第三章 山祭り

第1話 杉山村




 その日は休日で、圭と塾講師の林出は、キャンプ場の管理を任されていた。

 川に死体が流れていたのを発見してから、すでに十日が経っており、警察の調べでは、男は過って川に落ちたということで処理をされた。

 またしても、例の刑事二人が事情聴取にやってきて、峨朗に対して、執拗に質問攻めをしていた。

 圭に対しても、第一発見者ということもあり、以前よりは長く、死体発見の経緯を聴かれた。特に、仕事帰りに、浜本を拾った状況についてはしつこく聞かれた。

 しかし、圭にとっては、ありのままに話すしかないので、実際に起こった事を時系列に話すしかなかった。

 警察に事情を聴かれた翌日、会社に行くと、峨朗が圭を呼んで、警察に何を話したのかを聞いてきた。

 圭はそのまま伝えたが、峨朗は神経質になっており、いら立っているようにも思えた。


「本当のことを話してはまずかったですか?」


 圭が峨朗の様子を察して尋ねると、


「何でマズいなんてことがあるんだ?」


 と少し、とげのある声で聴き返した。


「すみません」


 圭が驚き謝ると、峨朗はすぐに取り繕う。


「いや、悪かった。ちょっと、警察がうるさいもんでいら立っていてね」


 ごまかしてはいたが、圭は峨朗の打たれ弱さを感じずにはいられなかった。

 その日は、キャンプ場すべてのスペースが埋め尽くされる盛況であった。客の対応をしていた圭は、隅の区画に、数日前に死亡した浜本の友人たちがいることに気づいた。

 キャンプ場と警察署で顔を合わせているので、お互い顔見知りであったが、向こうは圭に気づかれた事を知ると、バツが悪そうな顔をして目を逸らした。


「お友達の弔いをしに来たんですか?」


 圭が尋ねると、


「いや、別に……」


 忙しさを装うように、そそくさと行ってしまう。


「なんか、怪しい連中だな」


 振り返ると、林出が立っていた。林出に彼らのことを話した後だっただけに、その行動に疑念を抱いたようだ。


「そうですね」


 圭は、同調した。

 その日は、そのまま彼らと会うこともなく過ぎた。

 しかし、それから二日経ったある日、またしても彼らを見つけることとなる。それは、山仕事をしている現場であった。


「おい、何をしているんだ?」


 目ざとく見つけた根本が、作業道を歩く三人に向かって叫んだ。

 三人は逃げようとするが、進行方向に、高良が現れたので観念して立ち止まった。

 根本はなぜか激高しており、兼帯から鉈を取り出して三人に近づくのを、圭が間に入った。


「待ってください、彼らのことを知っています。先日稚児の滝で亡くなった男性の友人です」

「それがどうした?なぜ、こんなところでウロウロしている?」

「おそらく、杉山村を探しているのさ」


 高良さんがつぶやいた。


「 杉山村?」


 圭は訳が分からずに聞き返した。


「あんなもの、はただの噂話にすぎない」


 根本がムキになる。


「確かに、でもネット界隈だと、この辺りだって噂が根強いんだ。そうだよね?」


 高良が知ったかぶりで、三人に問いかけた。三人は肯定も否定もせずにただ、どうしたらよいかと立ち止まっているようであった。


「そんな村はない、ありこないんだ。だから、もうさっさと行け。こんなところへ入ってきたら、お前らも友人の二の舞になるぞ、わかったか?」


 そう言って、根本は鉈を振り回し、脅すように三人の顔を見まわした。

 三人は逃げるように去っていった。

 興奮している根元を鎮めるように、昼休憩に入ることにする。車に戻る途中、圭は高良に尋ねた。


「杉山村って、何ですか?」

「知らないのか?」

「まあ」

「新参者だもんな」


 何だかバカにされているようで、ムッとしている圭の顔をみて高良は説明した。


「杉山村というのは、村人全員が殺されて、一晩のうちに消滅したとされる都市伝説になっている村さ。よく、都市伝説で語られたり、ドラマや映画の題材にもされたことがある」


 圭は、記憶のどこかに引っ掛かっていた情報をなんとなく思い出した。


「それを本気で調べに来る輩がいる。彼らのような連中が毎年やってくるのさ」

「それで、その村は、本当にあるんですか?」


 圭は思わず尋ねた。


「元ネタとなった村は、この山のどこかにあるみたいだ。ただ、それは限界集落で 住めなくなっただけだけどね。それに、廃墟となった村まで行く方法が、今では誰にもわかんないみたいだ」

「何でですか?」

「道が崩れて、行けなくなってしまったからさ」

「へえ、そうなんですか」


 村を見つけて、騒ぎたい若い連中が多いらしい、と高良は言った。


「ユーチューバーみたいな輩が、毎年やってきては山を穢すから、怒っている人がいるのは、事実だよ」

「だから、さっき、根本さんが怒ったんですね」

「あの人は、いつでもあの調子だろう?」


 高良が真顔で言うので、圭は思わず噴き出した。



  *     *     *



 お盆休みに入り、数年ぶりに実家に帰ることにした圭。

 実家で、のんびり過ごしたり、同級生と飲み会をしていると、冷静になり、もう山田沢に関わるのは止めようかと思い始めていた。

 この数か月、山田沢の生活は、今まで経験したことがない驚きと奇妙さに満ちており、その異常性が際立っていた。このまま、関わっていたら、もっと恐ろしいことが自分の身に降りかかるのではないかという、被害妄想が頭をよぎった。

 しかし、峨朗からの電話で、集落に引き戻されることとなる。


「団長選が決まった。帰ってくるんだ」

「えっ?何ですって?」

「山師団の団長選だ。さんが来年、引退することを宣言したので、急遽、師団長を選出することになったんだ。だから、早く帰ってきてくれ」


 山師団の師団長が交代するのに、なぜ、自分が休みを切り上げて山田沢に帰らないといけないのか分からない。


「俺は師団長になりたいんだ。しかし、対抗馬がいるからすんなりいかない。君の協力が必要だ」


 峨朗の説明によるとこうだ。

 団長選の立候補者として、最初に名乗り出たのは、峨朗であった。しかし、それを聞くと、幼馴染の工務店の社長、松井がしゃしゃり出てきて、自分も立候補すると言ってきた。

 二人の一騎討ちと思いきや、そこに、副団長の岩本が加わったのだという。

 この岩本という男は、自営農家で独自のフルーツを集落全体で栽培して、山田沢を盛り上げようという考えがある。

 そういう積極的に何とかしようという考えを持つ者は、同じく他所から来た者や、若い世代には受けが良い。

 圭も一度、岩本と話をしたけど、とても話しやすくたくて引き込まれるところがあった。

 間違いなく、峨朗や松井より師団長に向いてるんではないかという気がする。

 そこで、面白くないのは、峨朗である。

 峨朗は師団長になりたいが人望がなく、師団長の器ではないと皆にバレている。本人だけはそのことが分からず、躍起になっているが、こればかりはどうにもならない。

 山田沢に戻った圭は、その日の夜に、社長宅に呼ばれて夕食を振舞われ、団長選について聞かされた。


「大鳥居さんは、来年の三月までで師団長を辞めるという。任期はあと一年あるが、どうも体調がすぐれないらしい。本来なら、副団長が一年、団長として活動してから、新たな師団長を選ぶ選挙をするのだが、次期から、師団長の任期を四年から五年に引き延ばそうという考えがあったので、それに合わせて、団長選を行うことに決まったんだ」


 と峨朗は説明したが、実際には、峨朗が裏で画策して、無理やり団長選を年内に行いたいと言い張り、我を通したという。

 峨朗のわがままで、急遽、団長選を行うこととなったが、彼に団長を任せることに、不安を感じた幼馴染の松井や副団長の岩本が、候補者として名乗りを上げたというのが真実であった。

 最初の頃は、とても気さくていい人だなと思っていた峨朗が、裏を返すと、わがままで自己中心的なことが垣間見えていた。

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山師団の男たち kitajin @kitajin

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