第31話 あなたと歩む幸福な人生

 使用人たちがそれぞれ精魂をこめて準備したこともあり、予定通りに式の準備が出来た。


 シズたちの結婚が発表されてから一日半が経っており、なんとか結婚式を執り行われる形が出来たのであった。


 海のものと山のもの惜しみなく使った御馳走が、目にも鮮やかだ。それらには、使用人たちの心血が注がれている。部屋は襖が取り除かれて、たくさんの客人を迎え入れる準備も整えられていた。


 シズとアザミは異世界には知り合いも少ないので祝ってくれる人など来るだろうかと思ったが、予想外に来客は多かった。


 結婚を祝いにやってきたのは、異世界からやって来た末裔たちである。


 異世界に来ての初めての目出度い席には、戸惑っている者も多かった。けれども、それぞれの家の使用人に教えられた礼儀作法でもってシズとアザミを祝福した。 


 そして、アザミとシズの祖を知っている者たちも少ないながらに参加した。彼らにとってアザミとシズは知り合いの孫のようなものだ。旧友の思い出話に涙し、今日という目出度い日にも祝福の涙を流した。


 予想以上の来客に使用人は再び忙しくなり、台所では御馳走の追加が作られることになった。


「大盛況じゃのう。祝う人間が多い夫婦ほど幸せになるとも言うし、お主らは永久に幸福でいるに違いないのじゃ」


 夫婦となるシズとアザミの休憩室には、アザミ側の親族として遊雅がやってきていた。諸事情あって渡せなかった結婚の祝う品を渡すためである。


 アザミはまだ衣装の着付けをしており、この場にはいなかった。そのため、アザミから結婚祝いをありがたくいただいた。祝いの品は魔道具と呼ばれるもので、見た目だけならば美しい銀細工の首飾りである。


 魔道具というのは、魔法使いの為の道具だという。自分の得意とする魔法も使えるようにはなるが、現代では宝飾として意味合いの方が高いらしい。


 高価なものでもあるので、花嫁の嫁入り道具としての用いられる。今回の場合が、この魔道具がアザミの花嫁道具となった。


「あの……。ツヅミは、何をやっているのでしょうか?」


 シズは、恐る恐る尋ねた。


 ツヅミは、遊雅に故意に水をかけた。それに端を発して、遊雅はシズからツヅミを貰い受けたのだ。「魔力なしは根性なしだから」と言っていた遊雅は、ツヅミを一から鍛えなおすとも言っていた。


 粗相をしたのはツヅミであるし、彼のサボり癖は他の使用人から苦情が来るほどだった。そのため、遊雅をツヅミに託した。


 遊雅の躾は、シズの予想外に方向で進んでいた。


 ツヅミは襤褸布のような服を着せられて、口輪をはめられていたのだ。


 一番異様なのは、常に四つん這いになっていることだ。犬のマネをしていると言われたら納得できるが、そんなことをしている理由は分からない。


「ああ、そうじゃった。この男には自分の身分というものを覚えさせるために、畜生として扱っておところじゃ」


 遊雅の言い分に、シズは首を傾げる。


 噛みつきグセのある犬と同じように口輪をされているツヅミの姿は、とても哀れでだった。人間の尊厳というものを奪われ、人目があろうがなかろうが犬として過ごさなくてはならない。


 これが自分を支配しようとしていた男の姿だとは、シズは信じられなかった。


「このような駄犬を躾けるのは、妾の特技の一つじゃ。本当は姉上の方が……いいや。今日という日にする話でもないか」


 遊雅は悲しげに笑いつつ、居住まいを正した。


「シズ。アザミは、妾の姉上の子孫じゃ。妾にとっては甥とも同じ。異世界に来て不慣れなこともあるだろうが、アザミのことをよろしく頼む」


 遊雅の言葉に、シズは「はい」と答えた。


「アザミさんは、こんな私を選んでくれました。それだけで、私は満たされたのです。だから……」


 シズが言い切る前に、使用人に手を取られたアザミがやってきた。花嫁の着物は重く、手伝いの使用人を二人も携えている。


「アザミ様……ものすごくお綺麗です」


 アザミの格好に、使用人の一人が感嘆の息を漏らした。使用人に美しく整えられたアザミの姿は、たしかに美しい。それは、シズが言葉を失うほどだ。


 アザミは縁起の良い鳥が刺繍された白無垢姿であった。そんなアザミが羽織っていたのは、繊細なタッチで縫われた薄い布である。見る人が見れば、それがドレスに合わせるベールだと分かるだろう。


 シズの親の形見であるベールである。


 本来ながらアザミに被せたベールを上げて、シズは愛を誓いたかった。アザミは着物に合わせて角隠しを被ってしまうので、せめてと思って羽織にしてもらったのである。


「ふふふ……使用人から話は聞いておったが、これは見事な布じゃな。透けるように薄く可憐な布など、年頃の女子が羨ましがるはずじゃ」


 遊雅は、ベールはしげしげと見つめた。


 二つの世界が重なるかのような花嫁衣装だった。しかし、別次元の世界で生まれ育ち、この世界で骨を埋める覚悟をしたアザミには相応しい衣装にシズには思えた。


「本当に大丈夫なのか?こっちの風習に合わせた方が良いんじゃないのか?」


 アザミは、不安でいっぱいだった。


 なにせ、異世界で式をあげるのだ。正しいやり方などは知らない。


 式の進行については、使用人に話を聞いていた。それでも、異世界の風習を実戦するのだと思えば緊張もする。


「新郎新婦はすました顔をして、座っていればいいのじゃ。それに集まったのは、お主らが別の世界から来たということを知っている者ばかり。難しい作法などは求めてはおらん」


 遊雅の言葉に、アザミの気持ちは少し楽になる。主役になる者として緊張をしていた気持ちが、一気に楽になった


「アザミさん、これを……。どうか受け取ってください」


 シズが差し出したのは、指輪だった。


 元の世界では、結婚のときには指輪を贈る風習があった。いつかアザミが誰かを選んだときには、この指輪を譲ろうとシズは考えていた。


 弱気なシズには、自分がアザミに指輪を贈る資格などないと思っていた。


 けれども、今は違う。 


 アザミと共に人生を歩むのは、自分であるという自信があった。だからこそ、自分自身の手でシズはアザミに指輪を贈ることができた


「えっと……」


 アザミは頬を赤く染めて、シズから指輪を受け取る。


 これから、式が始まる。


 しかし、この世界に疎いシズとアザミにとっては、この瞬間こそが結婚の誓いだった。


「病めるときも健やかなときも一緒にいるからな」


 アザミの言葉と共に、シズは彼の手に指輪をはめた。その瞬間から、シズは自分の新しい人生が始まるような気がした。


 それは、アザミと歩む幸福な人生であった。


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自信をなくした魔法使いは、異世界で愛しい人と暮らす決断をする 落花生 @rakkasei

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