もう一度だけ夢を見たい

御野影 未来

第1話

 落ちる、沈む、音の消えた静かな世界から光すらも奪い息をひそめる。


 そこに終着点はあるのだろうか。

 ただひたすらに時と共に落ちていく。

 光を取り戻しては失ってを繰り返し、穏やかな波は少しずつ形を変えながら世界を舞う。


 たった一歩進むだけのはずなのにまとわりついた恐怖が僕を止める。


 「ねぇ、死ぬの?」

 唐突に現れた僕の世界への侵入者の声に息を飲む。波の音が聞こえる。

僕は死ぬつもりなんてない。だって、たった一歩進むだけなのだから。

 今日も失敗に終わった。今日こそはいけるはずだった。

 

 重かった身体はすでに軽くなっており、声の主の方に身体を向けた。

 黒い長い髪に黒いワンピース。

 全身黒でまとめられているはずなのに、なぜか暗い夜空を彩る星のような輝きに眼が離せなくなった。


 「少しだけ君の時間を貰えないだろうか」

 まだ僕は一度も声を発していない。

 彼女のこともまだ何も知らない。

 数分前に巡らせていた思考は消えて空っぽになっている。

 引きつけられるように僕の足は彼女の方へと歩みを進めていた。


 彼女の隣に座り、空を見上げる。心地よい潮風が強張った僕の頬に触れ緊張を溶かす。


 「私の名前はみはる!あなたの名前は?」

 彼女の明るい挨拶に返事をしようとしたが、微かに残った緊張が悪さをして上手く声が出ない。

 声すらもまともに出せない自分に悲しみ、下を向いた。


 みはる

 何かを感じ取ったのか、次は砂浜に名前を書いた。

 「あなたの名前は?」

 もう一度同じ問いだ。今度は伝えられる。


 とおる


 彼女の書いたみはるという文字の1/2で書かれたとおるという文字は今にも力を失って消えそうだ。


 「とおるくん、よろしくね!」

 夜空を照らす笑顔は僕の心に刺激を与えた。


 その後は一言も話すことなく時は過ぎ、気づいた時にはもうみはるは居なかった。

 時間にしておよそ30分。

 短い夢を見ていたのだろうかと思い、砂浜を眺めると、 「みはる」 という文字がはっきりと残っていた。

 

 やっぱり夢ではなかった。


 「また、会いたいな」

 不意に出た言葉に驚いた。


 まだ生きていたいんだ。

 明日を生きる口実が見つかった。

 とりあえず明日も生きるか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう一度だけ夢を見たい 御野影 未来 @koyo_ri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る