第17話 エピローグ
蒼真は激しいノックの音で目覚めた。
「んあ!? あ…………? あれ……夢? おぼろげにしか、覚えてないけど…………なんか、凄く悲しかった気がする…………」
身体を起こして周囲を見渡すと見慣れた自室が広がっていて、時計は七時を示していた。
激しいノックは今もなお部屋の扉から響いてきている。
「起きた、起きたよ……朱里、起きたからやめて。うるさいから」
「おはよう、お兄ちゃん」
「……おはよう、朱里」
目をこすって欠伸をしながら蒼真は扉を開けてずかずかと部屋の中に入ってきた妹を見て、涙を流した。
「……は? なんだ、これ……とまら、ない……」
「ん? お兄ちゃん、どうしたの? 涙なんか流して? 悪夢でも見た?」
心配した様子ではなく、ニヤニヤと笑みを浮かべて口元に手を当てる朱里。
蒼真はあふれ出てくる涙を出る傍から拭いて妹のことを抱き寄せた。
「え? え? お兄ちゃん? な、何……いきなり。流石に、ちょっと恥ずかしいんだけど……? 本当に、どうしちゃったの……」
「分からない…………分かんないけど、すっげー会いたかった気がするんだ」
「……何それ。このシスコン」
「否定しない」
朱里は蒼真の頭を撫でて困ったように抜け出そうとする。
「……あ、お兄ちゃん、早速つくってくれてるんだ。結構、話書いているんだね。ありがと」
蒼真の拘束を抜け出した朱里はちらりと蒼真の机の上。
そこにある電源が付いたままのパソコンの画面を見てそう言った。
「え?」
「ご飯用意してあるから、早く下に降りてきてね。待ってるから」
「……書いた記憶が無いんだけど…………」
部屋を出ていく朱里の背中を眺めながら、蒼真は呟く。
立ち上がって蒼真は朱里の発言の真偽を確かめるべく、パソコンの画面を見た。
「…………これは……『主人公』が消えた場面? こんなの書いてたか……? 『ヒロイン』のルルが『物語』の『主人公』に……何を託されたんだ……? 肝心なところが抜けてる……」
蒼真は記憶にない『物語』を見返していった。
『物語』に登場する人物たちは確かに蒼真が考えていたキャラクターそのものであった。
「……『主人公』に当たる人物のところだけ空白……主語が全部『主人公』で当てはめてある……深夜テンションで決めてもないのに物語を書き始めたのか……? 変な空欄いっぱいあるし……」
世界観や人物たちは考えた記憶はあったが、場面描写や心情描写の多くが蒼真の記憶に存在しないものだった。
更に、所々にまるで書いた後にその文を削除したかのように四行以上の空白が物語の始まりの場面である森や、戦闘中の描写の所々にあった。
「…………疲れてたんだな、きっと……」
身に覚えのないその『物語』に身の毛もよだつような恐怖を感じた蒼真は乾いた声で言った。
「はは……そもそも、いくら短くとはいえ、『ヒロイン』置いてきぼりでいきなり死ぬはないだろ……はは……疲れてたんだ……そうに決まっている……」
自分は疲れていた、そのせいで記憶にないだけだと言い聞かせるように呟きながら蒼真は部屋を出た。
その、蒼真が出て行った部屋で。
文章が、勝手に編集されていく。
編集が加わっていったのは、世界観の設定の箇所だった。
【世界:突如として魔物が人語を操り、人に近く進化していった。人々はその変化を魔物の生存戦略で人間を襲いやすくするためのものであると結論付けて人に近い魔物と戦争を繰り返している】
⇩
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【世界:突如として魔物が人語を操り、人に近く進化していった。人々はその変化を魔物の生存戦略で人間を襲いやすくするためのものであると結論付けて人に近い魔物と戦争を繰り返している。ただし、話し合えば分かり合える個体もいる】
編集が行われた文章の直前。
そこには一人の少女のセリフが書かれていた。
『私は私の信じる道を。これは、私の
**
朝食を食べ終えた蒼真は部屋に戻ってパソコンの画面を見ていた。
蒼真は自分が部屋を離れている間に書き足された文章に気が付くことは無く、記憶にない物語を閲覧した。
「……記憶にはないけど、利用させてもらうか」
空欄がいくつも残っている創りかけの物語。
『主人公』の枠だけ新しく書き足していき、蒼真は『物語』を一つの形に仕上げる。
「偶然か、必然か、これに似た不思議な夢を見た気がする……夢は脳が見せるものだし、きっとあれが……俺の考えたこの世界なんだろう」
『主人公』を『物語』の作者、つまりは自分自身をモデルにして蒼真は穴の開いた『物語』を創る。
「……題名は、作者が自分の世界に迷い込んで途方に暮れるってことで」
『拝啓、ラノベ作家たち。俺は今、自分の世界に来ています』
蒼真はあくまでも創作として『物語』を進めていった。
**
真っ白な空間がそこにはあった。
何もない、しかし、全てが存在しているような矛盾した感覚を抱かせるその場には一人の少女の姿があった。
「フハハハハッ!! 面白い顔じゃったの~やはり、記憶を消しておいて正解だったわ」
笑い転げるその少女は外見を構成するそのほとんどが純白であった。
朝日に照らされた日光のように輝く白色の、神聖さすら感じさせるシンプルだが気品のある衣服を身に着けており、その肌は日焼けを知らぬ白っぽい肌であった。
「クックッ……面白い未来が待っておる男で遊んでみようと思っただけじゃったが……なかなかよい暇つぶしになったわ」
なお笑い転げる少女の傍には蒼真の部屋が投影されていた。
「気まぐれで奴の考えた世界を創ってみたが……思ったより早く退場したのぉ。せっかくワシがそれっぽい力を与えて、それっぽく使い方を教えてやったというのに。所詮は『主人公』など身に余る凡骨にすぎんということか」
少女は外見に合わない口調で誰も居ない空間に向かって喋り続けて身を何もない空間に投げ出した。
「だが、せっかく創った世界じゃ。結末までは見るとするかの」
ぷかぷかと水に浮かぶように空中を浮遊する彼女は腕で頭を支えて画面を切り替えた。
倍速どころではない速度で画面が流れていき、全てを見届けた彼女は身体を起こして、何もないはずの空間を見た。
「お主、気になるか? 気にならんかったら見ておらんか。ワシの宇宙の、ほんの一例じゃが……暇つぶしにはなったじゃろ?」
問いかけるように首を傾げる少女だが、もちろん、返答は無い。
しかし、少女は耳に手を当てて何かを聞くような動作をして頷いた。
「そうか……あの世界で『ヒロイン』だった女は、あの後、ワシに記憶を改竄されても不思議と『主人公』だったあの男のことを忘れることなく、二十年の時をかけて有言実行しおった。世界は真魔を人のそれと同じように扱うことになったそうじゃ。例外はあるようじゃがの」
少女は立ち上がって純白の髪を縛ると
「あの女はまさしく『主人公』として、あの世界を変えた。あの男もあの男で、変わった未来が待っておる……残念じゃが、ワシはそれを見ることが出来んがの」
少女はこっちの視線のど真ん中に立って、真っすぐに見て来た。
「画面形式で見ておるか、本の形に顕現させているかは分からんがの。主も奴らのような、夢や愛を持つ者が大勢いるような世界を創るといい。退屈せんでよくなるぞ?」
そう言うと少女は手で
暗闇が景色を支配し、音だけが情報として届いてくる。
「ほれ、今度は他の世界に目を通す番じゃ。さあ、この物語はこれで終幕じゃ。画面を閉じ、別の世界を見てくるがいい」
少女の声に誘われるように
「ワシか? ワシはただの、この宇宙のしがない神じゃよ。のじゃロリに憧れたな。さて、ワシのことはいい。主もいつか、遠い未来で素晴らしき世界を創るのじゃ」
その言葉を最後に
完
拝啓、ラノベ作家たち。俺は今、自分の世界に来ています。 遠世 @toose
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