閑話 最後の願い
とめどなくあふれる涙をせき止めようと、私は目を閉じた。
「(こんなことなら、光紗にちゃんと好きって伝えればよかった)」
私は目を閉じるとそう心の中でつぶやいた。
たぶん告白しても、光紗は私と恋人にはなってくれなかったとは思う。
きっと気まずくなって、もう親友ではいられなかっただろう。
光紗は恋愛が怖いと言っていた。その理由を、私にだけ話してくれた。
「実は昔、私のこと好きだっていう人がいたんだよね」
特待生に義務付けられている奉仕活動の最中のある日、そう話し出した。
その日のお昼にクラスの子に恋人がいることがわかって、恋愛話になったからだ。
ちなみにそのクラスメイトって言うのは、遥香のことなんだけど……
「へえ、よかったじゃん。付き合おうとかは思わなかったの?」
内心、私は少しむっとした。光紗に恋人がいたとかは考えたくなかった。
まあ、その前から恋人がいたことはないと聞いていたから、その心配はなかったのだけど。
「あなた、よくも知らない人と付き合いたいの?」
光紗はすごく不機嫌そうにそう言った。わからなくはない。
私も好きでもない人に好きと言われてもそこまでうれしくはない。
「たまたまね、他の子と少し揉めてて、その人と一緒に倉庫に閉じ込められたんだよね」
光紗は殴り合いの喧嘩なら、たぶん誰にも負けない。
だからきっと嫌がらせでそう言った方法に出たのだろう。
「暗い倉庫でさ、お化けが出るとか噂あって、怖くて出してって言ったんだけど、その人とキスしないと出さないって言われて……」
その話を聞いて、私は頭が真っ白になった。光紗の初めてのキスが奪われてるなんて。
初めては光紗とがいいと思ってたのに。
「あ、勘違いしないでよ? まだ私、キスなんてしたことないんだから」
光紗は私の勘違いを訂正した。その言葉にほっとする。
「でもね、私が開けてって言ってるのをいいことに、その人が無理やり私のことを押し倒して、開けてもらうためだからって、キスをしようとしたんだよね」
「それ、普通に犯罪じゃん⁉ 誰かに言わなかったの?」
私は光紗のことが心配になってそう聞いた。
ストーカーとかになってたらと思うと怖い。
「言えるわけがないでしょ? その相手が女の子だったんだから」
「あ、ああ…… そ、そうだね」
ごめんなさい。私も女の子が好きです。すごく光紗のことが好きです。
貴女とそういうことしたいって、いつも思ってます。
「それで私、泣いちゃって。普通じゃない物凄い悲鳴を上げてたみたいで、先生がすぐに飛んできて。おかげで助かったんだけど、それから好きって言われるのが、すごく怖い」
この話を聞いたら、もう彼女に好きなんて言えるはずもなかった。
「(それでも、ちゃんと伝えておけばよかった。もう遅いけど)」
思い返すとなんで私は光紗のことが好きになったんだろう?
そうだ、あれは小学校四年生の時だ。
お転婆だった私は普段はショートパンツ姿なのにある時スカートを履いていった。
いつものように走り回っていたせいで、中が見えてしまっていたらしい。
パンチラどころじゃなくパンモロだったらしい。
「ねぇ、またパンツ見せてあげたら? いいでしょ? 減るもんじゃないし」
それから、クラスの娘達にそんなことを言われるようになった。
気持ちは今まで通りだけど、徐々に体の方は女の子らしくなり始めてきたころだ。
今まで仲の良かったクラスメイトが、突然私を女としてみてきたことにショックを受けた。
恥ずかしいし、気持ち悪いし、じろじろと体中をはい回る視線が怖かった。
そして、ついに無理やりに体を触られ、服を脱がされそうになった。
他の女の子たちもそれをさらに煽ってきた。
大勢のクラスメイトに囲まれて、私は怖くて泣いてしまった。
それを助けてくれたのが、光紗だ。
私に触ろうとした子の手首をひねると床に投げ飛ばした。
「あなた、この子のこと好きなの?」
光紗は倒れた子のことを見下ろしながらそう尋ねた。
投げ飛ばされた子は私をちらっと見た後、光紗を睨みつけて首を振った。
「そう。じゃああなたはあの子のことは好き? 触られてもいい?」
今度は私にそう訊いてきた。私はすぐに首を振った。
「だ、そうだけど。どういうつもりでこの子の体に触ろうとしたのかな? 答えてくれる?」
ものすごく冷たい視線でクラスメイトたちを見つめていた。
「いいでしょ、その子なら。見せてって言っても見せてくれないから見ようとしただけよ」
その言葉を聞いた光紗の瞳の色が急に変わった気がした。
その後、ニターとした笑みを見せると、その子の腕をつかんで捻り上げた。
「あなたは、自分がしたいと思ったら、相手の気持ちはどうでもいいのね? じゃあ、私。あなたの腕を折りたくなっちゃったから、折ってもいいかな? いいよね、だって私がそうしたいんだもの」
その光景にクラスの全員がぞっとした。確実に本気の目だ。
普段の子猫のような表情はその時は獰猛なネコ科の猛獣のような雰囲気をまとっていた。
現にその子の腕を本来は動かない方向にゆっくりとひねり出した。
その子は悲鳴を上げる。
「やめて、本当に折れる。やめて、イタイ。イタイ」
泣きながら助けを求めているが、光紗は嬉しそうにさらに腕をねじっていく。
「どうしようかな? あなたはどう思う?」
彼女は腕を少しだけ緩めると私に判断を委ねてきた。
私は怖くなってゆっくりと後退った。
私が許さないと言ったら、この子は本気でその子の腕を折る気がした。
「は、放してあげて」
私のその言葉にすぐに手を離した。その子は這いながら慌てて光紗から逃げていく。
「こんなことして、ただで済むと思ってるの?」
意地悪な女の子がそう光紗を責め立てるけど、光紗は無表情のまま首を傾げた。
「こんなことってどんなこと?」
「暴行罪でしょ。今のは」
いじめっ子のグループの女の子が光紗を指さしながらそう言いだした。
「正当防衛でしょ? 女の子が服を脱がされそうになってたら、普通助けない?」
光紗は強かった。本気を出せば多分このクラスの全員をどうにかできてしまうほどに。
それほどまでにさっきの殺気のこもった視線はクラスの全員に恐怖を刻み付けていた。
「もういや、こんなの」
私はもう何もかもが嫌になった。
クラスの全員が敵になった。もう、消えてしまいたい。
私は自ら四階の教室の窓から身を投げ出した。
「(どうやったのか知らないけど、あの高さから自分も飛び降りて、私を助けちゃうんだもんなあ。そりゃ、女の子なら惚れちゃうよ)」
あの時、十数メートルの高さから落ちたのに私も光紗も無傷だった。
普通に惚れた。男子から救ってくれた上に、命を救われたら誰だって惚れる。
さっきから、今までの光紗との日々が頭の中を駆け巡る。
これが、走馬灯っていう奴だろうか?
古い記憶からどんどんと最近の出来事が思い出される。
思い返せば、あの日から光紗とはずっと一緒にいた。
私の方が付きまとっていたとは思う。
光紗がこの学園の特待生試験を受けると聞いて、私も受けるのをすぐに決めたほどだ。
「(あれ? よく考えると私、光紗のストーカーだ)」
よく嫌われなかったなと思う。
徐々にそして確実に体から何かが抜けていく。これが供物になったってことだろうか?
今まで閉じた目の前に見えていた光紗の笑顔も薄れていく。
「(嫌だ、消えないで、もっと他に何かなかったっけ……)」
消えゆく意識の中で少しでも光紗の顔を見たいと思った。
そして最後に思い出せたのが昨日の夕方、入浴時間のことだった。
「う、やっぱり大きいよね。朔良って……」
光紗がそう言った。少し日焼けした肌が健康的で白とのコントラストがきれいだ。
今はお互い一糸まとわぬ姿をしている。つまりは裸だ。
大浴場の中なんだから当たり前だけど。
「大きいって? 朔良はクラスでもそこまで背は高く無いでしょ?」
私はさっきの光紗の言葉にそう返した。まあ何が大きいっていったのかはわかっている。
「それ、わざと言ってるでしょ? 胸よ、胸。なんで同い年なのにこんなに違うの?」
光紗は背が低いのもあるけど、そのほかの成長が遅いのをすごく気にしている。
背の高さでいったら私とほとんど同じなんだから、気にしなくてもいいと思うのに。
私も背はかなり低い。標準より成長は遅れていると思う。
「あなたは出るところはちゃんとあるでしょ? 私、この前男子に間違えられたんだけど……」
光紗は悔しそうに朔良を見ている。
「大丈夫まだ成長期だもん。きっと育つよ、たぶん……」
私のその言葉にキッとにらみを利かせる。怖いのでフォローを入れる。
「光紗はスタイルいいじゃん。よく動くから足は引き締まってて細いし、お尻も張りがあって丸くて可愛いし」
そう言いながら光紗のお尻を眺める。丸くて張りのあるプリッとしたお尻はすごく魅力的だ。正直、めっちゃエロイ。周りに誰もいなかったら触りたいぐらいだ。
「もむと大きくなるっていうよね? ちょっと揉んでみてくれない?」
光紗はそう言ってあたしの方に背中を向けた。まさか自分から触ってなんて。
こんなチャンスもう二度とないかも? 本当にいいの?
「(いやいや、今触ったら絶対いやらしい触り方しちゃうよね? 嫌われちゃうよ。もし誰かに見られたら、もう光紗といられなくなるじゃん)」
いろいろ思って、呼吸が荒くなるうちに、私はのぼせて倒れてしまった。
そして、せっかくのチャンスを棒に振った。
「(光紗の裸綺麗だったな。あの時、恥ずかしがらずに揉んでみればよかった……)」
どんどん暗くなっていく。闇に飲み込まれていく。
「ああ、光紗が生きててくれればもうどうでもいいや……」
きっと私はかなり混乱している。最後だからきっとどうかしている。
もう光紗の顔もよく思い出せない。それでも最後どうしても思う。
「ああ、最後に光紗の胸もみたぁーーーーーーーーーい‼」
私は最後の最後にそう心の中で叫んだ。
私は、その最低な心の叫びとともに、闇の中に意識を沈めていった。
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