色の分厚いステーキにナイフを通した。刃先が重力の重みだけですっと沈んでいき、中から肉汁が静かにしたたる。


「おいしい!」


「シェフのおすすめの店だからな。ハズレなわけがない」


「なんで、この店に誘ってくれたの?」


 ひじをテーブルに乗せていい女を演じてみると、灯真君が恥ずかしそうに周りを見て「勘弁してくれ」と小声で言った。どうやら私はいい女ではないらしい。グラスに半分残ったスパークリングワインを一気に飲み干した。


「で、どうしてなの?」


「最近働き詰めだったから、息抜きと思ってだよ」


「それだけ?」


「ああ、それだけ」


 期待した私が馬鹿だったらしい。ワインのおかわりを頼んで、お肉をもう一切れ口にした。料理とこの景色に免じて、今日のところは許してやろう。気を取り直して、別の話題をふった。ゲラゲラと下品な笑い声だけは直そうと思った。


3


「アカリ、ちょっと起きれるか?」


「ふぁーっ、ごめん。寝ちゃってた。あれ、ここどこ?」


 食事を終えた帰りの車。彼の横の助手席で眠っていたらしい。あくびをしながら目を開けると、暗い公園?のようなところ。街灯が新品のベンチを照らし、白いコンクリートでできた地面をハイヒールで歩く。


「急にごめんな、寒いだろ。これ着てくれ」


 紺色のコートを貸してくれた。昔のように、彼の匂いで胸が高鳴ることはなくなった。座ると肩に頭を乗せれるちょうどいい身長も、少し飛び出た喉仏から出る低い声も、慣れてしまっていた。けれど、埃を被ったセーラー服を着たような、歩きにくいローファーでこの街を走ったあの無駄な時間を思い出したような。懐かしい匂いに胸が熱くなる。


「ここ、あのフェンスがあった場所だぜ。今は若い子たちがスケボーで遊んでる」


「え...」


「いやだったか?」


「ううん、ビックリしただけ。ここってこんな綺麗な場所だったんだね。町が見渡せる」


 丘の上が広場のように開拓されていて、木々の茂みの下に町が広がる。上を見上げると、昼の天気が嘘のよう。数多ある星が真珠のように輝く。


「数年経てば変わるもんだな」


「そだね」


 あの時の記憶と今までの日々が重なり、幸せを実感する。私たちは歳を経って、見た目も価値観も変わってしまった。それでも、星のようにある選択肢の中から私を選んでくれて、約束を守ってくれて、ずっと一緒にいてくれて。ありがとうの気持ちでいっぱいだ。


「ねえ、なんでここに連れてきてくれたの?」


「ケジメだよ」


「え?」


「アカリの中にある爆弾を一生をかけて俺に背負わせてほしい。これからは伴侶として、ダメな俺を支えてください」


 この病気なんて無くなればいいと思った。私なんてどこかで弾けて死ねばいいと思ってた。だけど、私は今、彼が生かしてくれたおかげで幸せだ。守ってくれてありがとう。背負ってくれてありがとう。優しいあなたが大好きです。


「私でよければっ、よろしぐおねがいします」


 涙が止まらず、声が震えた。彼はポケットから白い箱を取り出して、ゆっくりと開くと、新たに誓った約束を薬指に受け取った。



4

「ババアになっても私とキスしてくれるの?」

 

 家路を進む車の中でまだ涙が止まらない私は彼に尋ねた。彼は頬をポリポリと掻くと、硬くなった顔のまま唇を甘噛みしてコクリと頷いた。


「ありがと。よろしくね」




あとがき

「爆弾彼女」をご愛読くださり、誠にありがとうございました。お手数ですが、ご意見・ご感想のほど宜しくお願いします。


※本作は過去にカクヨムにて掲載した「爆弾彼女」をリニューアルして再掲載しております。

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爆弾彼女 古澤  @furusawa38383

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