40話: 世界の危機なんて、縛りプレーで余裕だが?

 一方、面倒ごとを全て投げ捨てて帰ってきたアホウドリはというと、

「あの、アホの皆さん……」

「なん……だよ……」

「何やってるんですか?」

セラの自宅でぶっ倒れていた。

 訪れたミスメルの前で、打ち上げられたマグロのようにぴくぴくしている。

「アルバの百層ボスを撃破したって報告、さっき届いたんですよ⁉ なんでもう帰ってきてるんですか⁉ 皆さんが討伐したんですよね⁉」

「なんだよ。救援に行けッて言ッたのおめェだろ?」

「私たち、がんばった」

「言いましたし、感謝しています。でもまさか、本当に倒してしまうなんて。そしてもう帰って来てるなんて。連絡が来たときは何の冗談かと思いましたよ」

 ミスメルはつい先程、アホウドリがハレを討伐したという知らせを受け取ったばかり。

 そしてほぼ同時に、食料を持ってきてほしいというアホウドリ(ワイ君経由)からの救難信号も届いたのだ。

 四人がセラを出発してから三日しか経っていないのに、既に帰ってきているなど時系列的に破綻している。

 そもそも今の四人は動ける状態ではない。

 特にロンとナキは、包帯、添え木、魔法治癒符……と、全身ボロボロだ。

 リシャとフリンテはまだマシだが、それでも軽傷とは言い難い。

 特殊な移動手段を使ったのだろうと感づいてはいるが、だからと言って治療を切り上げ帰ってくるだろうか。そんなミスメルの疑問に、ロンが苦しそうに答える。

「だって報道陣の奴ら、俺たちがこんななのに容赦なく病室に乗り込んでくるんだぞ」

「自分の家じゃないから立てこもるわけにもいかないし……」

「うるッせェんだよ。あいつら」

「さすがに、常識、ない」

「あなた方に常識を語られるなんて片腹痛いですが、確かにかわいそうですね……」

 普通なら面会謝絶の絶対安静状態であり、治療院側もそういう体勢をとっていたのだが、いち早く特ダネを仕入れようとするメディアはそれを突破して病室になだれ込んできた。

 結果碌に休むこともできず、我慢の限界を迎えたという経緯だ。

「今ならまだ、セラの方が安全だと思って逃げてきた」

「ミスメル。私たちが戻ってきたこと、口外しないでもらえないかな」

 ソファに顔を埋めたままロンとフリンテが頼み込む。

 セラの住人もアルバの騒動については知っており、ロンたちの遠征も、その帰還がまだ先になるはずだという情報も持っている。

 もう帰ってきているなんて発想は流石に出てこないだろうし、黙っていればしばらく誰も来ないはずだ。

 いつになく憔悴した四人の様子に、さすがのミスメルも同情する。

「分かりました。でもギルドマスターにだけは伝えますよ。事情を話して、しばらく私の仕事をあなたたちのお世話に充ててもらうので」

「すげぇ助かる」

「ミスメル、ありがとう」

「……素直な感謝が出るくらい限界なのは分かりました。とりあえずキッチン借りますね。何が食べたいです?」

「「「「にく」」」」

「仲いいですねほんと」

 重傷だろうが変わりない四人に呆れつつ、ミスメルは買ってきた食材を手に調理場へ向かう。

 その背中が見えなくなったことを確認して、ロンの背中にうつぶせになったままリシャが口を開いた。

「にしても、よかったの? ハレ、倒しちゃって」

 ずっと聞きたかったが、他人の耳のある場所では避けていた話題。人がいなくなった今、それをようやく持ち出せた。

「あァ? 倒したらまずかッたッていうのかよ」

「それってもしかして、セラの百層ボスにチャレンジしなかっことと関係してる?」

 リシャの質問を全く理解していないナキと、僅かながら関連を見出したフリンテ。

 フリンテ自身、あの時引き返したロンの判断がずっと気になっていたのだ。らしくない・・・・・行動だと。

「まぁ、あの状況でハレをほっとくわけにもいかんだろ。単純に倒したかったし」

 ロンはあくまでリシャの質問に答えつつ、間接的にフリンテの予想も肯定する。

「俺の懸念だって、杞憂かもしれねえし」

「教えて」

 リシャはロンの体に腕を回しながら、その懸念について促した。

 ロンも特に隠す気は無いようで、ミスメルが戻ってこないことを再度確認して、続ける。

「ダンジョンが何階層まであるかって議論はよくあるだろ? その答えと関連するんだ」

「えっ! ロン、その答え知ってるの⁉」

「まぁな。俺もその答えに至ったのは、セラの百層から帰ってからだけど」

 ダンジョンの終着点。最終層。

 それが第何層なのかという議論は学者や冒険者の間でしばしば巻き起こっている。

 キリのいい百層までなのではないか、そのキリの良さは古代においても同じなのか、ダンジョンによって最深層は異なるのではないか。等々。

 ロンはその答えにたどり着いたという。

「正解は無限・・だ」

「はぁ⁉」

「んだよそりャ。ガキの単位じャねェか」

「うるせえ新生児」

 しかしロンによって示された回答は、そんなちゃちな規模の話ではなかった。

 バカみたいな話にフリンテとナキは辟易するが、リシャは違う反応を示す。

「それって、進化の緑・・・・?」

「そうそう。リシャは賢いなああぁよしよし」

「んっ……」

 ロンの言葉足らずな回答から正確にその意味を読み取り、過去の些細な発言に紐づける。

 ロンはその頭を盛大によしよしし、リシャは気持ちよさそうに唸った。

「いや、ちゃんと説明してよ」

「俺らにも分かるよゥによ」

「ナキは無理。まぁ……そうだな。逆に言うと、現在の最深到達層が一番深い層ともいえる。要は、ボスを倒して階段を降りるときに、新しい層が自動生成されてたんだ。もちろん、より強力に進化する形でな」

 百層へ降りるとき、ロンは進化の緑・・・・の気配を感じ取った。その時まさに百層が形成されている最中だったという。

 つまりダンジョンとは、無限に進化し続ける生きた施設・・・・・であり、そこに果てはない。

「じゃあ、ダンジョンが古代の魔法使いの概念魔法によって創られたって説は正しいってこと? なんでそんな無限に進化するようにしたんだろう」

「その懸念が百層で引き返した理由だな。古代の魔法使いの思惑はこの際無視するとしても、このまま考え無しに攻略を続けていったら、どうなると思う?」

「超つェーボスが生まれる」

「いやいやナキ、そんな安直な話なわけ……」

「正解」

「へっ⁉」

 そう、概念魔法の考え方にも通ずるところだが、古代の魔法使いの思考は案外安直だったりする。

 今回のケースもそう。ロンの想像ではあるが、結論は案外シンプルで、それだけに看過できない内容だ。

「超強いボスというのは流石に短絡的な表現だが、そういった存在を生み出すのが目的なのは間違いない。おそらく今後のボスは、バンバン概念魔法を使ってくるだろう。ハレと戦ってそう確信した。そして、人間には精神構造上不可能な複数色の概念魔法が扱える個体も、生まれるかもしれない。そうなれば……」

「それって、まさか……」


「あぁ、いずれが生まれる」


 七色全ての概念魔法を操る架空の存在。ダンジョンとは、その神を現実の存在として生み出すための施設。

 それがロンの結論だった。

 しかし、

「神とは言っても、ボスである以上、モンスター。人を襲う」

なんということはなしに、事実は事実としてリシャが言い切った。

「そう、神は敵だ。生まれたとたんに人を襲う。それに神まで辿り着かなかったとしても、ボスはどんどん強力になって手が付けられなくなる。理論上、封印扉を内側から破壊できる個体も生まれるはずだ」

「まじ⁉」

「封印扉のベースは封印の鳶・・・・。その対抗概念をボスが引き当てた時点でそうなる」

 ロンはうつ伏せから仰向けに体勢を変え、リシャを胸の上に寝かせる。

 そして彼女の銀色の髪を手櫛で解きつつ、続けた。

「その確率は高くないが、無視できるものじゃない。というか、いつか必ず起きる」

「じゃあっ、はやく皆に伝えないと!」

「まだ仮説の段階だ。大っぴらにはできねえよ」

「でも……」

「大丈夫、プリシラにはこっそり伝えてある。百一層の探索と合わせて、いろいろ検証してもらうよう手紙に仕込んどいた。裏付けが取れたら動きがあるだろう。それに……な?」

「んっ……」

「まァな」

「あっ……うん、そうだね」

 そこまで言って、四人は目を合わせ、ニヤリと不敵に嗤いあう。

 



「「「「世界の危機なんて、縛りプレーで余裕だが?」」」」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の危機なんて縛りプレーで余裕だが? アサヒ @Asahi_bb8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ