あまりもの

もしあの時、ああしてれば、こうしてれば。


"れば"は無いと分かっていながらも、ふと訪れる日常の暇に頭を粘るように、べとっ。とした明確に悪い後味を残して過ぎていく。


特に疾患や病気の類ではないのだけれど、特に何か失敗したわけではないけれども。


自分でも他人でも、噂の中でもなんでもよかった。


ただ、少年、金草廻は「主人公」になりたかった。


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一体何度目の過去最高気温を迎えればいいのか。


窓の外に目をやれば、最早地球が人類に直接手を下そうとしていると言わんばかりの刺刺とした日差しがツラツラと廻の居る部屋にも容赦なく入ってくる。


ピッ。


「これしきで安安死んでやれるほど、人類はヤワじゃねぇよ。舐めるな、人類。」


と、その開花に何一つ貢献せず、文明がもたらした甘い汁を容赦なく啜る廻は指先一つで目先の不快を解消する。


何もない日曜。

廻ひとりぼっちの部屋には最早環境音と成り果てたテレビが一人場を和ませようと奮闘している。


「おっ。」


そんなテレビの頑張りが届いたのか、廻は数時間ぶりにスマホからテレビへと主役を移した。


『今年の甲子園もいよいよ佳境!ついに明日は決勝です!!』


この夏の燃えたぎる熱さをそのままに体現したような情熱を持つアナウンサーが興奮気味にそう言った。


続けて。


『この夏の主役たちは、どんなプレーを見せてくれるのでしょうか!!』


そう言って、熱量アナウンサーが促すと、各選手の今までの試合の活躍シーンがダイジェストに纏めてさも情熱的な音楽にノせて流れ出した。


野球なんて、生まれてこの方やったこともないし、なんならボールを触ったことも記憶にはない。


しかし、その映像は廻を強烈に鷲掴みにして離さない。


「いいなぁ…」


画面の中で、キラキラと光り輝く、まさにこの夏の主役たちに廻は快適な部屋の片隅でそう呟いた。


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「ヤッバい。溶ける…何してんだ、俺。」


ゆらゆらと目の前で陽炎が揺れる中、身体中の水分を叩き売りするかのように放出しながら、廻はコンビニへと足を運んでいた。


「このままじゃ、ダメだ。」


ニュースが終わるや否や、高校球児たちにアテられた勢いそのままに外に飛び出してきたものの、そのエネルギーは何処へやら。


青春の全てを野球に捧げ、かつ、同じ過程を辿ったライバルたちに勝って、勝って勝ち続けた正にキラキラ、ギラギラ、ピッカピカの主人公たち。


言うなれば、青春時代を見えないものを追うことに必死だった廻には到底本物には手が届かないモノだった。


しかし、ここは現代日本。


様々な感情の代替品、模造品は幾らでも手に入れる事ができる。


「辛い旅路も、困難な目標も、主人公は絶対に諦めねぇんだ。」


そう呟いて、廻の目には一層力が宿る。


「待ってろ、ジャンポ…」


目的を口に出すことで再確認。


こうして廻は片道5分の道のりを一歩一歩、歩いて向かった。


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「合計で630円になります〜」


目的だった週刊少年ジャンポは言わずもがな。道中で叩き売りし、完売寸前となった体内の水分を補うと言う意味で、飲み物代は必要経費。


ジャンポ足す、500ミリのお茶。


この程度では450円付近のはずだが。


会計金額をジャンポ二週分へと押し上げた元凶が、廻が小学生から愛してやまない「気軽な贅沢を貴方に。」がキャッチコピーのチョコレート菓子。


こいつが、歳を経るたびにじわじわジリジリと高騰。


公式がだるまさんがころんだをこの菓子の価格で遊んでいるのではないのだろうかと最近は思っている。


今の廻の懐事情からして、とてもじゃないが気軽とは言えないどころか、全財産の半分以上の大打撃になってしまっていた。


「うわっ、そこそこいったな。」


バイトもしておらず、月のお小遣いが唯一の収入源である廻には衝動買いとも言えるこの630円は必要であり、不要な出費。


…さらば英世。もう少し、一緒にいたかったけど。仕方ねぇよな。


「お願いします。」


そんなジレンマに焼かれながらペラッペラの財布から最後の英世をいつもより少し力の入った指先でおずおずと店員に差し出すが。


「こちらの精算機でお願いします。」


「あっ。」


ニンマリ、笑顔を崩さない店員、カッカッカッと靴を鳴らすサラリーマンに背も気持ちも小さくなった廻はそそくさとコンビニを後にするのであった。


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「そうだよな、もう大体そうだよな。英世も、東京じゃキタサブローに乗っ取られたって話だし。」


英世が笑いながら自分の頭蓋骨を半分持ち上げ、


「なんでわかるんだよ(笑)」


と泣きながら擬態を見破った廻を褒め讃える。


「アーメン英世。俺にはどうする事も出来ない。」


頭の中で行われた問答にそう追悼の意を示し、先程買ったお茶を身体の乾きに従ってトプトプと流し込む。


「うんまっ!!」


時代の進歩とは恐ろしいもの。

少しずつ新しいものが日常に導入されているせいで薄れてはいるもののの、数十年単位で見れば、ありえない、想像だにしなかったことの実現がさも当然に行われている。


「こりゃ、未来の猫型ロボットも気がついたら。みたいな事になりそうだな。」


ーーわくわくする。


フッと湧き上がったそんな自分のシンプルな感情に浸るように、忘れないように。


目を閉じて、想像だにしてない未来を思い描く。


「んー、まず実現して欲しいのはフルダイブMMOだよな。サービス開始直後にログアウト出来なくなって…くぅ。いいな!」


「これこそ、想像なんて出来ないことだけど…」


「異世界に転生できるようになっちゃったりして!?」


そう言って、今この瞬間にでも。と期待と呼んでいいものか分からないほど、ちっぽけな感情を込めて目を開くが、


当然の如く、何も変わらず。

変わったことと言えば、やけにワシャワシャと必死に生きる蝉たちの音が先程より耳につくことくらいだろうか。


「そうだよな。ありえねぇ。」


僅かな落胆が胸をよぎり、先程の感情がちっぽけでも僅かでも期待だったと自覚し、一歩、一歩とまた歩き出す。


こうして、人間は大人になっていくのだろう。


「異世界でも行ければ、俺も主人公になれたのになぁ。」


大きなため息を吐き、本音が漏れる。


そして、理屈や理論ではなく、それは起こる。


襲う、クラッと思考が急落する感覚。


「なんだ?熱中症か?ちょっとそこの公園で…」


クラクラと波のように押し寄せる眩暈と蝉の声が+ボタンを押しっぱなしにしているかのように上限なく大きく、鋭く耳に突き刺さる。


…これ、マズ


止まることなく加速する不具合は留まるところを知らず、思考の残りの一言すら発すること叶わず、刈り取っていく。


ブツ。


と無造作に意識が途切れる音だけが廻の耳に残った。


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「は?」


スクラップアンドビルド、破壊と再生しかり、

壊れたもの、状態はゆっくりと回復していくものが世の決まり。


しかし、先ほどまでの異常は何事もなかったかのように、再生のフェーズをごっそりと何者かが鷲掴みに盗って行ったかのように。


そこにある、あったはずの異常もこれ以上もないほど健康そのもののメグルの意識にメグルはフリーズ、固まる。


こうして、数秒時が止まったかのように動かないでいると、視界に白いものが映った。


ぴょんぴょんと跳ねるように白いものはメグルに近づいてきて、目の前で止まった。


白く、ぴょんぴょん跳ねるものをメグルの脳内検索機能が判別、判定する。


「…うさぎ?」


「キュ!!」


まるで、肯定するかのように、可愛らしく、うさぎは鳴いた。





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「もし」の世界 高崎ナル @yaritaikotozenbudekiru555

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