十二支のはじまり

@Bombalu

十二支のはじまり

「ただいまー」

 学校帰り。あたしは、家のドアを開ける。ただいま、といっても親は仕事だし、兄弟はいない。

 だけど、誰もいないわけじゃない。

「しらたま、帰ってきたよーっ」

 しらたまというのは、飼ってるハムスターの名前。最強に可愛いしらたまは、あたしの一番の癒しだ。

 ケージの前にしゃがみこみ、今日も可愛いしらたまを手に乗せて愛でる。その時あたしは、今日学校であった出来事を思い出していた。

 ——十二支のはじまり、という話がある。まあ誰でも知っていると思うけれど、干支がどうやって決まったのかの話だ。ある元旦、動物たちの競争が開かれ、12番目までに神様のところに着けば干支になれる。その日付を忘れた猫は鼠に聞くけれど、鼠が競争は一月二日だと嘘を吹き込んだので、干支にはなれなかった、という話。

 うちのクラスには猛烈に猫が好きな江野という馬鹿な男子がいて、そいつは常時猫の魅力を語っている。彼は猫飼いだそうで、そのレパートリーは豊富。そして干支に猫が入っていないことに、しばしば怒りを燃やしている変人だ。

 今日も生物の教科書に登場した鼠の写真を見るなり、『こいつらのせいで猫は云々』と騒いでいた。

「まー間違ってはないけどさぁ」

 しらたまを撫でながら呟く。確かにあの話の鼠はずるくてダルいやつだけど、何も後世の鼠まで恨むことはないじゃない。猫に負けず劣らず、こんなに可愛いのに。

 とにかくあの話は、鼠好きにも猫好きにも面白いものではないらしい。

 しらたまは手の上で目を細めて、ねむたそう。

「あんたなら猫に、ほんとのこと教えてあげるでしょー、しらたま」

 その瞬間、しらたまはさっきまで細めていた目をまんまるにして、あたしを見つめた。どうしたんだろう、と思う前に、突然目の前の景色が変

わり、意識が遠のいてゆく。何これ、怖い。もしかして死ぬやつ?


 目を開ける。あたしはあたたかな光の中にいた。

 死んではいない、と思う。足元は短い草のようだ、と見下ろして、自分の足が人間のものではないことと、四つ足で立っていることに気がつき、悲鳴をあげそうになる。だがあたしは、その足(手?)に見覚えがあった。

 しらたまっぽい。

 え、あたし、ハムスターになってる?そんなことある?夢?でも、あたしは寝てたわけでもなく、しゃがんでただけだし…。

 てかこれ、元に戻れるの?あたしは思わず、慌てて辺りを見回し、あたしは初めて周りに色々な動物がいることを知った。

 猪に蛇、虎、猫、馬や羊、鶏、犬、あとは兎、牛、それに…なにあれ、龍か?

 真ん中には、立派な白ひげのおじいさん。

 なんか既視感のある光景。なんだっけ。その時、おじいさんが話し出した。

「今日は大晦日。明日からは新年だ。お前たち動物の中から、一年の王様を決めよう」

 え、それって。

 あたしは気がついてしまった。ここは、十二支のお話の世界なのだ。

 ということは、とあたしは考える。あのおじいさんは神様で、あたしはハムスターじゃなくて鼠なのか。——それなら。

 あたしが後で猫に本当のことを教えれば、猫も鼠もハッピーな、素敵なお話になるんじゃないの?

 よーし。やる気出てきたぞ。夢である可能性も捨てきれなくはないし、当然その方が人間に戻れることが保証されるわけだからありがたい。でも、もし夢じゃなかったら、あたしは未来の常識を変えられるかも。猪は十二支から外れるかもしれないけど、まあ猫に比べたらマイナーな動物だし大丈夫だろう。

 あたしはとりあえず、この世界を楽しんでみることにした。

 神様は、人間が自分の歳がわからなくて困っている、など十二支の意義について語っている。へえ、そうなんだ。ちょっと感心しながら、あたしは今回のターゲットたる猫に目線を向ける。

 猫には、随分と落ちつきがないようだった。辺りをあわあわと見回したり、自分の肉球を見つめてみたりしている。確かにあれなら、競争の日付を忘れるのにも納得がいくな。…あ、目が合った。なんか睨まれた?猫と鼠の不仲は、この話だけが原因というわけでもないのかも。

 神様は続ける。

「一月一日の朝、わしの家へ来たものから、十二の年を与えよう」

 ほら、猫。お前が忘れた日付、言われてるぞ。

 猫はあろうことか、横にいる牛の揺れる尻尾に全集中を注いでいた。その興味を失ったかと思うと、今度は自分の体をまじまじと見て、なぜか満足げにしている。そして最後には目に入った自分の尻尾にじゃれ始めた。

 だめだありゃ。

 あたしは思わずため息をついた。


 少しして神様は話を終え、集まりはお開きに。動物たちが、それぞれのすみかに帰ってゆく。

 あたしも、不思議と自分のすみかの場所はわかっていたので、そこを目指してちょこまか歩く。猫が日付を聞いてくるのはいつだったか。

 しらたまはいつもこんな感覚で歩いているんだなあ、としみじみ思っていると。

「おい、鼠。さっきの神様の話、聞いてたか」

 来たか。あたしは興奮する気持ちを抑えて振り返る。近くで見ると猫、でかいな。

「聞いてたけど。どうしたの?」

 要件は知っているが、あくまでも台本通りに。本当は、『日付を忘れちゃったんでしょ!この親切で正直ものかつ愛らしいネズミの代表であるあたしが教えてあげるわ!』くらい言ってやりたかったけどね。

「神様が、動物達で競争をして、王様を決めるって言ってただろう。あれの日付、教えてくれよ。俺、忘れちまったんだ!」

 嘘つけ。忘れたも何も、そもそも聞いていなかっただろ。まあ何にしても、あたしが言うことは決めてある。

「一月一日。明日よ」

 念には念を置いて、二通りの言い方をして伝えてみた。猫は一瞬、あたしを疑うような目で見たが、納得したのだろうか。

「わかった」

 とだけ言って、走っていってしまった。

「お礼くらい言えっての」

 思わずその背中に、呟いてしまう。うーん、鼠だけが悪いみたいな話だけど、猫も猫で問題アリだなあ。

 ともあれ、あたしのミッションはこれでコンプリートだ。

 ふっと息をつく。気がつくとあたしは、また人間に戻っていた。


 あたしは今まで起きていた信じられない出来事を反芻した。夢だったのだろうか。しらたまをケージに入れて、おそるおそるスカートからスマートフォンを取り出す。

 検索バーに、打ち込んでみる。

『十二支のはじまり』

 検索結果の1番上には、子供用のサイト。本文の最後、一月二日に猫がやってくる部分…。

「普通に、ある」

 脱力。やっぱり、夢だったのか。

 諦めきれないあたしは、だらだらと本文を目で追ってみた。


——そのつぎのひ、ねこがやってきました。かみさまは、いいました。

「きょうそうは、きのうだ。かおをあらって、でなおしてこい」

「ねずみがうそをつかなかっただなんて」

ねこは、いつもうそをついてばかりのねずみのことばを、しんじなかったのです。


「なにこれ」

 あたしは声をあげる。違う。あたしが今まで慣れ親しんできた十二支伝説とは、明らかに。鼠が本当のことを言っている。

「あれは、夢じゃなかったの?」

 この話の結末が、あたしの狙い通りになっていたなら、それは嬉しかったことだろう。でも、これじゃあ結果が変わらなかったどころではなく、さらにタチが悪くなっている。たまに本当のことを言う嘘つきなんて、面倒くさすぎる。

 ずる賢さがパワーアップしたネズミと、疑り深い猫。あたしは頭を抱えた。どうして猫は、信じてくれなかったのだろう。だいたい、二日が本当なら、一日と嘘はつかないはずなのだ。猫が騙されて前日に神様のところへ行っても、明日だぞと言われて終わりだからだ。あの競争には、日を間違えると参加できなくなるなんていう、お手つきみたいなルールはない。だからそんな嘘をついたところで、猫に無駄な勇み足をさせる、いたずら程度にしかならない。

 あの猫め。もう少し、頭を使って考えてくれないものだろうか。そうすれば、この伝説はあたしの計画通り、丸くおさまったのに。


 翌日、あたしは学校に向かう。頭の中は、昨日の出来事でいっぱいだった。靴を履き替え、教室へ。扉を開くと、男子の声が聞こえてきた。

「だから、鼠が猫に嘘をついたっていうのが、今までの常識だっただろ?」

 江野がなんか言っている。声、でかいなあ。あたしは席に着いて、荷物を取り出す。

「いや、さっきから何言ってるんだよ。あれは猫が鼠を疑いすぎたっていう話じゃないか、元々さ」

 江野といつも話している友人の声。話している内容がタイムリーなことに気がついて、思わず手を止め聞き耳を立てる。

「違うんだよ、俺が昨日、変えたんだ。俺は猫だったんだよ!」

「…は?」

 声が出てしまった。いま、なんて?

「お前、どうしたんだよ。夢の話か?」

「夢じゃない。昨日、家の猫と遊んでたら、俺はあの話の猫になっていたんだ。俺だって、夢だと思ったさ。でも実際、目が覚めたら話は変わってたんだ。

 俺は、猫を十二支に入れようとした。簡単なことだ、ただちゃんと、正月に神様のところに行けばいい。でも、俺は何故か、日付を忘れちまったんだよ。正月なんて、馬鹿でも分かるのに。それで、鼠に聞いたんだ。でも俺は、鼠が嘘つきだって言うのはちゃんと覚えていた。

 だから、言うことを聞かなかったんだ。それなのに、あの鼠は嘘をついていなかった!くそ、あの鼠め、俺はもう少しで猫年を作れたっていうのに!!」

 ちょっと待って。フリーズ。

 つまり、あの馬鹿そうな猫は江野だったってこと?だってあいつ以外は元の伝説を覚えていないみたいだし、あいつが言ったことはあたしの経験と一致している。

 ——じゃあ、あたしを睨みつけてきたのは、お礼も言わずに走り去ったのは、馬鹿な深読みで、このあたしの猫にも鼠にも優しい計画を、努力を、水の泡にしたのは。


「お前の、仕業かぁぁぁぁ!!!」


 あたしは、心のままに叫んだ。

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