第9話 悪魔の力と錬金術

その言葉に驚きを隠せない。


「全員を避難させられないんですか? この学園の外に出てしまえば?」

「残念だけど、それでは根本的な解決にはならない。一時的にはそれで済んでも、供物を求めてもっと広い範囲に影響が出てしまうと思う」

 

 理事長はそう言いながら私に武器として二振りの短刀を渡してきた。

 鉈みたいに幅広で厚みのあるものだ。


「神も悪魔も、生贄に娘の命、求める。代わりに、願い叶えられる」

 

 そう言いながら金髪のケモミミ少女が箱の中から出てくる。

 朔良がいないのに気付いてクッキーまだか、とか言っている。


「生贄なんて、馬鹿げてる……」

 

 今はここにいない親友のことを思いながら私はそうつぶやいた。

 たぶん、私が今こうしていられるのもその力とあの子のおかげだと思う。

 普通あんな傷と苦痛で苦しんでいた人間が、こんなにぴんぴんしてなどいられない。


「それがあながち、無意味とも言えないのが恐ろしいところなのよね」


 理事長がそんなことを言い出した。

 今、私たちは着替えをした部屋を出て、神殿につながっているという地下通路を歩いている。

 病院とかの廊下を思わせる白い通路が奥にまで続いている。

 ところどころにある扉は、電子ロックがされていてものすごいハイテクな施設だ。


「あなたラプラスの悪魔っていうの、聞いたことない?」

 

 私はその言葉に少し考えると首を縦に振る。


「確か、物理学の仮説、思考実験ですよね? この世のすべてが原子でできているのなら、そのすべてを知れれば、未来・過去・現在のすべてがわかるはずっていう?」

 

 この世のすべてが化学反応なら、物質がどこにどれだけあるかわかれば、どういう反応を起こして、何が起こるかわかるという。

 そのすべてを知ることは出来っこないから、不可能という科学の理論だった気がする。


「そう、否定された理論。でも考えてみて、完全に外から隔離された世界に、一定の条件を完璧に作り出せるとしたら? 望む結果を、狭い世界の中になら実現できるのでは?」

 

 正直オカルトじみてきてよくわからない。


「それが、わたしの力。閉ざされし世界を作り、中に望む世界を、作り出す」

「生贄、昔は意味あった。洞窟の中、必要な供物捧げた。儀式して、奇跡の力、起こした」

 

 サキさんと赤髪ちゃんが理事長の話の補足をする。


「具体的な例だと、重い病気の人を洞窟内で供物をささげながら看病すると、病が癒えたとか。あとは、子供ができない夫婦が、供物をささげてから儀式をすると子宝に恵まれたとか」

 

 理事長はそんな話をしている。


「で、でも。それだと閉じた世界に物を入れたり、出したりできないとですよね?」

 

 閉ざされた世界に余計なものが入らないように物の出し入れを選択的にできないといけない。

 戸を開けていたら、空気が入ったり、入れておいたものが出て行ってしまう。


「物理学にもう一つ悪魔の理論があるのを知ってる? マクスウェルの悪魔」


 これも聞いたことがある。閉じた二つの部屋の物質を選択的に行き来させられるものがいたら、部屋のエネルギー量の操作ができて永久機関を作れるとかいう。


「それがもう一つの悪魔の力。閉じた系に外から物を入れる力。サキの力はその二つの力を複合的に備えている。私たちは小悪魔の力と呼んでる」

 

 すべてを知ってはいないけど、欲しいものだけ閉じた箱の中に入れられる。

 確かにラプラスの悪魔ほどの全知全能ではないし、マクスウェルの悪魔みたいに物の出し入れが自在なわけではない、選択的に入れるだけができる力。

 二つの悪魔の力の劣化版みたいだ。


「それを利用することで、ほとんどすべての望むものが作り出せる。金だったり、不老不死の薬だったり、この子たちみたいな作り物の命さえも」

 

 何を言ってるのだろう? 

 そんなことができるものなんて、物語でよく見る、空想の産物のあれみたいじゃないか。


「賢者の石。それを体内に宿して、一命を取り留めた人間。それがサキよ」

 

 理事長はそういった。私はあっけにとられる。


「それも、間もなく、終わる。わたしは、死にかけの、悪魔。あと数回、力を使えば、消えて、なくなる」


 さっきからサキさんの表情は変わっていない。自分がもうすぐ死ぬのにだ。

 たぶんサキさん自身も悪魔の影響で欲望が、生きたいという願いが消えかけているのだろう。


「人食い洞の神はそれのもっと強い力を持ったもの。人食い洞はその神がありとあらゆるものを作り出すための魔法の箱。今、恐ろしい何かが作り出されようとしている」


 理事長はそう言って神殿の中に足を踏み入れた。そして、私を中に促す。


「では、あとは任せます。化け物を狩ってきてください」


 説明は終わったとばかりに理事長とサキさんは元来た道を戻っていく。

 残ったのはケモミミ少女二人と私だけだ。


「化け物、狩る。ブッコロ」

 

 赤髪のケモミミ少女。

 一号ちゃんがそう言いながら、武器である特殊警棒をぶんぶん振っている。


「朔良のクッキー。くれる、しろ」

 

 金髪の二号ちゃんが腕をぐるぐる回してやる気満々になっている。

 二人は神殿の奥の扉のない出口の方へ走って出て行ってしまった。


「ちょっと待ってよ⁉」

 

 私は慌てて二人の後を追う。神殿の外に出ると風景は一変していた。


「う、うそでしょ? あの蛇頭の化け物が何体もいる」


 この前私が噛まれて死にかけた、あの化け物が坑道の中から這い出てきている。

 それが見える範囲で数体いる。幸いこの神殿は高い場所にあるからまだかなり距離はある。


「無理でしょ? あんなのに普通の女の子が勝てっこない」


 私はあの時の恐怖がよみがえってきて及び腰になる。

 もしかして、口封じのためにここに連れてこられたのではと疑ってしまう。


「まあ、普通その反応だよね?」


 そんな様子の私に声をかけてきた人物がいた。

 犬耳を付けた、私より少し背の高い女の子だ。

 私たちと同様に警備員の制服に身を包み、手には短めの刀を握っている。


「あ、あたしは三号。適当にサンゴちゃんとか呼んでよ」


 明るい笑顔を見せながら私に話しかけてくる。


「あなたも人工生命? その割には私と変わらない大きさだし、しっかりしてるのね?」


 私の質問にサンゴはうなずく。その横に金髪の子、二号がやってくる。


「クッキーくれるしろ。朔良のクッキー」

「はいはい、しょうがないなあ。食べたら出発だからね?」


 サンゴは二号にクッキーを渡すとその頭をなでてあげる。何だかお姉さんみたいだ。


「あ、一号、二号だと呼びにくいから、赤髪の子はイチゴ。金髪の子はニコちゃんね」


 それに頷いて返すと状況の説明を求めた。


「私はここでどうすればいいの? さすがにあれに勝てる気がしないんだけど?」

「ええ? あなたなら余裕でしょ? まあ、手本ぐらいは見せるけどね」

 

 そう言うとすたすたと階段を下りていく。

 その無防備な様子に化け物たちが気付いて集まってきた。


「あ、やっぱきもいな。まあ、噛まれてもこの体は大丈夫なんだけど……」

 

 サンゴは何かぶつぶつ言いながら刀を構える。

 そこへ化け物の首が縮んだ後、ばねのように跳ね迫ってきた。


「毒のある首は三本だけ、よく見てその首を切り落とすっと」

 

 そう言うとサンゴは化け物の首の何本かを切り落とした。

 切り上げ、切り下ろし、薙ぎ払い。一瞬だ。

 ほとんど目で追えない動きで躱すこともなく切って捨てた。


「うわ、この刀切れすぎでしょ? 女の子にこんなの持たせちゃダメだって」


 自分の武器の切れ味になぜかびっくりしている。


「まあ、こんな感じでやっつけてよ。光紗ならできるでしょ?」

 

 目をキラキラさせながら期待を込めた視線を投げかけてきた。


「いや、そんなに簡単に言わないでくれる? できなくはないんだけど」


 私がそう答えると頷いてきた。当然だよねって態度が何だか腹立つ。


「化け物、倒す。ブッコロ」

 

 イチゴはやる気ならぬ、殺る気満々で今、首を切られた化け物に向かっていこうとした。

 首を何本か落とされたものの、化け物はまだぴんぴんしている。

 それをなぜかサンゴが後ろから抱き上げて止めた。


「何をする‼ 化け物、ブッコロ‼」


 イチゴはサンゴの腕の中で怒ってじたばたもがいている。


「何してるの?」


 私は化け物から距離を取りつつサンゴにそう訊ねた。


「いやいや‼ 小さい女の子が嬉々として生き物殺そうとしてたら、普通止めるよね⁉」

「ええ…… 今、それ言うこと? 貴女も普通に化け物を切ってたじゃない」

「絵面が怖すぎるんだよ。このこボロボロになるまで戦おうとするし」


 私は戸惑いながらサンゴに答えた。サンゴはじたばたするイチゴを地面に下ろした。


「じゃあ、光紗が倒してよ。大丈夫、毒のある首はあたしが全部切ったから」

 

 サンゴはない胸を張ってドヤって見せた。なんか少しイラっと来た。

 そして、相変わらず私に期待のまなざしを向けてくる。


「私だって、怖いは怖いんだけどな……」


 そうは言いながらもなぜか少しだけ恐怖心は消えている。

 サンゴの視線を感じるとなぜだか力が湧いてくる気がした。

 私は渡された二本の短剣を構えると化け物に駆け寄った。

 私めがけて残っていた首が殺到する。それをよく見て最小限の動きでかわす。

 伸びきった首はすぐには元に戻れず、その付け根の胴体はがら空きだ。

 私はその眉間に短剣を突き立てた。

 私の刃先が眉間に触れると同時に化け物が灰のようになって消えた。


「はあ…… やっぱかっこいい。流石だね」


 サンゴはなぜかうっとりした瞳で私の戦いをほめてきた。


「あ、あれ実際には生き物じゃないから。別に生き物を殺しちゃったとか罪悪感は思わないでね? なんだかお化けみたいなものだって」


 よく考えると生き物なんて殺したことはない。よく本番で一発で仕留められたと思う。

 まあすごく怖くて、それどころじゃなかったってだけだけど。

 あれ? 今なんて言った?


「お、お化け?」


 私は化け物を倒した恐怖とは別の意味で震え上がった。お化けとか言ったでしょ?

 お化け怖い。あれ、お化けなの?


「あ、お化けとはちょっと違うかな? 幻覚が実態を持ったようなのだって。人の恐怖とか憎悪とかの感情が形を持ったものらしいよ?」


 けらけら笑うサンゴ。その言葉に少しだけ平常心を取り戻した。

 その私の横でサンゴは地面から何かを拾っている。

 見ると三センチぐらいの大きさの綺麗な石だ。緑色をして透き通り宝石のように見える。


「あの化け物たち、やっつけると宝石になるんだって。これ、エメラルドかな?」


 そう言いながら私の手にその石を握らせてくる。たぶん、そうだと思う。

 イチゴとニコは少し離れたところで化け物たちをやっつけている。

 倒すと同時に地面に綺麗な石が転がった。

 あの二人もものすごく強い。一切首に噛まれることなく無傷でどんどん倒していく。


「よし、もっと狩ってお金持ちだ」


 私はそう言って武器を構え、ニコの近くにいる化け物に走り寄る。


「何してるの? あなたも来なさいよ。というかあなたなんでしょ? なんでそんな格好してるのかは知らないけど元気そうじゃない。生きててよかった」


 私はそう言いながらサンゴを振り返る。その言葉にサンゴは一瞬吃驚した表情を見せた。


「あははは…… やっぱ、光紗にはばれちゃうか。そうだよ、あたしは―――」


 そう言って、サンゴは私の親友と同じように笑った。

 そう、私の親友は、なぜかいつもとは全く違う姿で私の前に戻ってきたのだ。

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