第16話 静けさ

「アイツが薬を使ってないことは前から知っていた。だからこそ、トップにいることも、薬を使っている俺たちは一生叶わないこともわかる。ああ、確かに癪だよ。十年も生きてないお子様に、社会人としての成績で負けてんだ。……でも、これは会社を上げて止めなきゃ。アイツを止めたい理由はただ仕事ができる奴を失いたくないからじゃないんだ」


 そして大炎上している俺に、突然依頼が入った。キャンセル続きだった俺の予約をとった男。ネットに詳しい若者だった。会社の命令で彼の元へ足を運ぶ。俺はその冬馬という男から事実を伝えられた。


「戦谷くんのお母さん、亡くなってた」


「は……?」


「彼は墓地に向かったよ。田舎の遠いところ。……今日を境に彼への依頼は永久的に架空のものとなる。明日から彼は何も予定がない。彼が出向くのは明日だろう」


 止められなかったと彼は下を向いた。でも一方的に責め立てることはできない。戦谷は心から母親を探していたのだから。そのために眠り屋で働いていたのだから。望むものは叶えてやりたいと思わせてくる子供だった。


「彼にとっての幸せは、現実の道から大きく外れる。でもそれだけを望むなら、叶えてやりたいと思ったんだ。とても、……いい子だったから」


「…………」







 ただっぴろい平地に平らな石が並んでいる。穏やかに見えるからこそ、俺はここが苦手だ。自分もそっち側に行ってしまった気分になるから。


 場所は知らないけれど、自然と足が動く。こちらだと呼ばれてる気がした。心臓がどくどくと脈打ってうるさいが、自分が生きている音だと思えば自然と落ち着いた。ここで生きているのは自分だけだと毎秒自覚する。


「…………」


花びらが風に乗って俺の後ろへ運ばれた。来た先を目線で追うと、小さな花束が目に入る。その隣には、見慣れた小さな少年が横たわっていた。


「あ……」


 一目見て、もう遅いと悟る。彼の手元には、会社に回収して欲しかった多くの薬があった。その多さに、長い間依頼で薬を使ってこなかったのがわかる。依頼人に使うべきものを溜め込んで、飲めるだけ飲んだようだった。こんな子供が、大人向けの量を何倍も。

 そっと首に触れると、日の温かさを感じたけれど、彼の鼓動は全くない。開いている手でボスにかけた。墓石の名を読んで、眠る彼の苗字と一致していることを確認する。


 俺の心臓はすっかりおとなしくなっていた。

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