二束三文の春告げ屋

 カランコロンと音が鳴る。一人の女性が店の中をぐるりと見まわしていた。明るい店内には花や香りを閉じ込めた試験官、散った花びら、小鳥のなどが置かれている。僕は彼女を笑顔で迎えると、静かな声で言った。


「いらっしゃいませ。また春を買われるんですか?」

「はい。あの人に渡したいんです」

 彼女の言葉に、僕は心を躍らせた。いけない、僕はこの『春告げ屋』では大人しくて知的な店主を装っているんだから。

 そんな風に考える僕に、彼女は笑い声を漏らした。


「ふふ」

「……どうしました?」

「いえ、なんでもありません」


 そう言った彼女は春の象徴である菜の花を買った。

 それから困ったように口を開く。


「お代は……」

「ラベンダーのポプリでいいですよ。あれのお陰でよく眠れるんです」

 僕が笑うと、彼女も笑う。心にこっそり生まれた『つぼみ』を摘み取った僕は、そっと彼女を見下ろして口を開いた。


「ご来店、ありがとうございました」


   (完)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春鳥の間違い 塩庭 匿 @toku_44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説