最終話 鎮火する一枚の紙きれ

「ねえ、ボス。良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちからききたい?」


「悪い方から聞こうか」


「おーけー……。うちのトップが二度と帰れなくなった。もうこの世から出ていってしまったみたいだ」


「そうか……それは大変残念だな。では良いニュースは?」


「出ていった先で、母親と再会できているかも。どんだけ探しても見つからないと思ったら、母親はすでにあっち側に行っていたようだね」


 そりゃよかった。いい話だね、と他人事みたいな口調が飛んでくる。俺は拍子抜けしながらも心が重くなっていくのを感じた。自分より幼い存在の死が悲しくて、怖かったんだ。


「そんなお前に良いニュースだ。今日からお前が眠り屋のトップとなる。そう落ち込んでもいられない」


「……は? 俺が何したのか分かっているのか?」


「薬をトイレに落としたんだろう。あれはわが社の貴重な備品だが、失敗は誰でもするものだからな。ああ、始末書は書いてもらうぞ。これが悪いニュースか? まあ、トップになれるなら小さな不満だろう」


 そう言ってボスは笑っている。あんなに必死になって、あんなに覚悟を決めた出来事は、あっけなく消え去った。努力は無駄になり、焦りはたった一枚の紙で何もなかったみたいに片付けられてしまう。おまけに世間の怒りの炎も明日には収まるらしい。俺への予約は来週には通常に戻るそうだ。


「……この土俵でその称号を得ても、何も良くないよ」


 アイツがいない眠り屋でトップになっても意味がない。そんなのボスが一番よく分かっているはずなのに。俺は改めて、異常の中で生きていることを自覚し直した。こちらから出ていったアイツの方が、案外正しいのかもしれない。


 風が花びらを攫う。舞い上がった花びらの中にアイツがいたなら、今の俺をどう見るだろう。笑うだろうか、祝うだろうか、それともいつも通りの無表情でただ見てくるだけだろうか。

 不確かなものを想像して、虚しくなる。代わりに俺の心が問うた。


 俺らは眠り屋だ。昼間は決して眠らないはずだろう?


 答えなどない。舞い上がった花びらは俺の傍で踊り、そのまま空で溶けた。



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眠り屋のトップランカー 芦屋 瞭銘 @o_xox9112

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