第11話 魔法少女

 狭い坑道内で化け物退治。

 当然武器を振り回すのは不利になる。そこで渡されていたのがこれだ。


 ハートのシンボルに天使の羽。

 らせん状に巻き付いたツタの装飾。

 そんな可愛らしいデザインの魔法のステッキ。


 私が掲げる杖の先からは氷の結晶の形の光が飛び出す。

 坑道の中で戦うことを考えて渡された武器だ。


 長柄の武器じゃ壁に当たってしまう。

 かといって銃火器では引火したりする危険性があって使えたものじゃない。

 あと、この国の中でそんなものを子供に持たせられるはずもない。

 その問題を一気に解決してくれるアイテム。

 呪文を唱えると魔法少女に変身できて魔法まで使えるようになるという不思議アイテム。


 魔法少女の青といえば水か氷だよね。

 それにたがわず私の杖から飛び出した光は化け物を貫くと氷の彫像を作り出す。


「あたし、魔法ってあこがれてたんだよね。すごい、かっこいい」


 自画自賛しつつ化け物を屠っていく。

 ただしやっているのは目の前に迫ってくるサル族の群れをスティックで指しているだけだ。

 なんというかシューティングゲームをしているのに似ている。

 崩れてはじけ飛ぶ氷塊に交じって宝石も落ち、あたり一面はキラキラと輝きだす。

 それと比例するかのように徐々に坑道内の気温は下がり壁も床もつるつるの氷に覆われていった。


「ずるい、あなたばかり。私も魔法は使ってみたい」


 嬉々として魔法を操る私に光紗は穴の中に飛び込んできた。

 

「ちょ、ちょい待って。この高さはケガするってば」


 私は慌てて光紗を抱きとめようとする。

 何とか横抱きに受け止める。お姫様抱っこだ。

 でも足元が悪かった。

 床が凍っていることに気づかなかった私はころんでしまう。


 しかも厄介なことにこの坑道は奥に向かって傾斜していて下り坂だ。

 捕まろうとした壁も凍っていてつるつる。

 結果私は坂を転んだまま落るように滑っていく。


「ほんとに止まんない。滑るーー!」


 女の子の出しちゃいけない悲鳴をあげながら私は穴の奥に飲み込まれていく。

 リュージュさながらと言うか身一つで滑るのは恐怖しかない。

 

 光紗はちっとも怖がることなくむしろはしゃいでいる。

 抱き合った姿勢のまま、滑りながら坑道をひた走る私たち。


「あはは、楽しい」

「いやいやマジで止まんないどこまで滑るの」


 光紗は楽しんでるみたいだけど私はそうもいかない。

 私の悲鳴が反響して犬耳がキンキンする。

 右に左に揺さぶられ方向感覚もくるってしまった。


「うげぇ、出口。がけじゃない?」


 穴の先に空洞が見える。下は真っ暗だこのまま落ちたら光紗がけがをしてしまう

 慌てて私は光紗の手を取る


「絶対あたしが守るんだから」


 そういいながら光紗の体を抱きしめた。

 浮遊感を受けること数秒。

 幸いにしてそこは地底湖。私と光紗は湖に真っ逆さまに落ちた。

 岩に体を何回かぶつけたものの何とか二人ともけがはない。

 

「はあ、死ぬかと思った……」

「あはは、面白かったもう一回しようか」


 光紗が危ないと思ったけど彼女は全然怖がることもなくおもしろかったと言ってのけた。もうしないし、帰りどうしよう。

 びしょぬれになったけど何とか空洞の底に到着できた。


「何ここ、綺麗」


 私が落ちてきた穴を探していると光紗がそう呟いた。

 気づくと少し先の壁と床が輝いている。


「見てよこれ。全部、琥珀じゃない?」


 淡い金色に輝く半透明な石柱がずらりと並ぶ。

 透明度の高いそれ越しに見た光紗は閉じ込められてしまったかのようだった。

 琥珀柱は光を放ちこの空洞内を照らし出す。


 神殿のあった場所も不思議な光で満ちていたけど、この空間の異様さはそれをはるかに上回る。真っ暗の大空洞をほんのりと照らし出す石柱群は神秘的で美しい。


「あの大きいの見てよ。一人じゃ抱えられないぐらい太い」


 不思議な光景に目を見張るが先に服を乾かさないと凍えてしまう。


「とりあえず、探索の前に着替えよう」

「そうね、このままじゃ凍えちゃう」


 光紗は躊躇なく装備品を脱ぎ始める。


「ちょ、待って。待ちなさい」

「あなたも着替えたら?」

「女の子がそう躊躇なく裸になろうとするんじゃありません」


 下着まで脱ごうとし始めたところで私は慌てて持っていたポシェットから私のものとは色違いの魔法のステッキを取り出した。

 このポシェットも謎技術で作られている魔法のカバンだ。

 見た目以上にいろいろ入るしすごく軽い。


「変身すれば服も変わるから裸にならなくていいよ」

「そういえば、それ使ってみたかったんだよね」


 光紗は目を輝かせて私からステッキを受け取った。


「で、どうやって使うの?」

「呪文を唱えながらステッキを振るの」

「へえ、なんて唱えればいいの?」

「マジカル、モフモフ、ワックワフ」


 目の前でポーズを決めながら呪文を唱えて見せる。

 光紗は遠くを見るような視線で何か考えている。

 そして、下着に手をかけ脱ごうとしだした。


「ちょ、なんで脱ごうとする」

「いやよ、そのダサい呪文もポーズも」

「あたしもどうかとは思うよ。でも仕方ないでしょ?」


 その後、私の必死の説得に光紗はしぶしぶ呪文を唱える。


「まじかる、もふまふ、わっふわく」


 光紗は私の教えた呪文を唱えようとした。

 しかし、気恥ずかしさからか噛み噛みだ。

 照れながらもステッキの振り方はさすがの運動神経でばっちり決まった。

 ポーズと同時に光の帯が飛び出し光紗の体を締め上げる。

 その光ははじけるように消えると薄い緑色のバトルドレスを形づくった。


「可愛いかったよ、光紗」

「く、もう絶対やらない」


 顔を真っ赤にさせて光紗は羞恥に悶えている。

 可愛かった。恥じらう光紗はすごくかわいい。

 こうして人がやってるところを見ると世のレイヤーさんたちはすごいと思う。

 私もちょっと恥ずかしくなってきた。


「さあ、あなたの番よ。変身しなおしなさい」


 そういいながらにじり寄る光紗。顔は少しニヤケている。

 戻るときは戻れと念じるだけでいい。

 私は戻れば乾いた服に戻れるから変身の必要はない。


「もう一度変身しなさい」


 光紗の気迫に気おされて仕方なくもう一度変身しなおした。

 さっきは恥ずかしくなかったのに光紗に見られながらだとすごく恥ずかしい。

 そんなこんなひと悶着あったものの、二人とも可愛い魔法少女姿で探索を再開する。シュールな絵が出来上がった。


 光紗に続いて巨大な琥珀柱に近づいた。

 巨木のような石柱に近づいた光紗は悲鳴を上げた。

 

「な、なにこれどういうこと?」


 おびえる瞳でこちらを見つめるその横に私も並ぶ。


「はあ? がいる?」


 目の前に私がいた。琥珀の中にだ。

 眠るように目を閉じているけどピクリとも動かない。

 琥珀の中に裸で閉じ込められていた。

 

「ど、どういうこと?」

「わかんない。あたしの本体は学園にいるはずなのに……」

「じゃあ、この子はだれなの⁉」


 光紗が慌てだす。どう見ても目の前の私に息があるとは思えないからだ。

 目の前の私に瓜二つの少女は琥珀の中で永遠の眠りについていた。


「まさかあなた……」

「いやいや、お化けじゃないから。あたしはちゃんとここにいるでしょ?」

「おば……」


 そのまま光紗はあおむけに倒れてしまった。

 私は慌てて彼女の体を抱きとめる。

 完全に気を失ってしまったようだけど怪我はなさそうだ。


「それにしても……。あなた、誰なの?」


 私は倒れた光紗を抱えながら、琥珀の中に眠る少女に問いかけるのだった。

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生贄少女の夏休み 氷垣イヌハ @yomisen061

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