魔物家族の日常(プロローグのみ)

るいす

第1話 プロローグ

 世界には様々な職業が存在する。しかし、その中でも「テイマー」は特に忌み嫌われる職業の一つだった。テイマーは魔物を操り、共に生きる力を持つが、その異質な能力は村人たちにとって恐怖の対象でしかなかった。異世界の小さな村、エルム村もまた、例外ではなかった。


 主人公――その名を覚えている者は、今や誰もいない。

 気弱で、病弱な彼は幼いころから村人に疎まれ続けていた。彼の身体は常に痩せ細り、肌は青白く、まるで病がその肉体を支配しているかのようだった。村の大人たちは彼を「呪われた子」と呼び、子どもたちは恐れるように彼を避けた。家族すらも彼を正視することができず、父は彼に失望し、母はその無力さを悔やみ続けた。かつて彼が幼少の頃に抱いた家族の温もりは、いつしか薄れていき、彼は次第に孤独に包まれていった。


 彼が「テイマー」の力に目覚めたとき、エルム村は彼にさらなる冷酷さを向けた。


「出て行け!」

「お前のせいで村が滅ぶ!」

「魔物なんか連れてくるな!」


 怒号が村の広場を揺るがし、怒りに満ちた瞳が彼を貫く。

 誰一人として彼を弁護する者はいなかった。村人たちは、まるで彼が疫病を持ち込んだかのように扱い、村を追放することで自らの安全を確保しようとした。彼の家族すらもその群衆に加わり、彼に冷たい視線を投げかけるだけだった。家族の温もりを感じた最後の瞬間さえ、今ではかすかな記憶の彼方へと消え去っていた。


「出て行け……もう帰ってくるな。」


 父の声が、冷たく響く。彼の心は張り裂けそうだったが、それでも、彼は涙を見せることなくその場を去った。村を出るとき、彼は一度だけ振り返ったが、そこには誰一人として温かい目を向ける者はいなかった。絶望の中、彼は一人、背中を丸め、震える足で村の外れの森へと歩き出した。希望のかけらさえも、彼の心にはもう残されていなかった。


 森は、昼間でも暗く、冷たい空気が漂っていた。

 鬱蒼とした木々が視界を遮り、太陽の光はほとんど届かない。木々の間を歩くたび、枯葉が擦れる音が耳をつんざき、足元の落ち葉が足取りを重くする。彼はどこへ向かうべきかもわからないまま、ただ無心に歩き続けた。森の中を進むごとに、村との距離は遠ざかり、彼の心に巣食う孤独感は深まるばかりだった。


 ふと、彼は足を止めた。視界の隅に赤い光が揺らめいているのに気づいたのだ。

 何かがこちらを見ている――そんな感覚が走り、彼は耳を澄ました。すると、静寂の中で、風でもなく、足音でもない、微かな呼吸音が聞こえてくるのを感じた。その音は彼の周囲に広がり、じわりじわりと迫ってきた。


 背後に何かがいる。彼は恐る恐る振り向いた。


 目の前に現れたのは、炎を纏うサラマンダーの群れだった。

 灼熱のオーラをまとった巨大な体、赤く燃え盛る瞳――その存在感は圧倒的だった。目の前に立ちはだかるそれらは、まさに村人たちが恐れ、忌み嫌っていた「魔物」そのものだった。だが、彼は立ちすくみ、逃げることもできなかった。サラマンダーたちは彼を見つめているが、襲う様子は見せない。ただ、じっと彼を見据えているのだ。


「……なぜ、逃げないのか?」


 その中で一際大きなサラマンダー――リーダー格の存在が、一歩前に進み出た。彼の心臓は早鐘を打ち、体中の毛が逆立つような感覚に襲われたが、そのサラマンダーの目に宿る光は、どこか優しさすら感じさせた。敵意は感じられない。彼は混乱と恐怖が入り混じった中で、サラマンダーの瞳を見つめ返す。


 すると、突然その瞳が柔らかく輝き、彼の頭の中に直接声が響いた。


「……我々に言葉が通じるとは思わなかった。」


 驚きに言葉を失った。魔物の言葉が彼の頭の中に直接届いたのだ。彼はそれが**「テイマー」**としての力だと、この瞬間に初めて気づいた。村を追われ、絶望の中にあった彼に、突然の未知の力が宿った。しかし、その力をどう扱えばいいのかも、何をすべきなのかもわからなかった。


「お前は、一人ではない。我々と共に生きよう。我々の家族にならぬか?」


 その言葉は、これまで感じたことのない温もりを彼に与えた。ずっと一人だった彼に、初めて差し伸べられた手。それが魔物であるという事実は、今や何の意味も持たなかった。彼の心に押し寄せる感情に、涙が溢れ出した。


「……家族……」


 その言葉は、彼の心を強く揺さぶった。


 サラマンダーたちは彼を暖かく迎え入れた。彼は彼らに感謝しながら、心の中で「家族」という言葉を繰り返し呟いた。孤独と絶望に沈んでいた彼は、ここで初めて新たな希望を見つけたのだ。


 そして、彼らは彼をさらに奥深くへと導いた。


 その場所は、かつて伝説のドラゴンが眠るとされる山の洞窟だった。洞窟に足を踏み入れると、冷たい空気が彼を包み込み、息をするたびにその冷気が喉を刺すように感じられた。洞窟の奥からは、重々しい存在感が漂っていた。目の前に現れたのは、赤黒い鱗に覆われた、古のドラゴンだった。その巨体は洞窟の天井に届かんばかりで、まるで山そのものが動いているかのようだった。


「……お前も、我々と共に来たか。」


 ドラゴンの声は洞窟内に低く、重く響き渡った。彼の足元が震えるほどの圧倒的な力。しかし、ドラゴンは彼に対しても敵意を見せることなく、優雅に目を閉じた。そして、ドラゴンもまた、彼を家族の一員として迎え入れようとしていたのだ。


 彼は恐怖と共にその場に立ち尽くしていたが、同時に不思議と安心感も感じていた。彼はついに、自分の居場所を見つけたのだ。

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