第4話 夏休みに突入する




 季節が巡り、圭がASE材木店に就職して、約三ヶ月が経過した。


 季節は夏。

 夏休みになると、山田沢には、外から大勢の観光客がやってくる。

 キャンプ場や川や滝などの名所があり、都会の人間が、喧騒を離れて田舎へ癒しを求めに来るらしい。

 村に唯一ある、何でも屋商店も、この時季は観光客が落としていくお金でウハウハ状態だという。しかし、山師団のメンバーだけは、夏が来るのを憂鬱な気持ちで迎えるのであった。

 この日の夜、山師団の集会場では、夏休みに入る前の、最終調整のために集まっていた。


「今年も夏休みが近くなったので、恒例の定例会を行います」


 師団長の大鳥居が挨拶をする。


「最初に、今年は新しいメンバーが三人入ったので、改めて山師団の夏休みの活動内容について説明する」


 内容はこうだ。

 夏に、山田沢で、外部から人が集まる場所はおもに三ヶ所あり、稚児の滝、花見キャンプ場、華美の杉木立だ。

 毎年七月から八月下旬まで多くの観光客が様々なトラブルが起こす。そこで、毎日二人ずつ、この観光地の巡回を行うというのが山師団の役割だ。

 もちろん、手当てがでる。しかも、一日二万と悪くない手当てだ。

 

「……危険区域とは、稚児の滝への侵入、キャンプ場上流区域への侵入、華美の杉木立での迷子、これが毎年あとをたたない。だから、夏休み期間にパトロールを強化して、なんとか被害を最小限に抑えてもらいたい」

「去年の二の舞にならないようにな」


 峨朗が付け足すようにいった。


「去年の二の舞ってなんですか?」


 と発言したのは、圭と同じく新参者であった。今年のはじめに、夫婦で家を建てて、住み着いた三十代前半の塾講師、名前を林出英明はやしでひであきである。

 しかし、その言葉にだれも反応しない。代わりに、


「近年、本当に事故が多発しているので、今年はとくに警戒を強化してほしいと、警察や消防署からのお達しだ」


 と師団長が締めた。

 集会がおわり、駐車場でさきほどの話を蒸し返そうとする林出。


「さっきの去年の二の舞とはなんですか?」

「若者たちが杉木立で迷子になり、大捜索の結果、全員が、稚児の滝に浮かんでいたってっていう事故があったんだ」


 答えたのは、工務店のドラ息子と呼ばれる松井だ。この男、峨朗の幼なじみで、口が軽く、調子のよい。


「 どういうことですか?」

「つまり、杉木立ちで行方不明になったと聞かされたから、そこら辺を捜索していたが、実は稚児の滝に行ってたということがわかり、初動でミスを犯したというわけさ。それを知らずに捜索した俺たちは、無駄な時間を使ってしまい、彼らを死なせてしまったと、問題視した人間がいたのさ」

「それで、結局どうなったんですか?」

「うやむやとなり、事故ということで処理された」

「そうですか」

「俺たちも一生懸命探したけど、結局、若者たちが、入ってはいけない場所に入ったから罰が当たったってことで片付いたんだが。……まあ、後味は悪いがな」


 なんだか、他人ごとのような松井に対し、圭は苦いものを感じていた。



  *      *      *



「それは本当か?」


 峨朗が父親に尋ねた。


「ああ、駐在がいっていた」

「そうか…」

「どうするつもりだ?」

「とにかく反撃材料がほしい。あの家がぐうのねも出ない武器がな」

 

 峨朗は、悪い顔をして、虚空を見つめた。



  *     *     *



 山師団の集会があった翌日、私服刑事二人が会社に来た。

 事前の峨朗からの説明では、亡くなった今月と言う社員のことについて、警察が社員に一通り話を伺いたいというものであった。

 峨朗は普段と変わらず、「心配することないさ」と笑っている。

 しかし、年輩の作業員二人は、妙にソワソワしていると、圭には見えた。

 事情聴取がはじまり、最初に呼ばれたのは、付き合いの短い圭からであった。

 事務所の応接室に入ると、二人の刑事が、能面のような無表情をして座っていた。三十代前半の肩幅のガッチリとした強面の刑事である。

 年齢と住所、氏名、職業など一通り聞かれたあと、本題に入る。


「あなたは、今月元気いまづきもときさんについて、どんなことを知ってますか?」

「はい、私はまだ入ったばかりなので、名前を聞いたことくらいですし、会ったこともありません」

「しかし、あんな事があり、色々と噂話は聞かされているのではありませんか?」

「まあ、そうですが、それが?」

「勤務態度は、どんなだったか、聞いてますか?」

「休み癖があり、喧嘩っ早いっていう話は聞きました。会長やになんか、怒鳴り込んだという話を聞かされました」

「具体的にどんなやり取りがあったのでしょうか?」

「さあ?なんか、給料が送り込まれてないとか、そんなことです」

「他の従業員との仲はどうですか?」

「さあ、よく分かりません。本当に入ったばっかりで、本当に噂話程度しか知らないんです」

「そうですか、ありがとうございました」


 続いて呼ばれたのは、年長者の根本である。


「今月さんとの関係は?」

「何も。仕事の関係に決まってんだろう」


 根本は、ぶっきらぼうに答えた。


「今月さんの仕事の仕方はどうでしたか?」

「まあ、色々教えてやったわな。俺が先輩だから仕方がね。だが、あまり態度はよくなかったな。体調が悪いって、すぐに休むしな」

「家庭環境はどうでしたか?夫婦仲や両親と上手くやってましたかね?」

「さあ?よく知らないな。仕事のこと以外は、あまりしゃべったことがない」

「趣味はないかの話もしてないですか?」

「趣味なんて知らねーよ。さっき言ったろ、あまり話したことがないって。俺は、農業が忙しいもんで、あいつと仕事したことはないんだよ。すぐ休むしな」

「先ほど、新人さんに聞いたんですが、今月さんは、社長や会長と仲がよくないという話でしたが、その点についてはどうでしょうか?」

「余計なこと言うな、あの小僧は……まあ、そんなこともあったかもしれんが、大したことではない。あいつが死とは無関係だ。あいつは事故だよ、事故で死んだんだ」

「それが自殺と事故、他殺の全方向で調べてるんで、何とも言えないんですよね」


 向かって右側の刑事が、無表情で答えた。


「酒に酔っ払って、誤って落ちたって聞いたぞ」

「解剖の結果、彼の体にアルコール反応はなかったです。それに今月さんは、お酒が飲めないそうです」

「そうかい、まあ、よくわかんないが、とにかく、俺の知ってるこたぁ、何もないよ」


 と、根本老人は手を挙げて、立ち上がった。


「そうですか、ありがとうございました」


 続いて呼ばれたのは、無口な高良良一である。


「今月さんとは関係はどうでしたか?」

「普通です」

「仕事についてはどうですか?やりやすかったですか?それとも、やりづらかったのでしょうか?」

「ボクが教えてもらう立場だったので、問題はありませんでした」

「指導力はどうでしたか?」

「よくやってたんじゃないかな?」

「トラブルとか、何か問題があったなんてこと聞いたことありますか?」

「奥さんがしっかりしてるって話を聞いたことがあったかな。奥さんが働いて、彼はあまり働いていないって、会長が誰かから聞いたと言ってたような……」

「社長や会長、または従業員、近隣トラブルがあったという話はどうですか?」

「何時だったか一度、給料の問題で会長が社長の時に、争ったみたいだけど、それもまあ、僕が入る前のことだし、詳しくは知らないな。でも、すごい剣幕で、怒鳴り込んで来たというから、ちょっとおかしな人かもしれないね」

「その給料の問題というのは、どういった内容なんですか?」

「給料が支払われていなかったって話。でも、月に数日しか出てないので、社会保険料なんかで、当然、給料なんてないのにね。知らなかったみたい」

「性格が、かなり短気だったようですが、他に誰かとトラブルがあったみたいなことは聞いてますか?」

「知らない」


 高良は、まるで、子供のような答え方をする。


「そうですか、ありがとうございました。それでは、社長を呼んでもらえますか?」

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