二人ー3 大団円と二股
「僕は、倫会長のどこまでも真っすぐに理想を追い求める強さにも、紅露美さんの自分のダメな部分とも向き合って受け入れる強さにも憧れてたんです」
遊園地のベンチで、二人の女性に囲まれながら泣くという男としてこれ以上無いくらい情けない状態ではあるが、突然二人に求愛されてどちらかを選べと言われて、目の前でその二人が険悪な状態になっているのを見て平静を保てるほど、正太はまだ立派な人間では無かった。周囲からすれば今の三人は異様な光景に見えるからか、自然と皆が距離を取るようになり、気づけば広くて混んでいる遊園地にまるで三人だけの結界が形成される。
「二人の、良い所を、吸収して、僕の目指す立派な人間になりたかった! でもそれは自分勝手な考えだった! だからこんな情けない事になった! もう僕はどうなってもいい、二人に幻滅されて離れられてもいい。だけど、二人が喧嘩するのだけは見たくない!」
立ち上がった正太はポカーンとしながら棒立ちしていた倫と紅露美の手から、喧嘩の原因となっていたスポーツドリンクとコーラを奪い取ると、自分が犠牲になれば丸く収まるのならいくらでも身体を張ってやると言わんばかりに両方をゴクゴクと飲み干す。ペットボトル2つ分、それも片方は炭酸飲料を短期間に飲み干すのは相当に身体に負担がかかる。みっともなくむせたりゲップを繰り返しながらも飲み終えたペットボトルをゴミ箱に投げ入れる、見ようによっては二人の愛を両方受け止める事に成功した正太は、たぷたぷになったお腹をさすりながら二人の手を掴んで無理矢理握手させる。
「倫会長。紅露美さん。僕はこの通り優柔不断で弱い、他人に愛される資格の無いダメな人間だ。今日もいくつか二人とアトラクションとか見て回ったけど、多分相性も良くない。だから二人とも付き合えない。けれど、二人は仲良くして欲しい。倫会長と紅露美さんが仲良くすることが、正反対な二人が、お互いの良い部分を見習って受け入れる事が出来ることが、将来そういう人間になりたいと思っている僕にとっては唯一の希望なんだ。二人で一緒にダメ男に制裁したっていいからさ、仲良くしてよ」
そのまま二人が仲良くする事を願いながら、掴んでいた手を離し、空いた手でビンタでもしてくれよとばかりに顔を突き出す。正太に促されるまま、握手をしていた倫と紅露美はしばし無言で正太と互いを交互に見つめていたが、やがて倫は握手を解くと紅露美の方を真正面から見つめる。
「……宝条さん。こうして知り合ったのも何かの縁だからお節介をさせて貰う。宝条さんは自分にもっと自信を持つべきだ。自己評価が低すぎるから、自暴自棄になってロクでもない事ばかりしてしまう」
「けっ、んなことはわかってるんだよ。先生とかに言われてもなかなか信用出来なかっただけだ。ま、元会長様が言うならもう少し自分のポテンシャルを信じるべきなのかもな……ウチも、多分友達は多い方だからアドバイスしてやるよ、もっと他人の事を考えた方がいいぜ? 皆が皆ストイックには生きられねえっつうの。ま、そのおかげでウチと正太は出会えたような部分もあるけどな」
そして紅露美に対し改善した方がいいと思う部分を述べ、それに呼応するように紅露美も倫に対して意見を述べる。なるほどな、と倫は紅露美の言うことに怒ることなく受け入れ、近くにあるアトラクションを指差す。
「……私達はお互いをただの恋敵としか見ていなかったし、その前提があったから仲良くなれるとも思っていなかったが、それはきっと損な事なのだろう。宝条さんは私には無い物を持っている、それは確かだ。ちょっと二人でその辺ぶらつかないか」
「ああ、いいぜ。ちょっと人生相談とかもしたいしな。正太には恥ずかしくて相談出来なかった事もあったが、頼れる元会長様なら安心して相談できる」
「倫と呼べ。正太はしばらくそこで休んでいてくれ」
「ウチも紅露美でいいぜ。他人にさんづけされるのはどうにもむずがゆいからな」
そのままお互い微笑みながら、二人はアトラクションの方へと向かっていく。それを見届けた正太は、どっと疲れが湧いて来たのか再度ベンチに腰掛けるとゆっくりと目を閉じる。次に目を開けた時、既に日は暮れており、遊び尽くして帰り始める客もチラホラ見かけるように。二人は仲良くなったのだろうかを考えながら、正太はもう自分の役目は終わったと言わんばかりに一人で出口へと向かうが、途中で後ろからがしっと肩を掴まれる。
「いたいた。もう疲れは取れたか? あそこのアトラクションに行こう。この遊園地で一番人気で、私も乗りたかったんだがかなり並ぶし諦めようかなと思っていたんだが、紅露美がこの時間帯は人が少なくなるから行列が少なくなるチャンスだと言うからな。ずる賢い……いや、周りをよく見ている」
「早く行かなきゃ、同じような事を考えてる連中で行列が出来ちまう。いやー、倫って本当に凄いのな。受験勉強しようと思っても何から手を付ければいいのかわかんなくて迷走してたけど、ウチのいい加減な現状説明で何をやればいいのかを的確に答えてくれる」
先ほどまでの険悪なムードはどこへやら、お互いを認め合って仲良くなったと思われる倫と紅露美はお互いに正太の手を掴み、連行される宇宙人のような形で正太はアトラクションの方へと連れていかれる。僕ともまだ仲良くしてくれるのか、なんて質問は愚問なのだろうと飲み込み、正反対な二人を結果的に仲良くさせることが出来た自分は、立派な人間になれたのかもなと正太は笑顔になるのだった。
◆◆◆
「……」
大学生となった正太はある日の週末、駅前で腑に落ちないといった表情で噴水を眺める。しばらくすると、プチ大学デビューという事でイヤリングを身に着けた倫が手を振りながら正太の方へやってくる。
「待たせたな。それじゃあ行こうか」
「ええ。……倫の大学はどんな感じですか?」
「流石にレベルが高いし、真面目な子も多くてな。紅露美には『大学生になったらギャルにならないと浮いて友達作れなくなるぞ』と脅されてて、最初はそれを真に受けて色々大学デビューをしたんだが、逆に浮いてしまって今はイヤリングをつけて髪を少し茶色にするくらいで精一杯だ」
合流した二人はお互いの大学の話をしながら映画館に向かい、話題の映画を一緒に見て、その後喫茶店でお茶をしながら感想を言い合って、その後も買い物をしたりと街をぶらつく。この場を事情を知っている高校の同級生が見ていれば、正太は倫を選んだのだろうと確信するくらいには、わかりやすいデートを二人はしていた。夜になり、色々と買った成果である紙袋と共に駅前のファミレスに入った二人。メニューの中にある、あまり健康に良いとは言えそうにない配色のパフェを眺めながら、思い出したように倫が口を開く。
「あ、そうだ。この前紅露美と一緒に服を見に行ったんだが、自分のファッションセンスに自信が無いって言うから私が見繕ってやった。あいつの間違ったアドバイスで恥をかいたから、その仕返しにダサいと思った服をな。多分来週のデートにはそれを着て来るから、笑ってやれ。そして周囲の人の視線から守ってやれ。……まぁ、私も正直ファッションセンスに自信があるとは言えないから、ダサいと思っていた服がいい感じだったりするかもしれないが……」
「……わかりました」
自分とのデートの最中に、来週に行われる予定の他の女性とのデートの話をする倫。一般的な恋愛観からすれば異常としか思えない状況に、どうして倫は平然としていられるのだろうと疑問を抱きながらも、怖くて切り出す事の出来ない正太。食事を終え、倫と解散し、よくある大学生のデートが終わる。その一週間後、同じように駅前で待っていた正太の前にやってきたのは虹色に輝く奇妙な衣装に身を包んだ紅露美であった。
「うっす。この服どうよ? センスあるか? ダサいか?」
「……笑っちゃうくらいダサいと思う」
「だよなぁ……こないだ倫と一緒に遊びに出た時、試しに服を見繕って貰ったんだが、ダサいよなぁ……遊びに行った時の服も心なしかダサかったような気がする、あいつ大学で浮いて無いか心配だぜ……」
「大学は留年しそう?」
「おい、ウチは確かに頭はそこまで良くないけど、まだ一年の前期も途中なのに留年が決まる程馬鹿じゃねーぞ……はっ、この虹色の服……パチンコに行けば当たるのでは? よし、ちょっと打とうぜ」
選んでくれた倫に対する義理からか、それとも素敵な彼氏が横にいれば何も怖くないという自信からか、自分でもダサいと思っている服を着てやってきた紅露美はどうせなら服のメリットを活かそうと近くにあるパチンコ店へと正太を連れていく。虹色の服を着ればパチンコで勝てるなんてオカルトは通用せず紅露美は負けるが、カップルで打つとどちらかが大勝ちするというジンクスは通用したのか正太は大勝ちし、事前に何も言っていないのにノリ打ちだと収支を折半した紅露美は、そのまま二人の収支で浮いた分を使い切ろうと近くの回転寿司へ正太の手を取り向かう。
「はぁ~彼氏の金で食う寿司はうめえな……うん? ノリ打ちだからウチの金でもあるのか……?」
「紅露美さん。僕達は付き合っているんだよね?」
「まぁ、こうして定期的にデートしてるんだし、付き合ってるだろ」
寿司を頬張る紅露美に、倫よりは話をしやすいだろうと現状をまとめるために、自分と紅露美は付き合っているかどうかの確認をする正太。何を当たり前の事を言ってるんだとばかりに肯定する紅露美。
「その理論で行くと、僕は倫とも付き合っているんだ」
「そりゃそうだろ。先週もデート行ったし、来週も倫とのデートなんだろ? そろそろ暑いよな、プールとか海でも誘ったらどうだ? あ、閃いた。これが今の流行りなんだって騙して紐みたいな水着を買わせよう」
「……つまり僕は二股をかけていることになる。しかも二人はそれを容認しててそこそこ仲が良い」
「まぁ、親友! とまでは行かないけど、まぁまぁ遊ぶな」
自分の彼氏が友人とも付き合っている事を淡々と認め、挙句の果てにプールや海に誘え、自分は紐みたいな水着を買わせるからとアシストするかのような発言をする紅露美。近くの客が異様な会話内容にこっそりと聞き耳を立てている中、正太はガンとテーブルを両手で叩く。
「こんなのどう考えてもおかしいよ!」
「……お前がどちらか選べない、二人は仲良くして欲しいなんて言ってずるずる引きずった結果だろ」
「ぐっ……」
公認で二股をしている現状はおかしいと紅露美に問いかけるも、そんなおかしな事になった原因は自分自身にあると指摘されて狼狽える。倫と紅露美はそれなりに仲良くはなったが、二人が正太を好きであるという状態が変わることなく、二人が仲良くなった事で問題は解決したと現実逃避を貫いてなぁなぁな関係を続けて来た結果、高校卒業してバラバラではあるが近いの大学に通う事になった三人は、こうして交代にデートをするという関係になってしまったのである。
「僕達これからどうなるのかな……」
「さーて、どうなるのかねぇ……大学卒業して、就職しても続いたりしてな、ま、ウチは別にずっと二股状態でも構わないけどな、ウチもちゃんと愛してくれてるの感じてるし。多分向こうもそうだろ。そのうち三人で住むようになって、子供も出来て……ああ、でも法律的にはどっちかとしか結婚出来ないんだよな……そこは揉めるかもな」
「……」
自分がきちんと決断をしない事を棚に上げて他人事かのように今後について考える正太に対し、そんな優柔不断な男だと理解した上で愛したのだから決断はしなくていい、その代わりに二人とも愛せとニヤニヤとしながら、寿司をパクパクと頬張る紅露美。回転寿司を出た後は倫同様に街をブラブラと見て回り、夜になると紅露美は欠伸をしながら近くにあるラブホテルを眺める。
「もう大学生なんだし、次のステップへ……まぁ、流石にこれは抜け駆けは色々と倫に悪いよな……そうだ! 三人で」
「……また再来週」
冗談なのか本気なのか判断に困る事を言い出す紅露美に手を振りながら別れ自宅へ戻る正太。二人とのデートは楽しいが、普通ではない状態を受け入れる程に正太の心は強く無く、受け入れているどころか二人で遊びにも出かける事のある二人に対して女は強しと呟きながら主に精神的に疲れ果てた身体を休めるためにベッドに横たわる。
「二人とも責任取って愛する事しか、僕に立派な人間になる道は残されてないのかな……」
そして少しだけ覚悟を決めると、次の倫とのデートの話をするために、スマートフォンを開いて倫にプールか海にでも行かないかとメッセージを送る。こうして正太の、立派な人間になるために倫とも紅露美とも交流をするという作戦は、二股をかけるようなクズ男になってしまったという意味では失敗し、甲斐性のある男になったという意味では成功したのであった。
一日一善一悪二恋愛 中高下零郎 @zerorow
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