本編
赤い月が薄く雲に隠れ、その隙間から不気味な光が漏れ出す。その空の色と比べても酷く凄惨な
勇者はその自慢の剣についた血を白い布で拭き取りながら、俺を見上げる。俺はというと、先代の魔王が座っていたとされる壊れた古い玉座の上で、尻を丸出しにして勇者の方へ向けていた。
俺が一発、尻からうんこを出せばこの世界は終わる。あの時と同じように。
あの時の、青く美しく、そして残酷な惑星を滅ぼした時のように。
以前、俺は別の世界線に生きる命だった。地球という星に生きる、若い人間。恥ずかしいほど無能で、弱気な俺は、日々の大半を他の人間に見下されて過ごしていた。
あの日、いつものように職場の同僚の
殴られると同時に突如咆哮する肛門。嵐のような衝撃波で吹き飛ぶ街。漆黒に吸い込まれていく世界。七色に光る俺のうんこ――
――俺の世界の終わりは美しかった。
そして今、俺は何故か別の世界線で生まれ直し、人ならざる魔物の側について、現魔王の命令で人類ごと世界を滅ぼそうとしている。理由など考えた事はない。強いて言えばうんこすることが俺の役割だと思ったから……だろうか。
玉座で尻を出す俺を見上げる人間達――勇者一行。剣を拭き終わった勇者はその切っ先を俺の肛門に向けた。女だ。長いブロンドの髪と凛々しい顔が美しい。彼女の剣は聖なる炎を
だが燃える剣など光の速さのうんこの前では大したものではない。
俺は腹筋に力を込め、気張る。数秒後には勇者も、この立派な魔王城も
咆哮する肛門。その刹那、勇者が動いた。神速。音よりも速く勇者は、俺の尻に何かを突き立てた。
「!?」
それを見た俺は思わずうんこを中止した。勇者が突き立てたのは聖なる炎を纏った剣ではない。それは長い棒の先に半球状のゴム製カップが付いている道具だった。そう、アレである――なんだったっけ。
「なんだったっけそれ」
俺は思わず勇者に問うた。美しい勇者は青く輝く目を細め、不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「私にもわからん」
沈黙。壊れた先代の玉座を囲むように配置された
「おまえは知っているか賢者よ」
問われた賢者はローブの内側から何かを取り出した。スマートフォンだ。林檎の奴だ。高そう。賢者はスマホをタッチして操作し始める。
「……勇者よ、どういう風に検索すればよろしいので」
賢者の言葉を聞いて俺と勇者は顔を見合わせた。
「トイレのパッコン」
「トイレのスッポン」
――俺と勇者はハモるように違う回答を同時に口にした。
「なんでだよパッコンだろ」
「スッポンだろ〇すぞ」
「スッポンは亀だろ」
「パッコンだって……パッコンはほら、あの……バ、バーカバーカ!」
先ほどまで勇ましい顔つきだった女勇者は、まるで文化祭の準備で男子と揉める女子高生のように、顔を真っ赤にして罵倒してきた。
「ラバーカップと言うそうです。英語圏ではプランジャーだとか」
賢者がスマホの画面を見せてきたので、尻丸出しの俺と勇者は画面を覗き込む。俺の尻に突き付けられたモノと同じデザインのモノを移した写真があるのを見て、俺と勇者は納得して頷いた。
その直後、いきなり勇者が俺の横から飛び退いて、そのラバーカップの先をこちらに向けた。そして頬を赤らめながら言った。
「しまってくれないか。その、尻を」
不思議な反応をするものだ。先ほどまで殺気ギラギラの目で俺を
「どういう心境の変化があったかは知らんが、俺はここでうんこをする。お前ら人間達が邪魔しようとしまいとな。大体なんでそんなもの持ってきたんだ。光の速さで飛ぶうんこにそれが通用すると思っているのか」
呆れ気味に俺がそう言うと、勇者はぷるぷると震え出した。
そしてあろうことか――ぼろぼろと涙を流して泣き始めたのだ。
「は?」
突然の展開に、正直俺は慌てた。なんなんだこいつ。世界の命運を懸けた戦いの場で、おなごのように泣き出すなど。いやまあおなごだけど。
「なんだ、なんなんだ」
「だって、ひどい、こんなの」
勇者の涙は止まらない。その涙と共に溢れるかのように、勇者の口から次々と言葉が出てきた。
「農家でママやパパと平和に暮らせていたらそれで十分だったのに、突然王都からの使者だのなんだのがやってきて、勇者の血を持つ聖女だとかまくし立てて。無理やり王都に連れていかれて、怖いおばさんやおじさんが訓練だの勉強だのって。森も川もないし石ばかりの部屋で寝なきゃならないし――」
「待て、ひょっとして長いのかその話」
勇者の嗚咽は止まらず、ずっと何やら愚痴らしいものを聞かされる羽目になった。二分ぐらい続いていたと思う。
「――それでやっと、魔物を戦う日々にも慣れてきて、もう少ししたら村に帰れると思ったら最後の最後に何? 光の速さでうんこする魔王軍の幹部が立ちはだかるとか言ってきて。王都の連中にこれが役に立つかもしれんってこんなパッコンズッコンするよくわからない道具渡されて」
「勇者よ、ラバーカップです。プランジャーとも言います」
「うるさいしね! こんなん役に立つわけないだろ!」
勇者は愚痴に割って入ってきた賢者に燃える剣で斬りかかった。僅かに自制出来たらしく、剣は賢者を斬り裂くことなく、その前髪を焦がした程度であった。
「ねえ、なんなの。ラバーカップだかティーバックだか何だか知らないけど。私こんなわけのわからない道具持たされたままアンタに目の前で光の速さでうんこ出されて死ぬの? あんまりじゃない! 故郷の村の人と助け合いながら生きてきて、裕福なわけじゃなかったけどそれで幸せだった! 勇者になんてなりたかったわけじゃない! 勇者になる前もなってからも色んなことを我慢してきた! 私より悪いことしてる人なんていっぱいいるのにあんまりよ! あんまりじゃない……」
勇者はとうとうその場にへたり込んで号泣を始めてしまった。賢者と共に勇者の味方としてやってきた、戦士っぽい奴や格闘家っぽい奴が慰めにかかるが、もう止まりそうになかった。
なんとも不思議な光景だが、これで勇者一行は完全に無力化されたわけだ。今うんこをすれば世界は滅ぶ。
俺は尻を――
ズボンを上げて尻をしまった。
「!?」
驚いた顔で、勇者と、その仲間たちが俺の顔を見る。
「しまえと言ったのはそっちだろう。この奥の廊下を真っ直ぐ進めば魔王のいる広間に着く。いくつか罠はあるが貴様等なら問題ないだろう」
さっきまで泣きじゃくってた勇者は涙を引っ込め、目を大きく、丸くしながら俺に聞いてきた。
「どうして……」
「さあな。俺がまたうんこしたくなる前に早く行けよ」
勇者一行は少し戸惑いながら、ついでに俺が不意打ちを仕掛けたりしないか警戒しながら、奥の廊下へと進んでいった。
廊下へ入る前に、一行は何故か俺へ頭を下げていった。
「敵に頭を下げる奴らがいるかよ。さて――」
俺はズボンにベルトを通しながら、勇者達が攻め込んできた魔王城の入り口へと歩いて行った。
勇者一行に倒された魔族どもの死体をいくつも踏み越えながら、俺は外に出た。少し火の手が上がっている防壁の上からその外を覗く。間抜けなぐらい澄んだ薄赤色の空と、少し濃い緑の森林が目の前いっぱいに広がっていた。
綺麗だった。でも正直光の速さでうんこした時の漆黒と虹の方が綺麗だと思った。今でも……正直前に地球を滅ぼした時から価値観は変わっていないと思う。人の造り上げた都市よりも、人の手が入っていない雄大な大自然よりも、うんこの生み出す漆黒と虹の方が綺麗だと思う。世界で一番綺麗だと思う。
じゃあなんでさっき、俺はあそこで尻をしまったんだろう。
ふと、あの勇者が子供みたいに泣きじゃくる顔が思い浮かんだ。巷じゃ火葬剣の女などと恐れられている、武勇に優れた麗女が、嫌だ嫌だと喚いてわんわんと泣き叫ぶ姿。
ちっとも綺麗じゃない。そうだと、思う。
でもそれがファイナルアンサーってワケでも、ないと思う。
よくわからないけど、とにかく今は世界を滅ぼす気分じゃなくなってしまった。これからどうしよう。
「……あの勇者もう一回泣かしたら、なんかわかるかな」
俺は魔王城を後にし、特に理由もなく、近くの街を目指すことにした。
とりあえず今日はなんか食べてぐっすり寝よう。明日から勇者を泣かす方法を考えよう。俺が魔王になって新しい勢力を作るか、今ある勢力に取り入って望まぬ争いでも起こすか、ヤバい神獣でも復活させて暴れさせるか。
とりあえず光の速さでうんこするのはまだでいい。
(光の速さでケツからうんこして世界を消し去った俺、今度は魔王の手先として異世界を滅ぼす 完)
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拙作をお読み頂き誠にありがとうございます。
お気に召しましたら応援や星評価をいただけますと尻を振って喜びます。
現在、B級ロボットモノ作品「ブンドド!」を連載中です。
お時間ございましたらぜひこちらもお読みいただけるとめちゃくちゃ喜びます。尻を振って喜びます。↓URLより
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改めまして、当作品を読んで頂きありがとうございました。
光の速さでケツからうんこして世界を消し去った俺、今度は魔王の手先として異世界を滅ぼす ぶらボー @L3R4V0
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