第7話 「あたし」がいなくても世界は回る

 夏休みとはいっても、寮生の朝は早い。

 今日もしっかりと身支度を済ませ、一階の食堂に朝食を取りに来ている。


「お~っす。こっち、こっち」


 そう言って、クラスメイトのギャルっぽい女の子。遥香が声をかけてきた。

 普段よりはいくらか空いているテーブルの間を縫って、いつもの席の方へ向かう。


「ごきげんよう、光紗」


 そう言って、スカートの裾をつまむと片方の足を引きながら膝を曲げ、お辞儀してきた。所謂、カーテシーというやつだ。


 私達の学校は、山一個を丸々学舎にした小学校から大学までをひとまとめにした女学園だ。

 ただし、別にお嬢様学校というわけではない。

 試験は難しいが、門戸は広く開かれている。


 ごきげんよう、なんていう挨拶を普段からしている子はいない。

 さっきのカーテシーだって外国の正式な形式とは程遠い。


「ごきげんよう、遥香」


 私も同じ所作をして友人に挨拶を返す。

 これは友人間だけのお遊びのようなものだ。

 始まりは、私たちがこの学校の中等部に特待生として入学した日に遡る。


「てっきり、お嬢様学校で、『ごきげんよう』とかって挨拶しないとかと思ってました」


 私の親友が、ふざけてスカートの裾をもって自己紹介をしたことから始まった遊びだ。

 初等部からこの学園に通う、他のクラスメイトに大うけしてそれから始まった。


「なんだか、寂しいね」

 

 そう席についていたもう一人の親友、朔良がつぶやく。


「まあ、夏休みで人が少ないからね」

 

 黒髪ロングで眼鏡をかけた女の子がそれに返事を返す。彼女の名は未来。

 清楚系の恰好だけど全然地味な感じではなく、芯のある凛々しい感じの少女だ。


「いやいや、多分あの子がいないからでしょ?」


 遥香はそう言って私の定席の隣、空席になっているそこを首の動きで示す。


 あの坑道での出来事から、二日が過ぎた。

 検査だなんだとバタバタしているうちに二日はあっという間に過ぎてしまった。

 たった二日だけど、いつものやかましい感じがないと朝から調子が狂う。


「光紗ちゃん、傷の方はもう大丈夫なの?」


 席についていた朔良は私が席に着きやすいように少し座席をずらすと、そう訊いてきた。


「うん、むしろ今までよりも調子がいいくらい」


 あの日、毒に侵され生死の境をさまよった私は、あの子と神を名乗るサキさんのおかげで一命を取り留めた。幸い毒の後遺症も今のところ見られない。

 不思議なことに化け物に噛まれた傷の後さえも、もう消えている。


「もう戻ってこないのかな? 掲示板見たでしょ?」


 未来が心配そうに空席を見つめる。

 あの事件の翌日、夏休みでほとんど見る者もいない掲示板にこう紙が貼られていた。


『以下のもの、重大な規律違反により特待生から除名する。A8622』

 

 このナンバーは今ここにはいない、私のもう一人の親友の学籍番号だ。

 あの日以降、あの子に会った子は誰もいない。

 あの日の夕方、私は学校の医務室で目を覚ました。

 横では朔良が同じくベッドで眠っていた。

 聞くと、白い着物を着た不思議な女の子が私たちを運んできたらしい。


「あの子、今どうしてるんだろう? 寮の私物も全部、いつの間にかなくなっちゃってたし」


 寮で同室の遥香がそう報告してくる。

 掲示があったその日のうちに、いつの間にか彼女の持ち物は全部持ち出されていたという。


「坑道で迷子になって、光紗がけがしたんでしょ? あの子も怪我したの?」

「生きて、いるんだよね?」

 

 朔良がそんなことを言うので、私はびくりと体を揺らした。

 私は黙り込んだ。最後に彼女を見たとき、怪我はなかったとは思う。


「私が供物になる。だから、光紗を助けて」

 

 あの子はそう言っていた。

 私は止めようと必死に口を動かそうとしたけど、そのまま気を失った。

 意識がもうろうとしていたとはいえ、そう話しているところは覚えている。

 その後、すぐに気を失ってしまったから、その後どうなったのかはわからない。


「かなりの問題児だったから、こうなるのも時間の問題だったんじゃない? 光紗も朔良も一歩間違えれば死んじゃってたんでしょ? 仕方ないんじゃない?」


 未来は意外とずけずけ物事を言う。その言葉に他の子は何も言わない。

 朔良はどういうわけか、あの日のことをほとんど覚えていない。

 あまりの恐怖体験に自身の心を守るため、記憶を失ってしまった可能性があるらしい。

 朝から何となく重い雰囲気に包まれていると突然校内放送が入った。


『以下のものは至急職員室に来てください。A8655 A8812』

 

 この番号は私と朔良だ。


「やっぱり、あんたたちも処分受けるの?」


 遥香が気遣わし気にそう言ってくる。あれだけの問題を起こしたんだからそれはあり得る。


「だ、大丈夫。いきなり退学とかはないと思うよ?」


 朔良は少し怯えている。私も特待生から外れたらどうしようと、内心びくついている。


「単刀直入に言います。あなたたちには規律違反により夏休み中の奉仕活動を命じます」


 職員室に入って奥の学長室に通されると学長先生からそう命じられた。

 その横には理事長先生もいる。三十半ばだけど、とっても若々しくてきれいな女性だ。


「内容は理事長先生からあります。よく聞いて、しっかりと活動に励むように、以上」


 そう言われて、理事長先生と会議室の方に移動した。

 部屋に入り席に座らされると理事長先生は私たちに処分内容を伝えてきた。


「あなた達には、坑道内の掃除の手伝いをしてもらいます。それに伴い、協力者を紹介します」

 

 その言葉の後、大きな木の箱が運ばれてくる。高さが二メートルほどの棺のような箱だ。

 箱を持ってきた人たちはそそくさと部屋を出ていく。理事長先生は鍵をかけた。


「いいわよ、出てきなさい」


 その声に箱がガタガタと揺れだす。私と朔良は吃驚する。

 箱の中から女の子が出てきた。見知った顔だ。

 あの坑道の最奥、神殿の中で出会った鬼っ子。サキさんだった。


「こんにちは。早速、だけど、あなたには、化け物退治の、手伝いを、してもらう」

 

 私を指さしながらサキさんはそう言った。なんでここにこの人が?


「ええと、どういうことですか?」


 私は理事長先生とサキさんの顔を交互に見ながら訊ねた。


「あなたは相当運動神経がいいらしいわね? それは軍人相手でも勝てちゃうぐらい」


 理事長がそう聞いてくる。一応首を縦に振る。

 お母さんが軍関係のお店で働いている関係で、私は昔から軍人さんと仲が良かった。


「男なんて股を蹴り上げてやれば、すぐにおとなしくなるのよ!」


 そう言いながら、ある女性の軍曹さんに面白半分に鍛えられ、私は普通に現役軍人並みかそれ以上の格闘術を身に着けた。教えてくれたお姉さんも引くぐらいだ。


「坑道に逃げ出した化け物の処理を、この子たちとしてもらいます」


 そう言うとさらに箱から二人の人物が出てくる。小さい子供だ。

 小学生によく間違えられる私よりも頭一個分ぐらい小さい。そんな女の子が二人。

 うちの学校の警備員さんの服装をしている。もちろん、彼女たちにあう小さいサイズだ。

 乙女の園だけあって、うちの警備員は女性しかいない。その制服だ。

 しかし、その頭には変なものがついていた。三角形のふさふさしたもの。耳だ。

 どう見ても、犬か猫の耳のように見える。

 こんな子にコスプレさせて、狭い箱に入れるなんてどうかしている。


「朔良だ、朔良いる。クッキーくれろ」


 ケモミミ少女の一人が朔良に抱き付く。朔良は吃驚している。


「ええ? だ、だれ? あ、でも可愛い。この耳もめっちゃふわふわ」


 朔良は女の子をモフりだした。女の子も気持ちよさそうに目を細めている。


「日向さんには、この子たちのご飯の世話をお願いします。もうこの子たち、あなたのお菓子よこせって騒いで、言うことを聞かなくて……」


 理事長はなぜかものすごく疲れていそうな表情でそう言った。


「この子たち人間ですか? どう見ても頭から直接、耳生えてますよね?」


 朔良はなぜか平然とそう理事長に聞いている。驚かないの?


「そう、その子たちは人工生命。いわゆるホムンクルスよ」


 ちょっとさっきから情報量が多い。整理させてほしい。


「ええと、坑道の掃除って、危なくないですか? というか化け物が坑道にいること、先生はご存じだったんですか?」


 私はまずはひとつづつ疑問の解消を始めた。


「そうよ、この学園はあの神殿を隠すためにあるんですもの」


 思っていた以上にこの学園の闇を垣間見てしまった。


「ええと、もし断ったら?」


 その質問の答えはサキさんがした。


「秘密を、守るため、口を、封じさせて、もらう。あなた達に、選択権は、ない」


 室内に殺気を放ちながらそう言い切った。朔良は気を失ってしまった。

 あの時は毒で弱ってたけど、今の万全な状態なら何とか勝てる気はする。

 でも朔良を守りながらだと厳しい。私は断るのを諦めた。


「それに手伝ってくれるなら、あなた達の友人を助けることにもなります」


 理事長はそういう。


「やっぱり、あの子無事なんですね? どこにいるんですか?」


 私はあの子の生存を確認できてうれしく思う。


「残念だけど、今は会わせることはできません。特にあなたには、ね。今の彼女はかなり危険な状態です」

「え……」


 私はその言葉に驚いた。生きてはいた。でも命の危険があるなんて。


「この夏休み中に解決できないと、サキとあの子には犠牲になってもらうしかありません」

「わかってる。私は、覚悟を、決めた」


 サキさんの言葉に理事長は少し悲しそうな表情を見せた。


「人食い洞の神。帰ってきた」


 小さいケモミミ少女の一人がそう言った。

 もう一人の子は朔良をゆっさゆっさ揺すってクッキーをせがんでいる。


「このままだと、あの子も、この学園の少女たちも、全員供物になってしまう」


 理事長はそう私たちに告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る