夢人形

かおり

夢人形

「ちょっとした冒険ごっこのつもりだっただけなのに。」



少女エミは都市部から少し離れた静かで穏やかな町に住んでいる。学校では成績優秀なナナ、サラとの3人で常に行動を共にしており彼女らは「優等生グループ」と言われ、先生や親からはもちろん近所の大人たちからも期待の目を向けられている存在である。しかし、そんな3人の人生はある日を境に大きく変わり果ててしまう。



「え?ナナ、今なんて言った?」

エミはナナが言ったことが信じられずに聞き返した。

「だから、放課後にあの不気味な屋敷に侵入して探索してみようってば!」

ナナのいう「不気味な屋敷」とは学校の裏に建っている洋館のことでもう何年も人が住んでいる話を聞かない。そこに侵入しようと言っているのだ。

「無理無理!あんな怖いところにいくなんて私絶対嫌だよ.....」

とサラが少し怯えたように言ったのでエミはそれに同意を示した。

「そうだよナナ。それに勝手に侵入したって親や先生にバレたら大変なことになるんじゃないの?」

「もう、エミはいつも親がああだの先生がどうだの、そうやって周りの評価ばっかり気にしていて人生つまらなくないの?ちょっとくらいやらかしてもどうせ許してもらえるでしょ。」

「つまらないってそんな、私はただ正しいことをしようと....」

「それに、私達以外の他にも勝手に入っている人いるみたいだしそれでなんのお咎めもないみたいだから絶対私達も大丈夫だって。」

少し苛ついたようにナナは言った。エミもサラもこれ以上ナナを止めることはできないと悟ったのかこれ以上言及せず、洋館に行くことにした。


「不気味な屋敷」の名を持つ洋館の周りには奇妙な形の木が並んでおり、更には上階の窓越しからたくさんの人形が外を覗き込んでいるようで当に名にふさわしい雰囲気をまとっていた。そんな空気にも一切臆せずに先陣を切るナナに驚きつつも続いてエミ、サラも洋館に入った。

中に入った途端、冷気が突き刺すようにエミの体に当たった。緊張でエミの腕から溢れていた汗が一瞬で消え去ってしまうほどだった。床は大理石貼りになっていて明かりこそ少ないが、外観からは想像もつかないくらい綺麗であった。

「なんだ意外と怖くないじゃない!ここに住んでみてもいいくらいだよ!」

と先程まで一番怯えていたはずのサラが言った。調子がいいなと思いつつ、エミは相槌を打っていた。

そのように探索していくうちに3人は人形が見えていた部屋にたどりついた。その部屋には外から見えていたものとは比べ物にならないほどの数の人形がいた。くまのぬいぐるみ、くるみ割り人形、着せ替え人形、シンバルを叩く猿の人形などたくさんの種類の人形たちが並んでいた。人形たちの迫力に3人共圧倒されていた。その中でもエミはある1つの人形に視線を奪われた。それは糸に釣られたマリオネットと呼ばれる操り人形だった。

「何かを瞳で訴えかけられているような........ねえ!この人形から何か感じたりしない?」

とエミはつぶやきつつナナに問いかけたが、

「何も感じないけど、どうかした?」

といった答えが返ってきた。エミはサラにも問いかけることにしたが、

「ねえ、サラは何か感じない?.......あれ?サラは?」

妙なことにそこにサラの姿は見当たらなかった。ナナが、

「どうせ怖くなって1人で帰ったんじゃないの?そろそろ私達も帰らないとだね。」

と言ったため2人は家へ帰ることにした。次の日もその次の日も、サラはなんの連絡もなしに学校を休んだ。エミとナナは心配になってサラの家を訪ねた。しかしサラの親が言うには洋館に行った日から家に帰ってきていないとのことだった。

「もしかしたらサラ、あの洋館にいるままだったりするのかな。」

エミは心配する思いを持ったまま家へ帰って眠りについた。



その夜、エミの夢の中にあの時のマリオネットとサラが現れた。マリオネットは前と同様にただこちらを訴えかけるような目で見つめ、サラはエミに対し何かを叫んで伝えているように見えた。

「あなたは何を言っているの?一体何を伝えようとしているの?教えて!」

エミは夢の中のサラにそう問いかけたが答えが返ってくることはなく、ただサラは何かを伝えようとしたまま遠ざかっていった。気がついたときには、エミの足は無意識に洋館へと進んでいた。エミはだんだんと自分の身に異変が起きはじめているのを感じた。視線が徐々に低くなり、更に手足を動かす感覚が固くなりつつあったのだ。洋館内の人形の部屋についた頃にはエミの体はほとんど自由が効かない状態となっていた。その部屋の鏡を見てエミは初めて自身に何が起こったのかを確認することができ、そして驚愕した。エミはマリオネットの姿になっていたのだ。感覚が固かったのも視線が低くなったのもすべてマリオネットになったことの影響だったのだ。きっとサラもここで人形に変身してしまったのだと、そしてこれは夢なんかではなく今実際に起こっていることなのだとエミは即座に理解した。しかしこの大量の人形の中、更に自由の効かない身でサラを探し出すことができないということもわかっていた。

「早く元に戻って家に帰らないとお母さんに怒られちゃう!」

エミは焦る気持ちを持っていたがどうすれば良いのか策も思いつかずただ糸でつながった腕を振り上げるばかりだった。


もうどれほどの時間が経っただろうか。辺りはずっと前から明るく、ちょうど学校が終わった頃だろうか。エミはすでに身動きをとることすらできなくなってしまっていた。

「ナナは無事なのかな。みんなに心配かけちゃっているよな。」

そんな事を考えていると、扉の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声の正体はすぐに判明した。

「エミ?ここにいるの?早く出てきて頂戴。」

エミの母親だった。他にもたくさんの大人たちがいる。

「嘘、お母さん?なんでここにいるの?」

エミの声は彼女の母に聞こえるはずもなく、母親は続けた。

「ナナちゃんから聞いたわよ。3人で放課後ここで探検ごっこしていた時にサラちゃんがいなくなったのよね。責任感の強いあなたのことだからサラちゃんを探し出そうとしているのでしょう?でももう探さなくていいわ、ちゃんとした捜査を頼んでいるの。だからお願い、早く戻ってお母さんを安心させて頂戴!」

「違う、違うの。お母さんのところに戻りたくてもこんな姿じゃ戻れないの。動けないの。お願いだから誰か、気づいて!」

エミは心のなかでそう叫んでいたが誰もエミの姿が変わってしまっていることを知っているはずがない。

「どうやらここではない別の場所にいる可能性もあるようですね。行きましょうか。」

しばらく経ってもエミが現れなかったため、エミの母親たちは洋館を出ていった。

「ここにいる人形たちも元々は人形じゃなかったんだろうな。この人たちの親もずっと心配して探し続けているんだ。きっと私も2度と元の姿には戻れないんだろうな。これからずっとこのマリオネットとして生きなきゃいけないのかな。」

エミの中におそろしいという感情が一気にこみ上げてきた。

しばらくして、今度はナナが部屋に入ってきた。ナナの顔は青ざめていた。

「私がこんなところに無理やり連れてきたから2人は消えちゃったんだ。私のせいだ、私のせいだ...!」

ナナはそう言うと床に倒れ込んだ。

「ナナ、そんなに思い詰めていたなんて。」

とエミが思っていたとき、エミはナナになにか異変が起こり始めていることに気づいた。ナナ自身も気づいたのか、

「あれ、私の体なにか変?嘘、足が動かない!」

と焦りだした。ナナの体は段々と四角っぽい、くるみ割り人形の形となっていった。エミは自分もこのようにマリオネットへと変わっていっていたのかと考えるとゾッとした。

「ごめんなさい。ちょっとした冒険ごっこのつもりだっただけなのに。」

エミが聞いたその言葉を最後に、ナナが言葉を発することは2度となかった。




あれから3年の月日が経ったが、サラ、エミ、ナナが再び姿を現すことはなかった。洋館の人形は今も増え続けているそうだ。

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