第10話 いきなりの落とし穴

 それから、物の数分で大空洞の化け物は全部退治された。

 光紗も最初のうちは怖がっていたけど、数体倒すころには嬉々として蛇頭の化け物、ラードンを倒せるようになっていた。ちなみに目はお金マークになってる。

 全員言っては悪いけど、幼女な姿だ。

 嬉々として戦うその姿は少しやばい集団だったりする。


「それで、あなたは何でそんな格好してるの?」


 周辺の安全が取れると、光紗は私のほうに歩いてきてそう訊いてきた。

 今の私は真っ白い毛の犬の耳のついた女の子の姿だ。我ながらすっごく可愛い。


「あはは。流石に疑問に思うよね……」


 私は苦笑いをして返した。

 本当は光紗には会わない方がよかったんだけど、いまは学園の危機だ仕方なかった。


「私に会っちゃうと死んじゃうとか言ってたけど、あれは嘘だったの?」

 

 そう言いながら光紗は泣きそうな顔で私に抱き付こうとした。それを私は受け止めようとして…… 慌ててよけた。光紗はたたらを踏んで転びそうになる。


「ちょっと、今感動の再会風だったのに何でよけるの⁉」

 

 光紗は不満そうにそう口にした。私は頭を掻きながら謝った。


「いや、ごめん。いま光紗と抱き合っちゃうと、あたし本当に死んじゃうんだよね。あたしに残ってる欲望は光紗と抱き合いたいってことだけだから」


 恥ずかしくて顔から火を噴いてしまいそうだ。ほとんど好きって言ってるのと変わらない。

 今の私の言葉に光紗は怪訝そうな顔をして眉をゆがめている。


「あの日、光紗が死んじゃうかもって思ったら、もう一度あなたに抱きしめてほしいって願っちゃって。今のあたしに残ってるの、それだけみたいなんだ。いま光紗に抱きしめられたら、あたしもう満足しちゃってそのまま死んじゃうかも?」

 

 光紗は少しうれしそうな顔をしたけど、そのあと困った顔に戻った。


「それすごく危ないじゃない。なんで出てきたの? うっかりいつもみたいに抱き付いちゃったらどうするの?」

 

 確かに、死ぬかもしれないのに会っちゃうのもどうかとは思う。

 リモートで会うなりできるんだから、今はソーシャルディスタンスを図るべきだ。


「私の本体、今昏睡状態なんだよね。意識のないままだと欲望の回復ができないからって、記憶だけこの体に移してもらって。少しでも回復させようってしてるんだよね」

「昏睡状態って…… 大丈夫なの?」


 光紗は悲しそうな顔で心配してくれる。責任を感じてるのかもしれない。


「人食い洞にちょうど神様が帰ってきちゃって。回復するそばから欲望が消えちゃうんだって。 たぶん、あたしが供物になったみたい。他の子が無事なのは、あたしが生きてるからだって」

 

 私が少し困ったようにそういうと、光紗が泣きそうな顔で私を抱きしめようとしてくる。

 私は慌てて飛びのいた。


「だから、抱き合ったら死んじゃうんだってば⁉」

「あ、そうだった。あぶない、危ない」


 光紗は舌を出して笑っている。

 わざとだろうか? もしかして私は光紗に嫌われてて、亡き者にされようとしてる?

 そう考えたらやばい、泣きそう。


「遊んでるな。クッキーくれろ」

 

 ニコが近くにやってきてそう言う。この子はものすごく食い意地が張っている。

 あの日、朔良を侵入者として捕まえたときにクッキーをもらって、それから朔良の言うことしか聞かなくなったらしい。理事長が困ってた。


「そうだった、時間がないからすぐに坑道に入るよ?」

 

 私はそう言ってこの前の坑道から逃げてきた時の穴に向かう。

 この大空洞は不思議な光で明るいけど、坑道への穴は真っ暗で先が見えない。


「ところで、あなたすごく強いのね。今までも運動神経はよかったけど、明らかに動きの質が違うよね? あんな動きはできなかったでしょ?」

 

 光紗は後ろからついてきてそう質問してきた。私は振り向いて答える。


「この体がすごいの。身体能力がすごくて慣れるのに苦労したよ」


 力がすごすぎて服を着替えるときも破いてしまったりする。

 この二日でようやくまともに生活できるようになった。

 おかげで化け物ともそこそこ戦える。作り物の体だからほとんど痛みもない。


「なんだか私必要ない気がするんだけど?」


 確かに化け物退治だけなら私を含むケモミミ少女だけでどうにでもなる。


「人食い洞の封印は人間にしかできないから、光紗が来てくれないと困るよ」

 

 神様は供物を求める代わりに人間の願いを叶える。人間がいないとこの先は進めない。

 普通の人間じゃこの坑道内は危険すぎる。

 私達と同じ動きができてしまう、光紗ぐらいの武術の達人が必要だ。


「これってなんで私なの? 大人の方がいいんじゃない?」

「人の口に戸はたてられないんだってさ。秘密を守れる人間じゃないとダメって」


 もし光紗や朔良が裏切ったら、あたしが死ぬことになる。

 二人なら私を見捨てることはないと思う。


 ……だよね? 信じてるからね?


「それに、どんな願いもかなっちゃう不思議な穴があったら、悪い人間に利用されるでしょ?光紗ならそんなことしないもんね?」

 

 私のその言葉になぜか視線をそらした。今何か悪いこと考えてなかった?


「不老不死には興味ないけど、金銀財宝ならほしいかな?」


 光紗は相変わらずお金が目当てらしい。


「化け物やっつければ、いっぱい宝石が集まるから頑張ろう」


 頷き合って坑道の中に入る。

 真夏だというのにさっきの大空洞よりさらにひんやりしている。

 化け物がどこから襲い掛かってくるかもわからないから、余計に背筋が寒くなる。

 戦闘狂のイチゴが先頭でそのあとを私、光紗、最後をニコの順番で進む。

 坑道の通路は狭い。あまり長柄の武器だと天井や壁に当たって戦えない。

 化け物には通路で出会わない方がいいと思う。

 ところどころに鉱石や石炭の仕分けをした作業場跡らしき広い空間があるから、そこへ誘導しつつ戦うように作戦をたてた。


「囮役はあたしがするよ。光紗は生身なんだから気を付けてよ? まあ、治療薬はいくつかもらってきてるから、少しぐらいの怪我は大丈夫だけどね」

 

 その薬で先日の光紗の怪我も治ったのだ。


「すんごくやばい薬。一瞬でとっても元気になれるらしいの」

「それいけない奴じゃない?」


 ジトっとした目で見つめられた。

 言い方がまずかった。すんごい薬だ。体がちぎれても治せるらしい。


「もしも誰かに盗まれたら、世界が終わるからなくさないでよ?」

 

 理事長にそんなことを言われて渡された。死なない限りどんな傷も治せるとか。

 先日の光紗の傷もこれで治したらしい。毒は消せないから解毒は必要らしいけど……

 戦争に利用されたり、変な独裁者にわたったら世界がまずいことになるらしい。

 そんな危ないものがこの学園にはかなりあるんだとか。

 私のこの体も本当はかなり危ないらしい。利用されたら世界終焉になるとか?

 不死の兵士、しかも一人で数倍の力があるとかやばすぎる。


「作れるから、作っちゃった。てへっ☆」

 

 そんな感じでサキさんには説明された。

 軽すぎる。『あの子』の望むままにいたずらでいっぱい作ってしまったという。


「見てよ、地面にものすごい数の宝石が散らばってる。もしかして、かなりの数の化け物がいるの?」


 とりあえずの拠点の確保ができたころ、光紗が床に散らばる宝石を見つけてそう言った。

 化け物たちは同種のもの以外は同士討ちもするらしい。あの日のサル族とラードンの戦いもそれだったのだろう。あの時に倒れたものの残骸かもしれない。


「今は拾わないでよ? 荷物になるだけだから」

 

 拾い集めようとしていた光紗に注意してから私は進むべき通路を調べる。

 ライトは基本的に使わない。敵に居場所を伝えるだけだ。

 この体のおかげで普通の人よりは暗がりでも目が見えるけど、やはりあまりよく見えない。一応ケミカルライトを通路上に投げて明り取りをする。

 嗅覚もよいので匂いにも頼るが今のところ獣臭さはない。

 耳を澄ましても光紗の呼吸音しか聞こえない。


「今のところ近くに化け物はいなさそうだね。もう少し先にある作業場跡に進みたいかな?」

 

 そう言って数歩進んだ時だった。突然床が抜けた。


「やば、化け物の罠だ」


 何者かに床が抜かれていて、落とし穴が作られていた。

 狭い通路の真ん中の穴って避けようがない。そのまま落ちてしまった。

 幸いそこまで深くはない。この体の身体能力ならジャンプすれば楽に出られそうだ。

 でもその穴の底には化け物が潜んでいた。

 天井が低い。狭すぎて武器が振れない。それでもやるしかない。


「こんなこともあろうかと用意しててよかったよ」


 私はリュックから取り出した魔法のステッキを手に呪文を唱える。


「マジカル、モフモフ、ワッフワフ!」


 とたんステッキの先から光のリボンが飛び出して私の体を締め上げてくる。

 次の瞬間、薄い青色のバトルドレスに着替えていた。

 魔法少女な『あたし』の誕生だった。

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