何度倒してもタイムリープして強くなって舞い戻ってくる勇者怖い

崖淵

prologue

第1話 蘇る勇者と追い詰められる魔王軍

? 12月31日 エルデネサントの 魔王軍総本陣前


―――ザシュッ


勇者の最後の力を振り絞った渾身の一撃を済んでのところでいなし、返す刀で勇者の首をねる。魔王軍にとって災厄とも言えた勇者だった存在は文字通り倒れた。一瞬の静寂の後、直ちに周囲の魔王軍から沸き起こる歓喜の雄叫おたけび。そしてそれは戦場全体に伝播でんぱしていく。


―――ハァハァハァ。危なかった。割と薄氷はくひょうの勝利だった。


魔王軍総司令官アドラブルは、魔王軍の勝利を喜ぶ周囲の喧騒けんそう他所よそに少し沈んだ表情を浮かべていた。この先を想えば浮かれる気分になれなかった。

アドラブルは知っているのだ。この数分後、いつも決まったところまで時が巻き戻る事を。そして時が巻き戻る度に勇者はよみがえり、更に強くなってまた魔王軍に挑んで来るのだ。


―――次はもう勝てないかもしれない。


魔王軍総司令官であるアドラブルが敗れれば、後に控えるのは魔王陛下だけ。

まだ先代魔王陛下から後をいだばかりの幼い魔王陛下では、まだ難攻不落なんこうふらくの魔王城が残っているとはいえ、アドラブルを倒した勇者率いる人類軍の前では長くはもたないだろう。


―――フワワワワヮヮ


巻き戻りの兆候である周囲の景色がぼやけていく現象が始まった。

そしてまたそのままいつものように時が巻き戻った。




今からほぼちょうど一年前の新魔王しんまおう就任式しゅうにんしきまで時は巻き戻る。アドラブルは魔王軍内では鬼人族きじんぞくと呼ばれる身体能力が非常に優れた種族だ。人類側からは魔族まぞくという呼称こしょう一括ひとくくりにされるが。

アドラブルは軍人であるので新魔王就任式では軍服で参列していた。

その魔王軍の軍服は将官用ではあるものの、黒がメインで要所要所に銀のボタンや鋲がポイントの一般的なものであった。

しかし周囲と同じような軍服を着ながらその外見は非凡で、鬼人族ならではの頭一つ飛び出るくらいの高身長と目を見張るほどの見事な体躯を誇り、短めの銀髪ぎんぱつがキレイに分けられたそのひたいの中央には鬼人族の最大の特徴である低めのつの黒光くろびかりさせながら参列しており、他の列席者の目を惹いていた。

なおアドラブルは長年魔王軍の総司令官をしているのでそれなりの年齢ではあるのだが、鬼人族の特徴なのか非常に若々しく、人族で言えば30前後といった容姿に見えた。


なぜ勇者の能力であろう巻き戻りに対して、魔王軍の一大イベントであるこの時に戻るのか。

それはこの新魔王就任式と同時に、勇者召喚ゆうしゃしょうかんが行われていたからなのだ。何度も人類を恐怖のどん底に陥れた強大過ぎた先代魔王の死を人類は知り、遂に反撃の時が来たとばかりに多大なる犠牲をいとわず、人類の最終秘奥義ともいえる勇者召喚の儀式を行った。その結果、皮肉にも勇者召喚の儀式の完了と先代魔王の弔いも済んだ後の新魔王就任式が同時期になったのだ。


そして勇者召喚から一年後、エルデネサントの野において魔王軍と人類軍の最終決戦が行われる。

なぜこのタイミングなのかといえば世界各地で魔王軍は侵攻しており、人類側としてはこれ以上の侵攻を許すと世界全体での魔王軍の勝利は動かし難くなり、人類の滅亡を防ぐにはこのタイミングでの反撃がギリギリだったからだ。

強大な先代魔王がいなくなったとはいえ20万余の大軍をアドラブルに率いられた魔王軍は、人類軍がかき集めたおよそ3万の精兵を数で圧倒し完膚なきまでに叩き潰し完勝する。しかし、その直後に1年前の新魔王就任式まで時が戻るという事象が発生した。

発生したとは言ったものの、時が戻った意識のある者は魔王軍では魔王軍総司令官アドラブルだけであったため、アドラブルはその事を誰とも共有は出来なかった。そしてそれ以来最終決戦が終わる度にそのような時の巻き戻りが何度も起こり続けた。だからといってアドラブルに何が出来る訳でもなく、そして魔王軍が危なげなく人類軍相手に勝利を重ねている状況は何の問題も感じさせられなかったため、不思議な事もあるものだとアドラブルは優雅にワインを楽しみながら時の巻き戻り――周回を重ねた。

最終決戦において目に見えた変化が起きたのは4回目の巻き戻りからだった。人類の中で最大の版図はんとを誇り人類の中で最も苛烈かれつ人類至上主義じんるいしじょうしゅぎを掲げ長年ながねん対魔王国の最前線であったイブラシア帝国。だが、その帝国ではいくつもの内乱が発生しており(そのうちいくつかは魔王軍の扇動に因るものだが)、帝国の目の前で行われるにも関わらず、人類と魔族の最終決戦であるエルデネサントの戦いに帝国はたかだか1万の兵士を送り込むのがせいぜいだった。しかし周回を重ねるごとに多数発生していた内乱が次第に鎮圧されるようになっていき、その結果最終決戦に参加する帝国軍兵士が増えていったのだ。4回目の周回からは目に見えて人類側の軍勢が増え、周回数が10を数える頃には毎回ほぼ全ての内乱が鎮圧され、最終決戦における人類側の総兵数は10万にまで及ぶようになった。

まだ魔王軍の方が倍も兵数が多いとはいえ、当初の圧勝という程の優勢ではなくなっていた。


ただ、魔王軍総司令官たるアドラブルも無能ではないので、その人類軍の強大化をただ手をこまねいて見ていた訳ではない。人類側の兵士が明らかに増えた事が確認出来た以降はそれなりに手を打った。まず人類側の兵士が増えた原因――帝国内の反乱が収まった理由を探った。これは後に勇者一行の活躍を知る事になる。

そして魔王軍の主力であるゴブリンどもはほとんどが武器を持たず手ぶらの参戦だったので、粗末ながらも木の棒や棍棒を持たせたるように手配をした。

これらも回を重ねるごとに少しずつ効率が上がり、支給される武器の質も徐々に良くなるだけでなく粗末ながらも木の盾といった物も支給されるようになったり、ゴブリンの中でも強いゴブリンソルジャーなどには金属製の武器や防具も配備されるようになったりもした。

これらの政策は魔王軍は元々の兵数が多いので地味ながらも中々の強化だった。


なお、周回8回目以降は、最終決戦において人類側も兵数が増えたせいか簡単に敗北する事もなくなっていた。そして人類側が負ける事に違いはないのだが、人類側も精鋭を結集し血路を開いてアドラブルの本陣まで決死の突撃を仕掛け一発逆転を狙うまでになっていた。


もちろんその中核を担うのは勇者一行である。

最初は辿り着いた時点で既に瀕死だった勇者一行。アドラブルの手をわずらわせるまでもなく、アドラブル直属の部隊に討ち取られていった。ただ、それまでは最終決戦終了後に時が巻き戻っていたのが、勇者の死の直後に時が巻き戻ったので、時が戻るという特異点は勇者に起因する事がその時点で初めて魔王軍…というかアドラブルが特定出来たとも言える。


それゆえにいち早く勇者を仕留めようと、帝国内の内乱時において罠を張って勇者を最終決戦より以前、周回半ばあたりで討ち取った事もあった。その時は最終決戦を待たずにすぐに時が巻き戻った。アドラブルは作戦の成功を喜んだ。


だがしかしなんてことはない。そこで特に魔王軍が何か得をしたわけでもなく、普通に巻き戻りが起こり次の周回が始まった。その次の周回では前回同様に罠を仕掛けた魔王軍の精鋭を勇者一行が逆に罠にかけて討ち取った。精鋭を討ちとるという経験をしたせいか、より強化された勇者が最終決戦に現れただけだった。結果的に良い事は何も無く、ただのぬか喜びだった。


そして周回を重ねる事、今回で18回目。

最終決戦に現れた勇者一行のレベルは55にまで上昇していた。アドラブルはレベル90のまま不動であり、まだレベル差があるとはいえ勇者一行は4人パーティーである。そろそろその大きなレベル差が1対4という数の不均衡差で釣り合うようになってきてしまっていた。

もちろん戦場ゆえに入り乱れて戦っているため純粋な1対4ではなく、アドラブルの周囲の兵士や魔物達も戦っているのだが、逆にもう彼らではレベル差が開いた勇者パーティーの足止めが満足にできなくなってきており、アドラブルが1対4になる局面を多く強いられるようになってきていたのだった。

戦場全体では魔王軍の方が遥かに兵数は多いので、戦争が長引けば人類側が劣勢れっせいになりひいては勇者一行が敗勢はいせいになるのは明らかだ。だがそれを良しとしない人類側は、乾坤一擲けんこんいってきとばかりに勇者一行を前面に押し出して短期決戦を挑んできている形だ。


19周回目の新魔王就任式においてもこれまでの周回と同様に魔王軍総司令官たるアドラブルは、魔王軍を代表して幼き新魔王陛下に頭を下げ忠誠を誓っていた。

が、頭の中ではこんな事を考えながら参列しており、今回の周回で勇者一行相手に勝ち切る自信があまり無い事を思い悩んでいたのだった。

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