第19話 エピローグ

「ふふ、ひでよしめ。仕方がない奴だのう…誰かあるか!」


信長様は羽柴秀吉からの援軍要請の手紙を畳むと近習を呼ぶ。

…とうとう来てしまったか。だが、今この時こそが自分の出番。今までの無駄飯喰らいはこの時のためにあったのだから。


ひでよしへの援軍に出る。大坂で諸将集め、備中へ向かう。道中は供の者だけでよい、支度を急げよ!」


「信長様、行ってはなりませぬ!!!」


私の普段にない強い口調に信長様は少し目を見張ったかと思うとしばし考え始めた。ふと、何かに思い当たった様子の後、今までに見た事の無いような穏やかな笑みを浮かべた。


「そうか、とうとうその時が来たのか。案じるな…儂は天命に従う事にしたのだ。」


「そ、そんな信長様っ、なぜですかっ!」


「ふっ。当初は確かに其方の知識を活用し、日本のみならず世界で暴れてやろうかとも思ったものよ。なれどそちから未来の日本の事を聞き、そのままの歴史を紡ぐのが良いと判断したまでよ。そんな顔をするな。尾張半国からここまできて画竜点睛を欠いたようで惜しくもある。が、この数十年。そなたは知った歴史通りの展開だったかもしれぬが、わしはわしを誇らしくも思っているのだ。」


信長様は満足そうな笑みを浮かべると私の頭に手を置いた。


「そちはこのままここにいるとよい。お主がわしと共に死ぬ歴史は無かったであろう?そちまでもが無駄に命を散らす事は無い。天下取りも楽しかったが、そちとの語らいも楽しかった。達者でな。」


「信長様っ!!!」


涙を流しながら、思わず信長様の袖を掴む。


「くどいぞ、武政。馬引けーい!」


優しい顔からキッと決意を固めた顔になりそう告げられると、バッと私の掴んだ袖を払い颯爽とした態で馬上の人となる。


「武政。長きもの間、大儀であった。」


―――ハィヤァッ!


馬に一つ気合いを入れると振り返りもせず信長様は颯爽と駆けていってしまった。供の者が数騎、信長様の後を追うように駆けていく。


「信長さまーーーーーーっ!」


その走り去る背に投げかけるも、その叫びは虚空に溶け込むように消えた。


「のぶなが…さま…。」


その場に涙を流しながら崩れ落ちる。しばらくの間、何も考えられずにいた。


日本史上屈指の英雄だけあって、人間性豊かで器は非常に大きかった。信長様と過ごす日々はとても刺激的で楽しかった。信長様の役に立っていたとは言い難かったが、それでも今日のこの日に役に立つ…筈だった。


信長様が去っていった道を見つめる。

このままでよいのか…いや、そんな訳あるはずがない。


もはや信長様を翻意させるのは難しいだろう。とはいえ、少なくとも最後までそのお傍にいるべきなのではないのか。自分の役割として最後まで信長様の話相手になるべきではないのか。そうだ、まだ天下人の二人目が誰なのか信長様に話していないではないか。幸い…と言っていいのか分からないが、信長様の行き先は分かっている。

涙をぬぐい立ち上がる。少々不遜なれど…


―――我が生き甲斐ともは本能寺にあり!


心の中でそう唱えると


―――ゆくぞ!


厩で馬を借り、そのまま京へ駆ける。信長様を追い掛けるのだ。


京の都に近づくにつれ、意識してしまっているせいかそこら中が不穏な空気に満ちているように感じてしまう。陽が西の空に落ち、空が真っ赤に染まる。今日は特に赤い…血の海のようだ。早く、早く!本能寺が包囲されるより前に!


京の路地を本能寺目指して馬で駆けていると*桔梗の紋がそこかしこに不自然に見えてしまう。京の治安維持を任じられているのだから、特段おかしい事では無いはずなのだが。

*…明智光秀の旗印


陽も完全に落ちるころ、本能寺に滑り込む。門衛に誰何すいかされるも問答しているうちに信長様の小姓が見え、中に入ることが出来た。


―――間に合ったか


息を整えるために水をもらう。奥へ上がると、信長様は月の見える縁側で碁を打っておられたようだ。私をちらっと見るとニヤリと笑った。


「しょうのないやつめ。今生の別れと思い言葉をやったのにな。入ってくることはともかく、もうここを抜けだすことはかなわんぞ。」


そこへ座れと相変わらず碁を打ちながら、信長様の傍を扇で指し示した。


「以前のそちの話からするに…*奇妙が謀反を起こすという訳ではなさそうだの。そうなると…ふむ、光秀か。是非も無し。」


*奇妙丸…織田信忠の事。信長の嫡男。


信長様を見て気が抜けたのか、目から水が流れ頬を落ちる。


「なんじゃ、また泣いておるのか。そちはこんなにも涙脆かったのか。」


信長様は呆れているようだけど、嬉しそうにも見えた。




「猿か…猿なのか。豊臣秀吉なぞと大層な名前を名乗りおって。生意気な。なんか無性に猿を蹴飛ばしたくなってきたぞ。」


最早信長様の命運は決まっており、何を話しても歴史への影響は無いと考え後の天下人の事も話していく。信長様は時折大きく笑いながら話をされた。


「なんじゃ、猿はそんなにいち《信長の妹》の事が好きだったのか。それしても市の娘を嫁にするとは…何歳差だと思っているのだ。市に執着するにも程があるであろう。」


話に花が咲き、いつしか時が過ぎ夜も更ける。次第に控えめな複数の甲冑の擦れる音が耳に届くようになる。本能寺が明智兵に囲まれているのだ。

そして、笛の音とともに明智軍が雪崩れ込んでくる。近習と共に信長様も槍を取って戦うも多勢に無勢。


「もはやこれまで。…光秀に髪一本とてやるものか。寺に火をかけよ!」


本能寺から火の手が上がる。準備してあったのか火の回りは早く信長様の下がった奥堂にもすぐに火が回る。


「最早思い残す事無し。」


信長様が覚悟を決めたその時に、自分の体から白い光がぽつぽつと生まれ、中空に浮かんでは消えていく。その勢いはキーンという甲高い音と共に次第に増していき、全身が白い光に包まれるがよう。


「な、なんだ。これは。」


いや、なんとなく分かる。自分の身体は現世に帰ろうとしているのだろう。でも、私は、それを、望んでいない!信長様と最後までっ!


「の、信長様!」


指先までも白い光を帯び始めた手を必死に信長様に伸ばす。


「………」


にやりと笑った信長様が何か口を開いて喋ったように見えた。信長様に伸ばした手が届くかどうかというところで、自分を包む光とキーンという音はいよいよ強くなった。


「信長さまーーーーーーっ!」


視界が真っ白に染まる。





白い光が収まり目を開けると、そこは始まりの川の土手で最初の服装だった。


「信長様…?」


声に出してみるとつい先日までと少し声の響きが違う気がする。

スマートフォンのカメラを自分に向けてみると、18歳のままの姿だった。


「夢だった…んだろうか。」


はっと思い、スマートフォンで調べものを始める。


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織田信長

出典:フリー百科事典『エンサイクロペディア(Encyclopedia)』

羽柴秀吉の毛利攻めの援軍に向かうべく途中に立ち寄った本能寺にて、明智光秀の謀反に遭い天下統一直前に斃れる。自ら槍を持って戦うも敵わず、火を放ち自刃する。享年49歳。(本能寺の変)

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そうか。やはり信長様は、あのまま本能寺で亡くなられたんだな。ん?いや、むしろ元の歴史と何も変わっていないから、あの信長様に関する記述ではない可能性もあるのか?自分が信長様と過ごしたあの日々は夢だったのか?しばらく考える。


「やっぱり夢だったのかな…。」


結果的に自分は何も変える事が出来なかったのだから。そう独り言ちると、スマートフォンをそこらに放り投げた。目を瞑ると、信長様との最後の遣り取りがまぶたに浮かぶ。目頭が熱くなるのを止める事が出来ない。たとえ、信長様の最期を変える事が出来なかったとしても、あの信長様との日々が架空のものだったと思うのは果てしなくつらい。信長様との最後の日もまた架空のものになってしまうのだから。


目を瞑っていたら、またこのままあの時代に行けないだろうか。今度こそ、信長様を…。


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関連事項

史料

・信長公記(太田牛一)

・日本史 (ルイス・フロイス)

・武政日記(末次武政)

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末次武政

出典:フリー百科事典『エンサイクロペディア(Encyclopedia)』


末次武政(?~1582年6月21日?)

生年・出身地不詳。尾張統一前の1550年代後半より、織田信長の客将として存在しているのが確認されている。

信長の相談役として常に近くにいたようで特に表立った功績等は無いが、調整役として貴重だったようで清州会議(信長の後継者を決める会議)ではそこに存在しない事を諸将に非常に惜しまれたと言われている。本能寺の変に前後して消息を絶っているので、本能寺の変にて信長とともに死亡したと考えられている。


しかし、末次武政最大の功績はその信長とともに過ごした日々を記した日記である。少し奇妙な視点と思える内容もあるが、基本的に客観的な視点で書かれており、他の史料と比較しても目立った齟齬がなく歴史史料としても非常に価値があり、安土桃山時代の文化を知る史料としては質量共に他の追随を許さない。


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FIN









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↓新作です。よろしくお願いします。

何度倒してもタイムリープして強くなって舞い戻ってくる勇者怖い

https://kakuyomu.jp/works/16818093082646365696/episodes/16818093082647161644

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戦国転移「えっ、信長様。私が未来から来たって信じてもらえるんですか?」 崖淵 @puti

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