第15話 小さな前進


 ルルは二振りの剣を手にした。


「ッ!?」


 目の前でただの木の枝が剣に変わった現象に少年の真魔は攻撃の姿勢から一瞬で防御の姿勢に転じる。

 しかし、少年の真魔は遅かった。


「今度こそ、ちょっと痛むよ」


 ルルの持つ二本の剣がキラリと太陽光を反射した一瞬でルルは少年の真魔の腕を切り落とした。


「っ!!」


 真魔の少年が腕を落とされながらも攻撃魔法を放とうとする。


「ソウマ」

「どうも出番をありがとうっ」


 ルルの戦闘スピードに途中からついていけなかったソウマはやけくそ気味にそう呟きながら手を真魔の少年に向ける。


「【削除デリート】」



         【真魔の少年が放とうとしている攻撃魔法】

                   ⇩

                   ⇩

                   ⇩

         【                  】



 少年の真魔の傍に文字が現れ、それが削除される。

 文字と一緒に発動しかけていた攻撃魔法は崩れるように消え去った。


「【封印ロック】」


 少年の真魔が攻撃魔法を消されたことも厭わずに再び次の攻撃魔法を放つ前にルルは腕の再生も封じるために魔法を行使する。

 鎖のようなエフェクトが斬れた腕の断面と身体全体に描写されて消える。


「魔法が……」

「大人しくしてて。痛いことはこれ以上しないから」

「誰が――」


 己のスカートの中を見られることも厭わずに仰向けの少年の真魔にまたがって指を唇にあてて「しーっ」と言った。


 真魔とはいえ、男の子。


 少し暗いとはいえ下着が微かに見える状態にいきなりなったら言葉も止まる。

 その隙にルルは少年の真魔の口にも【封印ロック】の効果を派生させて発言できないようにする。


「間に合ってよかった。【編集開始エディット】」


 ソウマから貸してもらっている特殊魔術がそろそろ自身の身体から抜けてしまいそうだという実感があった。

 それに間に合ったことでルルは思う通りに編集を行うことが出来る。


「【削除デリート】」


 ルルがその編集の矛先を向けたのは少年の真魔と少女の真魔。

 彼女が消すのは彼ら自身の存在ではなく、彼らの感情。



              【怒り】【怯え】

                  ⇩

                  ⇩

                  ⇩

              【  】【  】



 過度に抱かれていた感情を消し、彼らに自身の言葉が届きやすい状態へと移行させる。


「ソウマ、もう出てきても大丈夫だよ」

「……お前、体張るな…………」


 一方、ルルに呼ばれ、少年の真魔の視点を一瞬だけ妄想してしまったソウマはごくりとつばを飲んで少年の真魔を見た。


 うら――けしからん。


 そう思って少年の真魔を睨む。

 完全に冤罪だが、恐らくこの場に家族以外の男性がいたら同じことをするはずだ。


「男の子ってこういうの好きでしょ? 痛い思いをさせてしまったし、お詫び」

「……お前な? 女の子がそうホイホイ変なことをするんじゃありません」

「え? 嫌いなの?」

「……いいえ! だいす――いや、何言わせるんじゃワレ」

「別に? 貴方が勝手に言ったんでしょ?」

「……ごもっとも」


 ソウマはサッと目線をずらして言った。


「……ソウマは放っておいて…………貴方たち、ちょっと私の話を聞いてもらえる?」

「ひどくないか? そもそも、返事できる状況じゃないだろ、こいつら……」


 ルルによって拘束されている二人を見て、ソウマはポツリと呟いた。

 しかし、その言葉はルルには届いておらず、ルルは「答えは聞いてない!」と言わんばかりに語り始めた。



 語られたのは彼女の半生だ。

 彼女が本気で真魔との共存を望んでいること。

 彼女自身の苦悩。

 この二つがよく分かる話だった。



 その真剣さが伝わったのか、はたまた世界の設定に何かしらの注釈をルルが加えたのか、ルルの言葉に真魔たちは途中から拘束を解かれても静かだった。


「――私は、貴方たちから真魔について教えてほしい。まだ、人を殺していない貴方たちから純粋に人間をどう思うか。そして、貴方たちに人間を、真魔の大人たちがどう教えたのかを教えてほしい」

「「……」」

「これは私からの勝手な願い。でも、どうか……貴方たち真魔のためにもお願い」

「…………話したら、どうなる?」

「逃げてもいいよ。今後、人を大勢殺さないって条件だけど……」


 人差し指を立てて子供に言い聞かせるようにルルは言った。


「……話す…………私、生きたい…………クラル、どう……?」


 途切れ途切れに話す少女の真魔は拘束を解かれたときに腕をくっつけて再生させ、傷一つないように見える少年の真魔に首を傾げて言った。

 クラルと呼ばれた少年の真魔は腕の調子を確かめながら眼だけで人を殺すような勢いでルルを睨んだ。


「……ハイア姉さん、忘れたのか? ニンゲンは僕たちだけじゃなく、仲間も平気で殺す…………あの時の憎しみを忘れたのか?」


 攻撃を仕掛けてくることは無い。

 しかし、ルルの心はその言葉に確かに傷ついた。

 こんな少年でも、強い憎しみを抱いているという事実に傷ついた。


「……覚えている」


 ハイアと呼ばれた少女の真魔もまた、声に憎しみを込めて言った。

 ルルの提案に肯定的に見えたハイアでさえも強い憎しみを抱えていると分かってルルはまた傷ついた。


「でも……ニンゲン、殺そうとして、クラルも……私も……死ぬ思い、した。死にたくない……クラルにまで死んでほしくない」

「……」


 ギュッと大切な物を抱える幼子のようにハイアはクラルを腕の中に抱えた。

 クラルは何とも言えない暗いような、恥ずかしいような顔をして黙り込んだ。


「ニンゲン、憎い。でも、もっとニンゲンに狙われるなら、ニンゲン殺さない。クラルと一緒、長生きしたい……」

「……姉さん」

「…………脅威ありと判断した真魔を殺してきた私が言えたものではないと思うけれど……これだけは言わせて。人間も人間で自分たちの家族を守りたいだけなの。だから、話してくれない?」


 ここぞとばかりにルルは発言した。

 家族思いなのは人間も、真魔も変わらないと言う事実はルルにとって喜ばしいことであったが、ここで利用しない手は無かった。


「……僕も…………ニンゲンを舐めていた。ニンゲンを滅ぼせば平和に暮らせると思っていた。でも、無理そうだ。だから、答えてやる……お前の要望に」


 ハイアが回す腕に自身の腕を絡ませながらクラルは目を鋭く尖らせながら言った。


「本当に? ありがとう、二人とも!」


 人間の子供にそうするようにルルは満面の笑みを浮かべて二人に抱き着こうとする。

 真魔も人間も関係なく接したいというルルの願いを行動でも示そうとした結果なのだが――


「調子に乗るな、ニンゲン」


 とクラルに怒鳴られてルルはしゅんとするのだった。

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