幼き河童と烏天狗と絡繰り人形と

藤泉都理

幼き河童と烏天狗と絡繰り人形と



 騙された。

 一体の幼き河童は甚だしい衝撃を受けた。

 騙されていたのだ。

 自分は、あの烏天狗に。

 泳げない自分に遊泳を教えて、泳げるようになるばかりか達人も顔負けの遊泳河童にしてやると豪語していたのに、未だ溺れるだけでちっとも泳げない現実。

 おかしいなー、とは思っていたのだ。

 おかしいなー、もう十年も経つのに、溺れるだけで泳げないってどーゆーこーとーっと思っていたのだ。

 けれど、遊泳を教えてくれているのが誰かって、烏天狗である。

 お面も口調も怖いけれど、品行方正な妖怪を守る妖怪である。

 その烏天狗が嘘をつくなどまさかまさか。

 そう思って、幼き河童は烏天狗の指導を受け続けてきたのだが。


 騙された、騙された、騙された。

 友の河童から或る真実を教えられた幼き河童は、顔を真っ赤っかにさせながら、烏天狗との待ち合わせ場所へと向かった。


 騙された、騙された、騙された。

 烏天狗は嘘つきなのだ、だって。

 だって、




『なあ、知ってるか。ピノキオって話を』




「俺に嘘をつき続けたから鼻がそんなに長いんだ嘘つき烏天狗め成敗してくれる!」


 幼き河童は友の河童からもらった鯖がたんまりと入った竹の網籠を烏天狗に投げつけた。


 鯖は烏天狗の苦手な物である。

 そして、幼き河童の投擲の命中率は十割十分である。

 そしてそして、竹の網籠は烏天狗に当たれば即座に破壊されて鯖がぶちまけられるのである。


「よっっしゃ!」


 見事、烏天狗に大量の鯖をぶつける事に成功した幼き河童は、大きく跳ね上がりながら、あっかんべーをして立ち去ろうとした。

 のだが。


「何だこれ?歯車?」


 頭上に煌々と戴く皿に当たっては手に落ちてきたのは、小さな木の歯車だった。


「???あれ?もしかして、烏天狗って、自立式絡繰り人形………なーんちゃってなんちゃって。ぷぷー。そんな事あるかっ「おい。突然鯖を投げつけるとはどういう了見だ?」

「ぎぃぎゃあっ!!!」「莫迦者っ」


 驚愕した幼き河童は飛び跳ねては、落下してしまった。

 前日の豪雨で、勢いと量が爆上がりしている、とても危険な川へと。


 あ。助からない。

 俺、死ぬんだ。

 烏天狗は助けてくれない。

 大量の鯖を投げつけたんだ。

 いや、そもそも、烏天狗は嘘つきなのだ。

 嘘つきだから、

 師匠なんかじゃないから、

 助けてなんか、




「ぶえんぶえんぶえん!!!」

「落ち着け、もう大丈夫だ。ああ。よかった。よかった」


 烏天狗に助けられた幼き河童も大きく身体を震わせていたが、烏天狗もまた、大きく身体を震わせていた。

 烏天狗のその大きな振動が、幼き河童にも伝わって来た。


 助けてくれたから、もういいや。

 幼き河童は思った。

 嘘つきでも、自立式絡繰り人形でも、何でもいい。

 遊泳は他の妖怪に頼めばいい。


 会って、話ができれば、それだけでいい。




「なーんて。言うと思ったか?この嘘つき烏天狗め!いつか必ず俺が成敗してくれる!」


 首を洗って待っていろ。

 幼き河童は身体を大きく震わせたまま、抱きしめる烏天狗から離れた。

 のだが。


「このっ!離せ!離せ!嘘つき野郎!」

「何故誤解しているのかは知らぬし、今は何を言っても聞き入れぬだろうから何も言わぬが。おまえを一体だけで帰すのは心配なので、家まで送る」

「俺だけで帰る!離せ!」

「家に帰ったら離してやる」

「ふん!家に帰ったら、父ちゃんと母ちゃんと一緒に成敗してやるからな!」

「わかったわかった」

「父ちゃんと母ちゃんは強いんだからな!」

「そうだな、強い。知っているさ」

「へへんそうだざまあみろ!」


 幼き河童は両親を褒められて鼻高々となっていた。

 のだが。


「「申し訳ございません!烏天狗様に対する数々の無礼!救ってもらっておきながら謝罪もしていないとは皿を割ってお詫びします!」」

「ぶえんぶえんぶえん!!!」

「「バカタレ!泣いてないで皿を割らんか!!あの立派な長い鼻は厳しい修行を越えてきた証なのだ!!それを嘘つき野郎の証と考えあまつさえ成敗しようと鯖を投げつけるなど皿を木っ端微塵にしても償いきれぬ!!!」」

「ぶえんぶえんぶえん!!!ごめんなさい!!!」


 烏天狗は嘘つきだだって鼻が高いから父ちゃん母ちゃん一緒に成敗しよう。

 烏天狗に抱えられて帰って来た幼き河童の言葉に、幼き河童の両親は顔を蒼褪めさせては、烏天狗に土下座をしつつ、幼き河童を𠮟りつけた。

 烏天狗は幼き河童の両親を優しくたしなめた。


「いやいや、気にする必要はない。大方、よその国の話でも耳にして、誤解したのだろうと思っていた。ゆえにもう赦してやれ。皿を割れなど言うな。小童。私の指導が至らぬせいで、未だ泳げず申し訳ない。方々に尋ねたところ、指導係に適任の者を見つけたのでな。紹介しよう。自立式絡繰り人形のかっちゃんだ」

「ドウゾヨロシクネ」

「え?」




 幼き河童はいつの間にか烏天狗に背負われていた、自立式絡繰り人形のかっちゃんを見ては、瞬間冷凍してのち、やおら解凍しては、烏天狗がいいと泣きついたのであったとさ。




「烏天狗がいいって言ったのに!」

「いやなに助言だけでも頂こうと思ってな」

「ソウデスネオサナキカッパサマニヒツヨウナノハミズトオトモダチニナルコトデス。サアカワナドトハンイノセマイバショデハナクモットオオキナオオウナバラヘトマイリマショウ」

「いやああああ!!!!!」











(2024.8.16)



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幼き河童と烏天狗と絡繰り人形と 藤泉都理 @fujitori

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