第16話 『ヒロイン』は『主人公』と紙一重
真魔であるハイアとクラルに協力を容認してもらったルルは早速、彼らの人間に対する印象やその原因を探ろうとした。
「おい、ちょっと待て」
しかし、ソウマに止められた。
「……何?」
「なんでちょっと不機嫌そうなんだ、理不尽にもほどがあるだろうが。それよりも、そろそろゴブリンたち全部倒されて兵士たちがここにお前を探しに来るんじゃないの?」
「……確かにそうね。流石に堂々と二人と一緒に居るのを見られるのは不味いわね……貴方、えっと……」
「クラルだ」
「クラル、貴方がゴブリンたちを使役しているわよね? あとどれくらい残っているの?」
「……長引かせればいいんだな? 予備で待機させていた奴らも動かす。あとニ十分は持たせられる。あとは好きに猶予を使え」
子供の姿なのに察しがいいクラルに感心しながらもソウマは自分の中で描いている未来をルルに見られないように言い訳を一つ。
「なら、俺が一応、森の方に行ってくる。来る奴がいたら止めとくから」
「……ありがとう。貴方は、変わってるのね」
「お前もな」
真魔に対して常識に反する行動をとるソウマにルルは仲間を見つけたと言わんばかりに嬉しいような感謝したいようなそんな目をしながら言った。
ソウマはニッと歯を出して笑って彼女の『物語』を邪魔しないようにと森へと入った。
着々と、ある準備を進めながら。
**
ソウマが森に入ってからのこと。
「……あのニンゲンは、オマエの何?」
「……さあ? 私にも分からない……知り合ってまだ少ししか経っていないし……」
ルルは首を傾げてソウマを思い浮かべた。
「…………大切、なの? ……嬉しそう」
ルルの顔を見ながらハイアは問う。
切ないような、追い求めていた者を見つけたかのようなそんな表情に僅かな嬉しさがにじみ出ていた。
「大切……とは少し違うかしら。ただ……いいえ。それよりも貴方たちの話を聞かせて? 何があったの?」
ルルは急に不安に駆られてハイアたちとの話を済ませにかかる。
「……はぐらかす?」
「姉さん、急がなきゃいけないんだ。その辺にしておいてやれ」
「えー……」
「姉さんはすぐに騙されるんだ。万が一の時に備えて僕の傍に。そして、さっさと話して逃げるよ」
「はーい……」
「思っても言わない方がいいと思うわよ?」
「知るか」
そんな悪態をつくクラルに本当に人間の子供と変わらないと微笑ましく二人のやり取りを眺めていたルル。
そんな中、呆れつつもクラルが昔の話をし始めた。
「急ぐので、軽く話す。僕たちは昔、ニンゲンの少ないある集落でニンゲンとして世話をしてもらっていた」
「……!? そんな、こと……だって、私たちの常識じゃ、そんなこと……」
「黙って聞けないのか? キーキーうるさいな」
「……悪かったわよ」
「そこのニンゲンは魔力を碌に見分けることも出来ない連中で、どうしてその集落が残っているのかさえ疑問になるようなところだった」
「でも――私たち、ニンゲン、真魔……区別できなかった……」
ハイアはクラルの言葉を訂正するように呟く。
「……産まれたばかりだったからね」
「私たち、ニンゲンと暮らした。楽しかった。でも……死んだ、みんな」
悲しそうに呟くハイアにルルは目を伏せた。
「それは……どうして?」
真魔に関連する事件をいくつも探ってきたルルには思い当たる事例が一つあった。
「ニンゲンがニンゲンを殺した……真魔――私たち、一緒、それがダメ……それで私たちの、仲良し……殺した……全員……」
「真魔はニンゲンよりも数が少ない。僕たちは仲間を集めようと駆け付けた真魔たちによって保護され、ニンゲンの真魔に対する行いの数々を教えられた。ニンゲンを殺した大人は仇を取った、とか……よく騒いで英雄扱いされていた」
「皆、村の人と違って冷たい……どくだんこーどーして村の人の仇――ニンゲン、殺せば褒められる、思った……」
「…………そう」
ルルはハイアとクラルの傍で座り込んで二人のことを抱き寄せた。
温かな体温が自分たちと変わらない生命であることを教えてくれる。
「ごめんね……辛かったね……」
「「……」」
突然のことに為されるがまま抱かれた二人はルルの抱き方から優しさを感じた。
つもりに積もっていたニンゲンに対する不信感が少しだけ軽減されたように感じた。
「……お前の要件は満たした。逃がさせてもらう」
クラルはハイアと手を繋いでルルの腕の中から暴れ出て言った。
「うん、逃げていいよ」
抵抗せずにルルは二人を解放して手を振る。
「…………お前、名前は」
森の中に入る直前、振り返ってクラルは言った。
「ルル。ルル・ホルト。人類の守り人たるホルト家の長女よ」
「……」
「……バイバイ」
黙って姉の手を引いてクラルは森の中へと進んでいった。
名を問われた意味を理解できなかったがルルは真魔の姉弟へと一つの決意とメッセージを送る。
「いつか、必ず貴方たちのような子供が出てこないような世界に変えるから!」
「「……」」
無言で森の奥へと消えていく二人の子供をルルは静かに見送った。
**
ルルは急いでいた。
「……ソウマ、どこに居るの……?」
不安と共に森の中を走るルルはボロボロの服を着た少年のことを探していた。
その理由は十数分前に遡る。
「……」
二人の子供を見送ったルルは今後、あの二人のような真魔の子供たち、そして人間の子供たちが生きていく未来をどう変えるべきかを考えていた。
「っ……あの時の、傷? これもソウマの言う『大きな矛盾』の内なのかしらね……」
突然、身体から出血したルルは回復魔法を使って傷を癒して立ち上がった。
治癒する暇さえあれば出血量が多くとも傷を治すことが出来るルルはこの時点ではまだ焦っていなかった。
「ソウマ、見張っていてくれるって言っていたけど…………」
呑気に呟くルルは助けに来てくれたときのソウマを思い出した。
「…………私の何なのかしらね……、本当に」
どことなくカッコよく見えないことも無い。
しかし、タイプでは無いし、異性として意識している……とはまた別の感覚だった。
「でも……あんなにボロボロになってまで――ボロボロに、なってまで……? ソウマは、回復魔法を使えないはずよね……」
あの時のソウマは動きだけで骨か内臓をやられていると判断できるほどの怪我だった。
ルルの傷が復活したのが【
「っ!」
嫌な予感がぬぐえないルルはソウマを探しに森の中へと走り出した。
そして、現在に至る。
「ソウマ……この可能性に気が付いていたの? だとしたら、どうして私の近くに居なかったの……」
焦る気持ちが言葉となって出てくる。
がむしゃらにソウマのことを探すが、まるで
なんだか、凄く胸騒ぎがした。
**
森に入ってから数分後。
「ソウマ!!」
ルルはようやく見つけたソウマに駆け寄った。
「あれ……見つからない所に移動してきたつもりなんだけどな……」
「なんで……こんな……ボロボロなの……」
ひどい傷だった。
ソウマが傷を消される前よりも遥かに悪い状態だと分かる。
顔は青白くなっており、息も健康的な人間がするようなものでは無かった。
「……世界の、改変……それが……ただの魔術の範囲で収まると思うか……?」
「……それって…………貴方!? 魔力が全くないじゃない!! あの魔術でどれだけ魔力を消費してたの? まさか、魔力欠乏になっても魔術を行使していたの!?」
「…………」
無言が答えだった。
「魔力欠乏症に治療法は無い……どうして、そこまで……貴方が魔術を使わなければ、こんなことには……」
「……俺が『主人公』だから…………かなぁ……。『主人公』は『ヒロイン』を助けるものだろ?」
「……それは、貴方の【
木に寄りかかってぐったりとしているソウマの身体を抱き寄せてルルは座り込んでしまった。
怒りとも悲しみとも感じられる声はソウマに罪悪感を抱かせる。
「でも……そのおかげで、お前は助かったし……夢の実現にも近づいただろう?」
「……そんな…………わた、私は! 貴方に命を差し出して貰うようなことしてない! まだ会って数日も経っていないし、私が貴方を助けたのだって、夢を叶える手段として利用したまでなのよ!? なのに、どうして……」
せっかく得られたと思った、家族以外の理解者。
夢に近づく代償のように生命の灯を消そうとする運命にルルは涙した。
「……俺なぁ…………気づいちゃったんだよ、お前を助けた時に…………この『物語』の『主人公』が俺である限り……『物語』が終わるまで、俺は元の世界に帰れない……」
「元の世界……? どうしたの……ソウマ、貴方……頭までッ……何か、方法は無いの……!?」
「…………俺の頭は、いたって正常だ……ともかく、だ。『ヒロイン』としての『物語』が残っているのなら、『主人公』の俺の『物語』も……終わらない」
ソウマはほとんど力の入らない腕に渾身の力を込めて身体を起こした。
「……なら、俺が『主人公』で無ければいい。でも、『物語』の『主人公』が俺の状態で始まっている以上……それを変えるのは簡単じゃなかった……」
ソウマは震える腕をルルに伸ばして【
「【
【主人公:物語の作者】
⇩
⇩
⇩
【主人公:ホルト家の長女、ルル・ホルト】+【ソウマ】
魔力の代わりに生命力が消費されて改変が完了する。
「な、何をしたのっ!?」
「……少しずつ進めていた編集を実行しただけだ…………『主人公』を『ヒロイン』だったお前に変えた……これでこの世界は『
身体を再び倒してソウマは息を深く吐いた。
「この状態にするの、結構苦労したんだぜ? ちょっとずつルル目線の『物語』から姿を消して……『主人公』というよりただの『主人公の取り巻き』に……『物語』の序盤で離脱する『モブ』に徹するの……」
ルルはソウマの言葉に声を大きくして感情的に言う。
「ぜんぜんわかんない! 貴方は…………私の取り巻きなんかじゃないわよ……『モブ』でもない…………貴方は私の背中を押してくれたじゃない……助けてくれたじゃない……そんなこと、言わないで……貴方が居たから、進めたのよ……?」
「…………今のお前は『主人公』だ。『主人公』なら成長して、自分だけでも進めるようになるはずだ。俺が死んだって、大丈夫だろう……? それに俺は、死ぬことで……妹にまた会えるかもしれないしな……」
「……だからって、死ぬこと、無いじゃない…………」
自分の拳を握りしめてただ弱っていくソウマを眺めることしか出来ない。
助けて貰って命を救うことも出来ない自分の無力さにルルは涙した。
「……俺、言ったよな?」
ルルが流した涙を震える手で拭ってソウマは問いかけた。
「何を……?」
それにルルは質問で返す。
「『夢を諦めて死ぬくらいなら、足搔いて死のーぜ』って……俺の場合、夢じゃないけど……諦めて、無意味にいつか死ぬくらいなら、足掻いて、挑戦して死にたいんだ……朱里や両親のいる……あの世界に……」
「…………ソウマ、ダメ……」
「……気にすんな。どうせ、俺は……この世界に本来いないはずの人物…………俺が死んだら……『主人公』が別に決まった今なら……記憶にも残らないはずだ……」
「……なんで、なんで……? 忘れるはず、ないでしょ……ダメ……死んじゃ……」
ルルの呼びかけも虚しく、ソウマの意識は薄れていく。
死ぬことは想定していたが、やはり『物語』としてしかこの世界を判断できていないのか、ソウマは全く恐れを抱かなかった。
「……『主人公』は、『ヒロイン』と紙一重…………この世界の、『主人公』、頑張れ……よ…………」
その言葉を言い終えるとソウマの意識は完全に落ちた。
「ちょっと、ソウマ!? なんで、粒子みたいになって……いきなり、すぎるわよ……」
ソウマの身体が急速に分解されていき、ルルの腕の中で完全に空中へと飛散していった。
ソウマは世界から消えた。
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