第5話 観光客の行方



 次に呼ばれたのは、峨朗である。


「今月さんの勤務態度はどうでしたか?」

「仕事に対しては生真面目でした。いや、真面目すぎたのかもしれません。自分の考えに縛られて、融通が利かないところがありました」

「そうですか。では、扱いづらかったのではありませんか?」

「確かに、気難しい部分もあり、よく休んだし、使い勝手がいいとは言えませんでしたね。けど、会社の将来とか、林業の未来などについては熱心でしたので、期待はしてました」

「何かトラブルがあったなんてことは聞いていますか?」

「さあ、知らりません。ここら辺は、みんな知り合いだし、今月さんの親父さんは、昔、ウチで働いていたこともあります。トラブルがあればすぐ分かりますよ」

「給料でもめたと伺ったのですが?」

「まあ、 もめたってほどじゃあありませんが、金額が気に入らないと言っていたことはあります。うちは、三年働けば、給料を上げることになってるんだけど、今月さんは、二年目で賃上げを要求してきました。出勤日数が足りてなかったんで、据え置きだと言ったら気に入らなかったようで、怒鳴り込んできたみたいだけど、まあ、そんなもんはしょうがないですよ。我々も商売をしているので」

「最後に、悩みがあったとか、誰かに恨みを買ってるようなことを聞いたことはありませんか?」

「恨み?まあ、買ってるかもしれませんね。とにかくさっき言った通り、短気な性格なんで。けど、そういうことは、会長の方が詳しく知っていると思いますよ。今月家とは、父親の代からの付き合いですから」

「ありがとうございました。では、会長を呼んでもらえますか?」


 最後に呼ばれたのは会長である。


「今月さんの、勤務態度はどうでしたか?」

「とてもいい社員でした。亡くなって、本当に残念です」

「仕事をよく休もって聞きましたけど?」

「そうですね。……しかし、ここら辺の人間は意外とのんびりしてるんで、仕事も休んだり、休まなかったりしてね。うちもまあ、やって欲しいとは思うんが、無理して出るより、納得してやってもらったほうがいいというスタンスでいるんでね。なにしろ、林業は危険な仕事だから。労災なんて起きた日には、大変ですからね」


 会長は、おどけた顔をした。


「でも、それじゃあ売上にならないのではないですか?」

「確かにそれはありますけど、そこはまあ、林業ですから、補助金が入ってきて、なんとかなっているんですよ。はははっ」

「今月さんの生活について何か知ってますか?トラブルがあったとか、誰かに恨まれるようなことは?」

「どうですかね、彼は、まあ確かに怒りっぽいところもあった反面、物知りで、とてもユーモアもありましたよ。従業員ともうまくやってたと思いますよ。だから、とても痛手です。仕事もよくできたし、残念です。あんなことになって……まさか自殺するなんて、ねえ?」

「自殺かどうかは、目下、捜査中です」

「えっ?そうなんですか、知らなかった……自殺じゃないんですか」


 会長は白々しい驚きようをして、刑事を交互に見た。

 事情聴取を終えた刑事たちは、プレハブから出てきて、覆面パトカーに乗り込んだ。

 助手席に座った刑事がセンパイなのか、運転席に向かって、車を出すように促した。そして、背後にASE材木店が遠ざかるのを確認してから、前を向いて独り言のように言った。


「あの中に犯人がいるぞ」




  *      *      *



 あっという間に、七月下旬。学生は夏休みに入り、ツーリングやドライブでやってくる若者たちを見かけるようになった。

 近くの川は泳げるようで、川べりの空き地に、違法駐車している車がちらほら見かけるようになったので、注意して周るのも山師団の役割であった。

 圭は、昼間は林業、夜は山師団のパトロールと、忙しい日々を送っていた。

 ASE材木店での仕事は、相変わらず捨て切り間伐がメインで、一日三十本のノルマをひたすらこなさなければならず、夏の強い日差しが鬱蒼とした若木の間に差し込む中を、チェーンソーをもって、木と格闘していた。


「冬になれば、搬出作業もあるから、そうなったら、少しは楽になるぞ」


 昼休み、汗だくなった顔を手拭いで拭きながら、日陰に入って休憩する根本が言うった。口は悪いが、なんだかんだ気遣ってくれるこの老人に、圭は最近、好感を持つようになっていた。

 しかし、作業の方は、暑さも手伝って、過酷を極めていた。暑さの他にも敵がおり、特に、生物の営みが山の中のいたるところに見られるようになってから、虫嫌いな圭にとっては、辛い日々が続く。

 そんなある日のこと、スーパーイトウからの帰り道、細い山道を走っていると、突然、ガードレールの下から、人がぬっと道路へと飛び出してきた。

 驚いて、急ブレーキをかける。

 ヘッドライトに照らし出されたのは、顔を引きつらせたジャケットとGパンを履いた、二十代前半の若い男であった。

 夏の夜の山道にそぐわない恰好と、異常に白い生気のない顔をした男に圭は、恐怖と 異常さを感じて緊張した。

 ヘッドライトのまぶしさに目を細め、しばらく立ちすくんでいた男は、突然、車に近づいてきた。


「助けてください、助けて……」


 切羽詰まった声で、助けを求める。


「ど、どうしたの?」


 圭はドアを開けて、車の外に出た。


「何があったんですか?」

「なんか、道に迷ってしまって、そしたら、なんか変な獣に襲われたんです。わからないけど、何か……」


 圭はその言葉に、男が出てきたガードレールの下を見て、闇に気配を探ったが、何かがいるような物音はしなかった。


「あなた、どこに住んで泊まっているんですか?地元の人ですか?」


 圭は、男に聞いた。


「いいえ、キャンプ場です。キャンプ場に泊ってます」

「分かりました、キャンプ場まで送りましょう」

「助かります」


 男をすぐに助手席に乗り込んでくる。圭は、止まっていても仕方ないので、車を走らせた。

 男は虚ろな表情である。重苦しい雰囲気が、車内を包み込む。無言のまま車を走らせて、キャンプ場へと着いた。

 キャンプ場には仲間たちがいるという。男は、お礼を言って、自分たちのテントに戻って行った。

 圭は念のため、キャンプ場に詰めていた、当番の松井に男を山で拾って、送り届けたことを話した。


「よし分かった、俺がちゃんと見てるから心配しなくていい。帰っていいよ」


 松井は、例のごとく、気軽に言った。


「それじゃあ、お願いします」


 圭は、車をバックさせて、キャンプ場を出ていこうとしたとき、先程の男がテントの前に立ち、周囲を見回している姿がバックミラーに写りこんだ。

 いったい何をしているのか?まるで何かに怯えているのかのような、雰囲気に、圭は薄気味の悪さを感じた。

 それから、借家に帰ったタイミングで、スマホが鳴った。


「悪いけど、キャンプ場に来てくれ」


 峨朗からであった。


「どうしたのですか?」

「客が一人行方不明になった」

「もしかして、大学生くらいの、若いやつですか?」

「なぜ知っている?」

「いやさっき、男をキャンプ場に連れて行ったんです」

「どういう状況だった?」


 圭は、男と出会った状況を説明した。


「山の中から?……2号線でか?」

「はい」

「分かった。とにかく、キャンプ場に集合となったから、向かってくれ」

「分かりました」


 圭は夕飯を食べそびれたことを悔やみながらキャンプ場に引き返すと、そこには山師団のほとんどのメンバーが集結していた。


「また行方不明者がでた。どうやら、数時間前にもキャンプ場を抜け出したヤツらしい。一緒に来ていた仲間の話によると、何か恐ろしいものを見て、ここにはいられないと言っていたそうだ。何を見たかはわからない」


 師団長が団員に状況を説明した。


「そうか、とにかく、はやく見つけないと危険だな」

「二人一組で捜索を開始しよう」


 師団長の一言で、捜索が開始された。圭は地理が不安なことから、峨朗と組むこととなった。

 すると、置いていかれるのではないかというくらい、早足で、峨朗は暗闇の中を突き進む。探す当てがあるのか、迷いは感じられない足どりだ。


「どこへ向かっているのですか?」


 必死で後ろについていきながら、峨朗の背中に尋ねた。


「とりあえず、下の沢へ向かっている」

「下の沢って?」

「ああ、この下にバーベキューなんかができる沢がある。そこで前に見つかって…」


 なんだか、喉元に引っ掛かったような感じである。

 前に見つかったというのは、去年の若者たちの死体が発見された状況についていっているのだろう。

 やがて沢に出て、小川が流れる音がする。岸に向かってライトを照らす峨朗。静まり返った中に、沢の流れる音が規則的に聞こえてくる。

 周辺をくまなく探すが若者の姿はない。


「どうやら、あてが外れたな」


 峨朗か呟く隣で、「あわわらわ」圭が言葉にならない声を発し、川元を指差した。峨朗が懐中電灯で照らすと、川を流れる人の姿が浮かび上がった。


「死んでる」


 社長が呟いた。


「ほ、本当ですか?」


 流れていく物体を照らしながら、二人は固まっていた。


 その後、通報により、警察がやってきて、遺体の回収と事情聴取をおこなわれた。師団長と峨朗、圭の三人は朝まで拘束された

 若者の身元がわかったのは、翌日のニュースによってであった。

 浜本圭一はまもとけいいち二十五歳。隣の県から友人と共に遊びに来たと言う。

 山田沢に来たのは今回で二回目になり、去年はよほど面白いことがあったようで、浜本がたっての希望で、再びキャンプ場に訪れたという。

 一回目に抜け出したのを、仲間たちは知っており、その後、帰ってきてから理由を尋ねたが曖昧にはぐらかされた。様子がおかしかったが、酒がはいっていたので、深くは問い詰めず終わる。

 その後、また、男がいなくなっていることに気づき、キャンプ場の管理人に話して、男の死体発見の経緯につながる。

 警察は、男がいなくなった理由をしつこく聞いたが、知る者はいなかった。

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