うさぎ
二十を超える枚数の百円玉を使った頃、奇跡が起きた。アームが上手い具合にうさぎの首に引っかかって、持ち上がったのだ。
「えっ、取れそーじゃん!」
リズムゲームを何種類かやって戻ってきたのんちゃんが、わたしの近くで興奮気味に叫んだ。わたしに「きもい」と言ったことは、忘れているみたいだった。
「あーっもうちょい、もうちょい……」
のんちゃんは手を合わせて、真剣に祈っている。『やったー!』と棒読みの機械音声が聞こえた。うさぎが受け取り口に落ちている。
「あー! やったー! すごい、すごいよちー!」
取れてほっとしているわたしそっちのけで、のんちゃんは受け取り口に手を伸ばした。うさぎのぬいぐるみを取り出して、ぎゅっと抱きしめて頬ずりする。
「あたしこれ、ほんとに欲しかったんだあ。一生大事にする!」
のんちゃんは本当に嬉しそうだった。のんちゃんの言うことは基本めちゃくちゃだけど、本当は素直だからこういう場面で嘘をつくことはない。のんちゃんはわたしに抱きついて、満面の笑みで言う。
「ちー、ありがとね。あたし嬉しい」
「良かった」
「この子は、ベッドんとこに置くの。そんで、抱き枕にするんだあ」
のんちゃんがご機嫌に話していた時、電話が鳴った。のんちゃんのスマホだ。ちらりと見えた画面に、『あっくん』と書いてあった。のんちゃんの彼氏だ。
「あ、やべ……」
のんちゃんはスマホを取り出して、「ちょっと持ってて」とわたしにぬいぐるみを押しつけた。そして、喧騒から離れたところで電話を始める。わたしとのんちゃんが離れる寸前、『
「どこってゲーセンだよ。……何、浮気でも疑ってんの? 心配しないでよ、相手女の子だし。……あーもー、そーゆーのないってば」
のんちゃんの声が、遠くなのにはっきり聞こえた。こういう時も、のんちゃんはわたしを『友達』と言わない。のんちゃんと知り合ってかれこれ四年、未だのんちゃんがわたしを『友達』と言うのを聞いたことがない。
腕の中のぬいぐるみの顔は、わたしを笑ってるみたいに見えた。わたしの取ったぬいぐるみは、簡単にのんちゃんの生活に溶け込むのに、わたしはいつまでもただのイベントで、生活に溶け込まない。
のんちゃんには、きっとまた「きもい」って言われると思う。自分でも気持ち悪いな、って思う。でも、ぬいぐるみが羨ましくなった。わたしだって、のんちゃんの生活の一部になりたいのに。
「ちー!」
電話を終わらせたのんちゃんが、わたしの方へ走ってきた。困った顔をしている。
「あたし今日は帰る。彼氏怒らせた」
「そっか。気をつけてね」
「プリクラはまた今度撮ろーね」
のんちゃんはそう言うけど、また今度がいつになるかはのんちゃんの気まぐれだ。頷いておく。
「のんちゃん、うさぎ」
「あーっ危なぁ、この子忘れちゃダメだ」
慌ててゲームセンターを出ようとするのんちゃんに、わたしはうさぎを手渡した。のんちゃんは「ありがとっ」と言って、大事そうにうさぎを両腕で抱える。
「じゃねっ、ちー!」
「またね」
のんちゃんは来た時と同じで、さっさと駆けていった。あっという間に後ろ姿が見えなくなる。
のんちゃんは、うさぎを大事にするだろうか。あの言い方だときっと、毎晩抱いて眠るんだろう。それはそれは大切にして、可愛がるんだろう。でものんちゃんはきっと、そのうさぎを見た時にわたしのことを思い出したりしない。わたしを思い出すのは、のんちゃんが暇になった時だから。今以上にのんちゃんの近くには行けないんだ、と痛感してしまった。
ゲームセンターの固い床に水が落ちた。わたしの涙だった。のんちゃんのことが好きで好きで堪らなくて、だからこそ悔しかった。
のんちゃんはずるい。わたしはこんなにものんちゃんで頭がいっぱいなのに、のんちゃんはわたしのことを友達にも、それ以上にもしてくれない。わたしの心がのんちゃんに届くことは一生ない。望みのない恋だってことはとっくに分かってるのに、のんちゃんを好きな気持ちが止まらない。
のんちゃんを嫌いになる理由は、たくさん見つかる。でも、それ以上にのんちゃんを好きな理由が数え切れないくらいに見つかるのだ。やんちゃなつり目、さらさらの髪、ぷくっとした唇、口元のほくろ、「ちー」とわたしを呼ぶ声、嬉しそうな笑顔、寂しそうな表情、素直なところ。口が悪いところだって、どうしてか好きになってしまう。全部全部、わたしはのんちゃんの全部が好きだ。
「……のんちゃん」
ピロン、とスマホが音を立てる。のんちゃんからのメッセージだった。
『ちーきょうはごめん』
『またこんどいこ ぜったいね』
約束、という可愛いうさぎのスタンプ。ぽたぽた、と画面に涙が落ちる。視界がぐにゃ、と歪んで文字が見えない。
……これだから、のんちゃんはずるい。
のんちゃん、好きだよ。 たちばな @tachibana-rituka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます