第8話 神様の帰還

 サキさんとケモミミ少女たちはまた木の箱に隠れた。

 なんでも、私を医務室に運ぶときに他の子たちに見られてしまい、「コスプレ少女がいる」とちょっとした騒ぎになってしまったらしい。


「それだったら、最初から私たちを坑道の方に呼べばよかったのでは?」

「そうもいかなくなった。人喰い洞の神かえって来た。私が見つかれば多分ただでは済まない、怒られる」

「どういうこと?」

「とにかく坑道へ行きましょう。説明はそこでするから」


 理事長の言葉にうなずきつつ移動をする。

 会議室を出ると、朔良は調理室の方に連れていかれてしまった。

 朔良は料理がすごく得意だ。たぶんさっきから頼まれている、クッキーを焼くのだと思う。


「坑道って山の方に行くのかと思ったら、まさか管理棟の地下から行けるなんて……」


 神殿への入り口は、本来は山の中腹の地下にあったらしい。

 それを隠すために学園がたてられたという。今そこへエレベーターで向かっている。


「でもそれだったら、この山、私有地なんだし、立ち入り禁止にした方がいいんじゃ?」


 私は思ったことを聞いてみた。今回の私達みたいに迷い込む子がいてもおかしくない。

 立ち入り禁止の私有地の方があの神殿を隠すには適している。


「その方が隠すにはいいでしょうね。でも、サキを生かすためには仕方ないのよ」

 

 理事長のその言葉に首を傾げる。どういうことなんだろう?


「ところで、サキさんっていったい何者なんですか? 神様とか聞きましたけど」

 

 私がそう聞くと理事長が答えた。


「サキは神様なんかじゃない。れっきとした人間よ。ただちょっとばかり普通じゃない力を持っているだけ。そして、その代償が理由よ」

 

 理事長のその言葉に箱の中のサキさんが答える。


「まだわたしを、人として、見てくれる、のね。わたしはもう人とは、呼べない。ただの、悪魔」


 箱の中から聞こえる声はどこか悲しそうだ。

 それにしても今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「今、悪魔って言った?」

 

 その言葉にぎょっとして問いただす。神様と悪魔じゃイメージは大違いだ。

 そういえば、どっちも数えるときは一柱、二柱って数える。

 そう考えれば本質はそう変わらないのかも?


「悪魔は、何を食べると思う?」

 

 サキさんは話を続ける。

 悪魔のイメージと言えば、言葉巧みに人間を誘導し、望みをかなえる代わりにその魂を奪う。昔、そんな話を本で読んだ。


「悪魔は、人の、命を、食べる」

「まさか、この学園の生徒を食べてるの⁉」

「察しがいいのは好き、よ。そう。この学園は、そのためにも、ある」

 

 サキさんはこともなげにそう言いだした。

 私はとっさに箱から距離を取る。そして、理事長を睨みつけた。


「ひどい、何も知らない子たちを悪魔の生贄にしてるなんて‼」

 

 一歩間違えれば、私達も食べられてしまったのかもしれない。

 まさかこれから向かう先で私たちを食べる気じゃないかとさえ思えてきた。


「ちょっと、そう警戒しないで。この学園の生徒で誰か急にいなくなったり、亡くなったなんてことが今までにあった?」


 理事長が慌ててサキさんの話を否定に入る。思い返してみる。

 思い当たるものが…… あった。


「まさか。あの子が急に消えたのも、サキさんが食べちゃったってこと⁉」

 

 ますます私の警戒度は上がっていく。今すぐここから出ないと危険かもしれない。

 朔良も連れていかれちゃったし、早く助けないといけない。


「ちょ、ちょっと⁉ サキの言い方が悪いから望月さんが警戒しちゃったじゃない」


 私はいつでも攻撃に移れるように身構える。エレベーターが止まったらすぐに逃げよう。

 理事長ぐらいなら私の手にかかれば簡単にやっつけられる。理事長は慌てだした。


「お、落ち着いて。悪魔が食べるのは人の欲望。何かをしようとする活力。命って言ってもやりがいとか、生きがいに対する感情って意味よ⁉ それを徐々に吸ってるだけ。誰も死んじゃったり、物理的に食べられるわけじゃないの。確かに吸われると暫くいろいろにやる気が出なくはなるけど、人体にはほとんど無害よ?」

 

 理事長がそう言うけど、私は構えをまだ解かない。


「じゃあなんで、あの子はここにいないんですか?」

「欲望も無限じゃ、ない。すべて、吸い尽くされれば、死ぬ」


 サキさんは箱の中からそう答えてきた。私はさらに警戒心を強める。

 理事長はなんだか泣きそうになっている。


「や、やめて。殴ろうとしないで。私なんかあなたに本気で殴られたら、一発で本当に死んじゃう! 話せばわかる‼ 例えば、お腹がものすごく空いてる人がいるとして、その人の食欲がまったくなくなったらどうなると思う? サキが言ってるのは、そう言うことよ‼」

 

 理事長は体の前で腕をぶんぶん振りながら私の攻撃を防ごうとしている。

 確かにお腹が空いてるのに何も食べなければ、いつかは栄養不足で死んでしまう。


「まさか、あの子が居ない理由って、それに関係あるんですか?」

「サキがあなたを助けるために、エネルギーが必要だった。そのために、あの子は自分の欲望のほとんど全部を渡した。残ったのはあなたが生きてくれればいい、それだけ。もし、今あなたが生きてるのを見たら、満足して死んでしまう」


 その言葉に私は膝から崩れ落ちてしまった。


「そ、んな……」


 私のその言葉と同時にエレベーターが止まる。神殿のある階についたみたいだ。

 私はショックのあまり立ち上がれなくなってしまった。


「心配しなくて、いい。人はとても欲深い、生き物。生きていれば、いずれ、欲望は、沸いてくる。……普通なら」

 

 サキさんはエレベーターから箱が出されると、箱の中から出てきた。


「そうそう。ちょっとくらい欲がなくなった方が、人は清く正しく生きれるはずよ」


 理事長はそんなことを言ってくる。

 その言葉を聞いて、やっとふらふらと立ち上がることができた。


「そんなことより時間がない。こっちに来て」


 理事長はそういうと私をエレベーターの隣の部屋に案内した。

 そこで私はケモミミ少女と同じ警備用の防護服に着替えさせられた。


「あの子の欲望は、このままだと戻らない。人食い洞の神が戻ってきてしまった。神もまた人々の願いの力。欲望を食べて存在している。その食べる量はサキの比じゃない」


 理事長は私の着替えが済むとそう話し出した。


「あなたには人食い洞の封印に立ち会ってもらいます。坑道の中の化け物を倒して神殿の地下にある御神体に封印をしないと、この学園の少女全員が供物となり、死んでしまいます。もちろん、あなたも含めてね」

 

 私はその言葉に何も言えなかった。

 あの子だけでなく私も。そして、私の友人たちまで危ない。

 その言葉を告げられて私たちの長い夏休みの奉仕活動が幕を開けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る