第2話
手を伸ばせばすぐに届きそうだ。
なのに、なぜか僕の手は力を失ってただの棒になっている。
空っぽの頭は埋まることはなく、時間だけが過ぎていく。
何を考えるわけでもなく、最低限の生きるための行動をしている。
朝起きて、朝ごはんを食べて、昼ごはんを食べて、夜ご飯を食べて、時々トイレに行って夜はお風呂に入って寝る。
この単純な生きるための作業を毎日こなしている。
家にいると空っぽの自分に嫌気がさしてしまう。何かで必死に埋めようと海を見に行く。
何かを得られそうで得られない。
何が足りないのかわからない、いつか見つかるのだろうか。
見つかったら僕は何者かになれるだろうか。
死んだ心は蘇らない。新しい何かで埋めるしかないのだ。
もう一度みはるさんに会いたい。
それだけが今の僕の唯一の生きる理由だ。
あの日会ったあの海でまた会えることを信じて毎日通い続けた。
丸い赤い光を見送り、ザー、ザーという潮の満ち引きをぼーっと眺めていた。
何度同じ生活を繰り返しても現れない。
やっぱりあれは夢だったのかもしれない。
いつのまにか僕は波の届く場所に吸い込まれていった。
ゆっくり、ゆっくりと時間は流れていき、かくれんぼをしていた星は輝きを放ち始めた。
「久しぶりだね、とおるくん。1ヶ月ぶりくらいかな?」
ついに、毎日待ち望んでいた日がやってきた。
たった1ヶ月しか経っていないのにとても懐かしく感じる温かい声。胸の鼓動は高まり、心臓の音がよく聞こえる。
僕はゆっくりと声の聞こえた方向へ身体を向けた。そこにはあの時とは違った白色の服を装った明るい姿が目に映った。
前とは違う雰囲気を纏う姿を見て、時が止まったように感じる。
僕はみはるさんに向けて、深く頭を下げて挨拶をした。
それを見てみはるさんは波打ち際を歩き出し始めたので、その後ろを僕も歩き始めた。
心地よい風を背中に受けながら、特に話すこともなく時間が過ぎていった。
すると、不意にみはるさんが僕の方に振り向きニヤリと笑った。
「ねぇ、私と一緒に音楽やらない?
私がキーボードでとおるがギター!」
「えっ?」
「また明日ここに集合ね!ギター持ってくるから、じゃあまた明日!」
そう告げるとみはるさんは颯爽と目の前から消えていった。
返事をする隙を一切見せない。僕が必ずここにくる保証はないというのに、来なかったらどうするのだろうか。
明日も来ないと。
でもなんで急に音楽やろうなんて言い出したのだろうか。
みはるさんにまだ2回しか会っていないのに、昔からずっと一緒にいるような安心感がある。
ギター、ギターか、、。
音楽なんてやったことないのにできるのかな?
いつもなら絶対に無理と最初から投げ出しているのだが、なぜか僕がギターを弾くという言葉を自然に受け入れていた。
みはるさんに会えるのが楽しみだからかな。
数時間前までの沈んだ気持ちは海とともに流れ、輝く星が僕を照らした。
みはるさんが帰った後もしばらく砂浜を歩き、心地よい海風を受けて跳ね上がった鼓動がおさまるのを待ってから家に帰った。
家に帰ったらいつもだったら布団の中に入ってもなかなか寝付けなかったのだが、この日はすぐに眠ることができた。
みはるさんにあって、死んでいた僕の時間が動き出したようだ。
時間は戻らない。だが、この心臓が動き続けている限り時間はあるのだ。
みはるさんに会いたい。たったそれだけだが、それだけが今の僕の心臓が動く理由なのだ。
もう一度だけ夢を見たい 御野影 未来 @koyo_ri
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