第6話

 霞ヶ浦のほとりに位置する海辺の街、沖は、一見すると静かで平穏な漁村だった。しかし、その背後には、過去の影がちらつく場所でもあった。イヴァンと八尾が洞窟での激闘から戻り、次の目的地であるこの街に到着したのは、夜が更けてからだった。


 釣り船を静かに岸に寄せ、二人は船から降り立った。ラジオからはかすかな電波音と共に、懐かしい昭和の歌謡曲が流れていた。イヴァンはラジオを手に取り、チューニングを合わせながら、周囲の気配を伺った。


「ここで奴らと接触するのか?」八尾が低い声で尋ねた。


 イヴァンは頷き、「ああ、連中はこの街のどこかに潜んでいるはずだ。だが、その前に…」と付け加えた。


「その前に何だ?」八尾が怪訝そうに顔を向けた。


「まずは情報を集める。俺たちの動きを知られないように慎重にな」イヴァンは辺りを見回しながら言った。


 二人は街の中心部へ向かうことにした。夜の闇が深まり、街灯の灯りがほのかに道を照らす中、二人は人気の少ない小道を抜けて行った。途中、古びたラブホテルのネオンがちらちらと点滅しているのが目に入った。


「ここで情報が手に入るのか?」八尾が疑問の声をあげた。


 イヴァンは首を振り、「いや、だがこの近辺に目を付けている連中がいるかもしれない。注意深く観察するんだ」と答えた。


 ラブホテルの前に差し掛かったとき、二人は不意に道端にしゃがみ込んでいる男を見つけた。明らかに酔っているらしく、足元にはビールの缶が転がっていた。男はチンピラ風の出で立ちで、何かをぶつぶつと呟いていた。


「おい、そこのお前」イヴァンが声をかけた。


 チンピラは顔を上げ、目が合うと不機嫌そうに睨んだ。「なんだよ、お前ら…何か用か?」と、言葉は乱暴だったが、明らかに恐怖を感じている様子だった。


「少し話がしたい。お前、最近この辺りで妙な連中を見かけなかったか?」イヴァンは冷静に尋ねた。


 チンピラは一瞬躊躇したが、酔いに任せて話し始めた。「ああ、見かけたぜ…最近、なんだか危ない連中がうろついてる。特に…」と、話の途中で突然口をつぐんだ。


「特に何だ?」八尾が鋭く問いただした。


「いや…これ以上は俺の口からは言えねえ」チンピラは急に怯えた様子を見せ、ラブホテルの方へと逃げ込もうとした。


「待て、まだ話は終わっていない」イヴァンが素早くチンピラの腕を掴み、無理やり引き止めた。


 その瞬間、チンピラは恐怖からか、思わず放尿してしまった。イヴァンは顔をしかめながらも、手を緩めることはなかった。


「俺たちはお前を傷つけるつもりはない。ただ、何が起きているのか知りたいだけだ」イヴァンは優しい口調で言った。


 チンピラは震えながらも、ようやく観念したかのように話し始めた。「…彼らは、霞ヶ浦の奥の方に隠れてるらしい。何か大きな計画を企てているって噂だ…俺はそれ以上は知らないんだ、本当に」


 イヴァンはチンピラの腕を放し、「ありがとう。お前はもう安全だ。これ以上、巻き込まれないようにしろ」と言った。


 チンピラは無言で頷き、ラブホテルの中へと逃げ込んでいった。


「霞ヶ浦…奴らが何かを企んでいることは間違いなさそうだな」八尾が呟いた。


「そうだ。だが、まだ情報が足りない。この街のどこかに、さらに詳しい情報を持っている者がいるはずだ」イヴァンはラジオを再び手に取り、慎重に波長を合わせながら、次なる手掛かりを探していた。

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俺の世界 鷹山トシキ @1982

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