僕の失敗劇(3)

 家へ帰ると、ホースのお母さんが出迎えてくれた。心配したような、仕方がない子を見るような目に僕は部屋まで走って逃げた。


「ま、待ちなさい、駒鳥!」

 違う。僕は駒鳥なんて弱い鳥じゃない。僕は弱くなんかない。そう心の中で言い聞かせながら、扉をバタン! と閉めた。濡れた身体が冷え切っていくようで、僕は慌てて布団に潜りこんだ。部屋や布団が濡れていく。空気はツンと刺すように冷たくてまるで僕を攻め立てているようだ。


 失敗というものはどうにも苦しい。

 未熟だった。僕はどうしようもなく馬鹿だった。布団の中で縮こまっていると自己嫌悪に追われてしまう。僕は誰からでも愛される鳥だと信じてやまなかったから、カッコウに嫌われたことがショックで仕方がなかった。

 それにウサギの言葉……


『……それはアイツを思ってのことか。それとも自己保身からか』


 僕は自己保身のためにカッコウを……それから自分のお母さんであるホースを傷つけた。お母さんは何も関係ないのに、自分が可哀想だと思いたかったからホースであるあの人を傷つけた。


ろくでなしだ……」

 そう落ち込んでいると、コンコンコンと扉を叩く音が聞こえてくる。僕はぎゅっと目を深く瞑った。やがて扉は開く。鍵を閉めるのを忘れていたのだ。


「カッコウのところに行ったそうね……」

 それからウサギのところにも。そう言った母は寝台ベッドに腰かけると蹲った僕の背を優しく叩いた。


「カッコウにもう近づいては駄目よ? あそこは死を招くから……ウサギも、気味が悪かったでしょう? そんなところに近づくなんて……」

 思わず喉から出掛かった否定の言葉は、口の中で萎んでいく。そんな僕の気持ちも知らないお母さんは、困ったように言った。

「お母さん、が悪かったのかしら……」


 違う。カッコウもお母さんもましてやウサギが悪いわけない。僕が勝手に起こしたことだった。でも、それを言えるほど勇気がない。本当は言いたいんだ。

 カッコウもウサギもちゃんとした僕たちの『仲間』であって、『敵』じゃないんだよって。僕にはみんなが恐れる意味が分からないよって。

 でも、そんな言葉は出ないまま、僕は眠りに落ちてしまった。お母さんの寝かし付けのお陰だった。

 いつもならお母さんは、フフと笑うつもりがヒヒーッと笑って、僕を起こしてしまうのまうのだ。

 でも、その日に目が覚めることはなかった。気がついたら朝で、僕はいつの間にか居なくなっていたお母さんに人恋寂しさを覚えた。


   1


「また来たのか」


 その声にそっぽを向きながら、僕は忘れもの屋の片隅に腰を落とした。ウサギは迷惑な顔をするわけでもなく、今日も忘れものの手入れをしている。

 ウサギの店に何度か訪れるようになって一か月が経過した。僕たちは相変わらず会話をしないし、他のお客さんが来ることもない。


 あ、でも一度だけ全身真っ黒な男を見た。確かに見たと思ったんだけど、気づいたら居なくなっていたのだ。ウサギに確認したけど彼は肩を竦めるばかり。結局僕は、見間違いで片付けることにした。


「あの、謝るってどうすればいいんですか……」

 季節が移り替わろうとしているとき、僕はウサギに向かって聞いた。それを聞くのはまるでズルをしているような気持ちになったし、ウサギもズルだ! と怒るかと思った。けれど意外にも彼は僕に向かって持論を説いてきた。


「簡単だ。口にすればいい」

「……それが難しいんです」

「そうだな。だから言葉という物には『魂』が宿るのだろう」


 魂? と首を傾げると、彼はその目をこちらに向けながら言う。

「言葉は力だ。カッコウを恐れる言葉は棘となってアイツに降り掛かっている」

「……それは……言葉は、言葉で打ち消せますか?」

「さぁな。それは言う者と受け取る者次第だ」


 理解できたような理解できなかったような言葉に下を向いた。それから僕はウサギの目を見通すようにジッと見つめた。


「ウサギさん、色々『ありがとうございます』。それから、カッコウさんの事、逃げたりして『ごめんなさい』」

「……」


 ウサギは片眉を上げるだけだった。それでも僕の心は晴れたもので、少しだけ気持ちが軽くなる。この調子でカッコウにも謝ろう……と思っていた僕に、ウサギはぎろりと睨みつけた。


「あまり言葉を乱用するとそれはかえって迷惑になる。それから、ここは忘れもの屋であり、悩みを相談しに来る場所じゃない」

「……つまり?」

「お前もお前に合ったを探すことだな」


 ウサギの言葉に僕は目を輝かせた。

 店の中を見回して、ビビッと来るものを探す。なんだか、それを見つければ僕は変われる気がしたのだ。そうして見つけたものは、一つの剥製。小鳥のそれは僕の記号と同じ駒鳥の剥製。


「それはカッコウが忘れて言ったものだろう」

「いやがらせ?」

「違う」


 僕はその剥製を間近で見た。それはまるで生きているようで、確かに『生』を切り取っているようだった。

 カッコウは死を司る。それに変わりはないのだろう。でも、その死が町の人達が言うように必ずしも悪いものじゃあないなと僕は思った。


「それがお前の欲しているものか?」

「……ウサギさんって、剥製作れますか?」

「作り方なら知っている」

「教えてください。それが僕に必要なもの」

 僕の言葉に、ウサギは嫌そうな顔をした気がした。けれどそれは一瞬の出来事で、たぶん気の所為だったと思う。

 ウサギは僕を手招きすると、郭公かっこうの皮を見せてくれた。すでに内臓などが取り除かれた状態であり、あとは綿を詰め込むだけだった。


「これもカッコウさんの忘れもの?」

「さぁな」


 僕はウサギに手取り足取り教えてもらいながら剥製を完成させた。時間がかかったし、少し手間取ったけど幼かった僕にしては良い出来だった。


「これ、持ち帰ってもいい?」

「お前が欲するなら」

「……ありがとうございます!!」

 嬉しくなった僕はウサギに向かって笑顔を浮かべ、そしてこっそり持ち帰ろうとポケットに入れる。お母さんが見つけたらヒーッて叫ぶだろうから、ちゃんと忘れないようにしないと。


「……カッコウさんに会いに行かない方がいいですか?」

「そうだな。彼は放っておいてやってくれ。いずれ、アイツにも友ができるだろう」


 僕はウサギにもう一度礼を言ってから、家に向かって帰った。

 家に着いたら、そっと部屋に入って隠すように本棚の一番下に剥製を置いた。それから一階に行くと、憂鬱な顔をしたお母さんに出会う。

 お母さんにも……謝らなきゃいけない。生唾を飲んだ僕は、お母さんに向かって頭を下げた。


「ごめんなさい!」

「駒鳥……? どうしたの」

「お母さんがヒヒーッっていうのも、踵を鳴らすのも、それはホースだからじゃなくて、お母さんだからって気づいたんだ」

「……そ、そう?」

 お母さんは心なしか嬉しそうにしながら、ヒヒーッと笑い声をあげた。


「だから……お母さん、そんな暗い顔をしないで」

「あら。違うのよ。あなたがウサギのところに通ってると聞いて不安で……」


 何か悪いことされてない? と眉を垂らしたお母さんに、僕は笑みを浮かべて言った。


「もう行かないよ。僕は必要なものを見つけたから」


 謝り方も、教えてもらった。ウサギは僕とカッコウの為に怒ってくれた。

 ……本当はこれからだって通いたいけど、なぜかもう行けない気がしたのだ。だからウサギの店に通うのはこれでおしまい。


「どうしたの? そんなに笑って」

「ううん。なんでもないよ」


 二人の忌まれている店主に感謝しながら、僕は前を向いた。


   (続)


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