この闇を、断ち切る(後編)

 赤い瞳が妖しく光る。紫貴の中の呪いを増長させたのだろう。再び、鬼化が始まってしまった。

 激痛が襲っているはず。衝動に抗っているはず。それなのに、紫貴は酒呑童子からは赤く染まった瞳を逸らさない。剣をしっかりと握り、切っ先を宿敵へと向ける。


「二度と這いつくばってなどやるものか。咲耶、俺達で倒すぞ」

「……はい!」

「くははははっ! ……やってみろ、後悔させてやろうて!」


 酒呑童子が言い終えると同時に、紫貴が飛び出す。

 それはこれまでに見たことがないほどの速度。鬼の力をも利用しているのだろうか。確かに、彼ならできてしまいそうだが。

 ──と、呆けていてはならない。咲耶も紫貴へ続く。正直なところ、どちらも満身創痍。一人でもやられてしまえば負けてしまう。力を合わせることが重要だ。紫貴の動きに合わせようと、咲耶は彼とは真逆の方向から攻めることに。

 紫貴は雷を剣に纏わせ、酒呑童子の大振りの攻撃を避けながら右半身へ向けて左から右へと振り斬る。その攻撃に合わせ、咲耶も剣に力を込めて光を纏わせると、左半身へ右から左へと振り斬った。

 雷鳴が轟き、眩い光が走る。


「このっ、矮小な人間どもがああぁぁあ!」


 躱そうとする動きは見えたものの、咲耶と紫貴の攻撃の方が速かった。上半身に傷を負った酒呑童子は、よろよろと後ろへ下がり、距離を取る。

 咲耶が纏っていた光の膜で至るところの皮膚が焼け爛れ、その際に気力も削られていたのだろう。思ったように動けていないように見えた。


(無茶をしてしまったけれど、意味はあった)


 とはいえ、油断はできない。酒呑童子は怒りを原動力とし、形振り構わずに攻撃を仕掛けてきた。繰り出される全力が乗った拳。力ではまったく敵わないことは既にわかっているため躱そうとするが、咲耶の前に紫貴が立ち、刀身でその拳を受け止めた。

 鍔迫り合いが始まるも、紫貴は苦しそうに眉間に皺を寄せ、汗を流している。呪いが、鬼化が邪魔をしているのだとすぐにわかった。

 咲耶は剣を置き、紫貴の横へ立つと柄を握る彼の手に自身の手を重ねる。呪いを食い止めながら酒呑童子を倒すには、これしかない。


「咲耶!?」

「わたしの残りの力を紫貴様に託します! 絶対に……絶対に、酒呑童子を倒しましょう!」

「……っ、ああ!」


 紫貴がしてくれたように、咲耶も力を流し込む。呪いを食い止めつつ、今ある力をすべて紫貴へ託すために。

 すると、二人の力が合わさり、刀身が光を放ち始めた。それは、徐々に輝きを増していき、闇に包まれていた空間を照らし始める。


「ぐ……っ、こ、このぉ……!」


 暗闇が消え、一層気力が削られたのか。これまでこちらを圧していた酒呑童子が圧され始めた。

 ──畳みかけるなら、今。

 二人は顔を見合わせて頷き、全力を注ぎ込んだ。刀身から放たれた光は洞穴の天井を突き破り、厚い雲を掻き消していく。

 そこへ、月が姿を現した。月明かりが差し込み、酒呑童子を照らす。


「な、に……」

「これが、わたし達のすべての力!」

「この闇を、断ち切る!」


 酒呑童子を圧しきると、二人は刀身を振り下ろした。


「儂、が……負け、る、など」


 眩い光がすべてを包み込み、咲耶と紫貴は目を瞑った。



 * * *



 ──しばらくして目を開けると、酒呑童子が大の字で地面に倒れていた。その肉体はボロボロと崩れ、形を失い始めている。


「……これが儂の最期かあ。あっけない」


 空いた穴から見える月を眺めながら、酒呑童子はそう吐き捨てた。


「まあよいわ。せいぜいこの勝利を噛み締めておくんじゃなあ。闇がある限り、儂の代わりなどいくらでも湧いてくる」


 闇はどうやっても消えはしない。太陽が沈めば、夜は必ずやってくるからだ。だとしても、ようやく取り戻した夜を易々と手放したりはしない。酒呑童子の言うとおり、代わりが現れ、奪おうとするのならば。戦い、守ってみせる。

 そうじゃ、と酒呑童子は、手が崩れ落ち、肘しか残っていない腕を咲耶へ向けて伸ばしてきた。


「咲耶。儂は、お前の養父母がしていたように、愛してやろうと思うておったのに。残念じゃあ」


 寂しそうに微笑み、そう話す。咲耶は拳を強く握った。

 その笑みは、偽物だ。目の奥が笑っている。この鬼は、咲耶に罪悪感を植え付け、心に残ろうとしているのだ。

 岩戸隠れが失敗し、今度は自分の手で閉じ込めてやろうと考え、子をなしてその命を利用しようとしていたのはどこの誰か。愛してやろうと思っていたとでも言えば、心に響くとでも思ったのか。

 響くはずがない。実の父親、双子の片割れの命を奪い、大切だった養父母の命まで奪った鬼の言葉など。

 決して、心に残してやるものか。咲耶は眉を顰め、口を開いた。


「お父様やお母様のように、愛してやろうと思った? そんなこと、貴方にできるわけないじゃないですか。貴方の愛は、空虚しかない。……わたしは、貴方が大嫌いです」

「くははっ、これはこれは……大層、嫌われた、もの、じゃ」


 完全に身体が崩れ、酒呑童子は息絶えた。

 気が抜け、身体がよろける。そんな咲耶を、紫貴が肩を抱いて支えてくれた。


「紫貴様、呪いは……?」


 鬼化していた部分は、元通りになっている。紫貴は目を細め、口元に弧を描いた。


「何も感じない。酒呑童子がこの世を去ったからか、呪いも消えたようだ」

「よかった……!」


 紫貴の身体にしがみつくと、優しく抱きしめられる。

 これで、呪いに蝕まれ、激痛に、衝動に苦しめられることはない。紫貴はやっと、自分の肉体を取り戻せたのだ。


「ここからだ。……ここから、新しい明日が始まる」

「……本当の夜明けを、迎えられましたね」

「そうだな。その夜明けを咲耶と共に迎えられたことが、とても嬉しい」


 わたしもです、と咲耶は紫貴の胸元へ顔を埋めた。

 これからは、掴み取った未来を大切に守っていかなければならない。末永く続かせるために。

 でも、紫貴とならば。

 この先どのような闇が襲おうと、未来を奪おうとしてこようと、二人でなら乗り越えられる。

 そう、信じている。

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