第4話

 降りの道はなだらかな道だった。なだらかではあったが木々や背の高い植物に囲まれており道は半分程植物に侵食されている。

 が、本当に正規の道なのか疑った。途中にある熊出没注意の看板さえ植物に覆われている。


 虫か小動物が居るのだろう、時折ガサガサガサ!と茂みが揺れる音がする度に身体が跳ねた。かえでより背の高い植物を手で避けながら進んでいるせいか楓を見失わないか不安だった。やはり手を繋いで歩こうと、後ろを振り向き楓の名前を呼ぼうとした瞬間。


 ヴルルルルル…


 茂みが揺れた音ではない。風が吹いた音でもない。くぐもった、空気が震えて出た音が斜め後ろ…つまり俺の前方から聞こえてきた。

 瞬間的に熊出没注意の看板が脳内を過ぎる。俺は楓を抱えて走…るのはまずいと聞いたので競歩で来た道を戻った。


「はぁはぁ…」


 頂上まで戻ってきてしまった。楓はキョトンとした顔で俺に抱っこされている。俺にまだ子供を担いで早歩きで山を登る体力が残っていたとは…。火事場の馬鹿力というやつだろうか、俺もやれば出来るんだな。


「ちょっと…降りて…」


 楓を下ろして息を整える。さっきの道は流石に使えない、杞憂だとしても怖すぎる。別の道はないだろうか、と確認し愕然とした。


「これを…降りるのか…」


 もう1つの道は1番最初目が覚めてすぐに見た見た傾斜よりもきつい。ほぼ真下に降りるルートだった。道というよりもはや崖だ。しかし他に道はない。


「楓ちゃん、降りれそう?」


「大丈夫…頑張ろ。」


 楓は微笑みながら俺の手をギュッと握ってきた。やるしかない。俺は楓の手と楓から貰った木の棒をギュッと握って崖を降りることに決めた。


 木の棒で足場を確かめ、楓に手を貸しながら一段ずつ確実に降りていく。時間を掛けているが、なんとか転ばずに山を降りている。あると無いとでは安心感が違う…身体だけでなく心も支えてもらっている気がする。ここまで来たらもう此奴木の棒は相棒だ。


 無事に崖を降り、残りは緩やかな坂を歩いて降りるだけだ。長かったな…。

 疲労感と安心感で空を仰ぐと都会では見ることが出来ないであろう、多くの星がキラキラと輝いていた。


「降りられたね。」


「あ、あぁ…そうだね。」


「おじさん、死んだらダメだよ。」


「え…?」


 突然の言葉に思わず楓の方へ顔を向ける。


「暗くて、前が見えなくなって…立ち止まったけど、ちゃんと自分の足で正しい道に戻ってこれた。恐怖を感じた時に、引き返して道を選び直せた。だから、大丈夫。」


 驚く俺の顔を真っ直ぐ見て、訴えかけるように楓は話してきた。


「おじさん。木のお医者さんになって、私が大人になるまで見守っていて。」


 笑顔で叫びながら楓は道を走って降りて行く。俺は木の棒を握りしめながら楓を走って追いかける。


「ちょ、ちょっと待って…。」


「約束、守ってね。」


 *

 *

 *


 顔にかかる、眩い程の光で目が覚めた。時刻は昼、祖父母が1階で昼食をとっている音が聞こえる。俺は布団で寝ていたようだ。


「夢…?」


 いやら夢落ちかよ。自分の浅ましさにうんざりしながら顔にかかる光を遮ろうとカーテンに手を伸ばしたら何かを手から落としてしまった。


 それは、昨夜折れているのを治した楓の枝。


『大人になるまで見守っていて』


 夢で聞いていた声が聞こえてきたような気がした。


「…随分と長い約束をさせられたな。」


 カーテンを掴み勢いよく開け、布団から出る。道を歩み直すのも悪くは無いか…。階段を降り、久しぶりに家族である祖父母の顔を真っ直ぐ見る。


正一しょういち、降りてくるのは珍しいな。」


「お、おは…よう。あのさ…じいちゃん。教えてほしい事があるんだけど…。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜明けの道 小野屋 豆銘 @urar_seseki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る