Wh・アイ・アム

 グレゴールとともに、しばらくそのドームを眺めていたところ、入り口のような四角い窪みを見つけることができた。


 警戒しながらもそのドームに、四角い窪みに近づく。すると、四角い窪みが静かな音を立てながら、ゆっくりと穴を作っていく。


 宇宙生物専門家などというものを稼業にしていると、珍しいものを目にすることは少なくないが、それは生き物に限った話。こういうものを見るのはあまりない。あるいはこれ自体が生物なのかもしれないが。


 好奇心をそそる。


 職業病のようなもの……いや、そもそも私の生きがいが未知の存在に触れることなのだ。よくもまあこれまで無事に生き残ってこれたと思う。


 窪みに一歩足を踏み入れると大きな光に包まれた。


 体が大きく軋み、肺からひゅうっと息が漏れる。そして、身体の中心に自分の全てがギュウッと縮められている感覚を覚えた。


***


 気を失っていたのか、わたしは倒れていた。

 体を起こし、目の前を見るとドーム状のそれは跡形もなくなっている。


 そこに残されたのは、わたしと、


 ……グレゴール?


『グレゴール!?大丈夫!?』


 グレゴールはキュゥという鳴き声を出してあとずさりをする。


『グレゴール……』


 大丈夫だよ、と言いながらグレゴールを抱擁した。キュルキュルと言いながらグレゴールは身をよじらせた。とても辛そうな、いつもと違う様子に違和感を覚える。


 ふと、自分の手を見て戦慄する。大きくなった手。爪は大きく鋭く長くなっていて、鱗を纏っていた。


 グレゴールをそっと置き、何が起きたか分からないわたしは膝をつき頭を抱えた。少なくとも、普通の人間とは違う姿かたちになっているのだろうということは理解できた。鏡を見なくても、この手が物語っている。


 わたしは宇宙生物専門家だ。狩ったり、捕まえたり、保護したりするのが仕事だ。しかし、どうして、まさか自分がそのような存在になるとは思いもしなかった。


 急に訪れた変化に大きく動揺しつつも、今まで潜り抜けてきた修羅場を考えれば大したものではないと自分に言い聞かせる。


 空を見上げると、そこには多くの星々が煌めいていた。この中には今のわたしの救いになるようなものがあるのだろうか。


──キュウ……


 グレゴールが私の膝に前脚を乗せ、顔を見上げる。わたしがわたしであるとわかってくれているのか。


 キュキュっと鳴き声を上げ、グレゴールはトコトコと宇宙船に歩き始めた。今までもこの子と一緒にやってきた。少なくとも、この子がいる限り絶望しなくて済むだろう。


 そもそもあのドームは何だったのか?なぜわたしはこのような姿になっているのか?色々と興味は尽きない。


 星々の中に答えがあるかもしれない。不安に包まれながらも、好奇心を胸に、一抹の希望を抱いて、グレゴールとともに宇宙船に歩を進めた。


 ……少し気分が落ち着いたら、旅立つ前にまずこの星を見て回ることにしよう。手掛かりになるようなものがあるかもしれないしね。

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アイ・アム・ヒューマン マツムシ サトシ @madSupporter

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