悲観少女と臆病魔王様は惹かれ合う

矢瀬 游

1.少女に出遭う

 「魔王様、人間たちが我等の大地に侵略してきています、今すぐにこちらの魔王軍も動かすことを打診致します」

 魔王の右腕にして、魔王軍情報統括機関スパイ組織のトップを務めているフィリカ・レトリーは言う。

 しかし、私は戦争なんてごめんだ。何せ、魔王軍が苦戦を強いられている盗賊の様な野蛮者を容易に排除可能な人間たちと全面戦争なんて真っ平御免だからだ。

 そして、私はフィリカに言う。

 「で、でもさぁ、不利益を被っている訳でもないですし、まだ、そういうのはちょっとぉ……」

 これは上辺の言葉で本心はこうだ。

 「戦うなんて大いに嫌だ。私は私の命が好きで人生が好きなんだ」

 しかも、人間の軍には勇者パーティーがいるときた。ライトノベル作品でよくある、勇者が魔王を討伐する感じで私の首だってスパーン!と弾き飛ぶ気がする。

 するとため息を着くフィリカ。

 「それが、魔王さまの意向であれば承知しました」

 「こちら側は様子を伺うだけに致します」

 「……!!解ってくれたか!良かったぁ」

 理解を示したと思い込んだ私はこんな軽口をたたく。

 そして、「それでは魔王様、失礼します」と言った去り際に小さく本心を零すフィリカ。

 「はぁ、臆病すぎるよ、ダリア様、あまりに事の重大さを理解してない、先代と違って……いいえ、先代に言われてるんです〝面倒を見てやって欲しい〟と、私が一番支えるポジションなんですから……」

 そんな独り言をブツブツと並べるフィリカの本心を知らずして王の間から出るまでの背中を見つめる。

 フィリカが扉を閉ざしてから──少し間を置いて立ち上がる。

 「……さて」

 「変装でもして、村々の偵察といこうか」

 独り言をブツブツと述べ、翼を隠して何処から見てもハーフリングの見た目をなる。

 補足を加えるとすれば至って単純。私には角がない。魔族には三つの特徴があるが、私には少し尖った牙と翼しか持っていない。尖った牙は猫のように、翼は魔族さながらのものと隔世遺伝でこうなっているらしい。



 聖霊の村・ドワーフの村・ゴブリンの村・捕虜の人間が暮らす村と偵察をした道で偶然、道沿いにあった獣人族の村へと出向く。

 恐らくだが、ここには魔王軍幹部たちは全く来ていないだろう。獣人族の製造するものは人間が日常的に使用する衣類・日用品で、基本的に魔族とは縁遠きものだらけ。

 この村だけは先代魔王が言っていた気がする。確か……。

 『他の奴は知らんだろうが、お前には話そう。ここからかなり距離のある所にはこの国の領地でありながら自治を認めている土地がある。それが獣人族の村だ。そいつらには手を加えず遠くから見てやってくれ。』と。

 手な訳で、偵察というよりも観光に近い形で獣人族の村の中を歩いていた。

 大通りを歩いているのだが、中々にスパイスの効いた食べ物がストリートに売られている。そのスパイスの匂いは私のお腹を鳴らした。こうなってしまえば、買うしかない。そう考えた私は近くの店の店主に声を掛ける。

 「すみませーん!闘角牛の串焼き三本と千魚の塩焼き下さい!」

 「あいよぉ〜おぉ、ハーフリングか!ここら辺では珍しいな〜……おっと、すまねぇ、」

 「四品で代金、銀貨二枚と銅貨八百枚だ」

 「はーい」

 一旦、商品を受け取ってから財布から大金貨を取り出して台の上に置く。その大金貨を見た狼の店主は目を見開いて驚きながら精算しようとするが、それを静止し、その場を後にした。

 あれから様々な店に赴いた。色とりどりな生糸や金属製の工具というものなど、多くの種類が多種多様に製造されていた。もしかしたら、支援すれば良い産業となるかもしれない……。

 構想を練りながら、私はその村から離れた。


 そして、串焼きを頬張りながら魔王城へと戻る最中のことである。

 突然、深紅の森から蛇甲獣を背後に連れてこちら目掛けて走ってくる。私は何がなんだから分からなかったがその蛇甲獣から敵意を感じ、即座に塵にした。

 「はぁ、もう……」

 私の今の格好はハーフリング。そして、魔王のオーラも解除しており、バレるはずはない。

 「……大丈夫?」

 蛇甲獣に追っかけられていた少女に声を掛ける。すると、少女はいきなりこんなことを口にする。

 「ま、魔王?!」

 何故、正体がバレてしまったのか?はさておきとして私はバレてしまったものは仕方ない。そう考えて返事をする。

 「如何にも、私は魔王だ。」

 私が〝魔王〟であることを明言すると少女はいきなり……。

 「あばばば?!?私、此処で魔王に殺されちゃうだァぁああぁぁあ」

 とネガティブを越えて最早、パニックになってしまった。いや、私、闘い好きじゃないんだけど?

 「……いや、何もしない・・・・・って、、、」

 そんなことを述べても私の言葉が信じられないらしい。

 少女は何故か否定する。

 「魔王の言う〝何もしない〟なんて……なんて、嘘だぁ!どうせ私を取って食う気なんでしょ!」

 「いや、だからそんな気ないよ。君、落ち着いて……」

 「魔王なんでしょ?、だったら信じられないよぉ~うわぁぁぁ」

 宥めようにも聞く耳を持たない少女にため息を着く。

 「仕方ない。これだけはしたくなかったけど、大人しくして」

 「へ?」

 そう言い、少女の両肩を抑えながら唱える。

 「〝懸念を排斥し、安寧を賜納しとうせよ〟【トランキリティ】」

 唱えて直ぐに少女はばたりと前のめりに倒れる。

 ここでこの少女を置いてくと、絶対に魔物に食べられるだろうなぁと考え、決断する。

 「よし、さっさと魔王城戻ろう」

 「【ダークホール】」

 唱えた魔法は帰還様の禁煙魔法である。


 そして、魔王城の個人部屋へと戻った私は彼女の四肢を〝一応〟縛り付けておいた。

 こいつからは勇者と似たような聖霊の匂いがするためである。

 それから数分が経過した時、目を覚ます少女。ただ、さっきまでのパニック発作はないようだ。

 目覚めた少女には申し訳ないが素の姿で正面に立とう。

 「君」

 私のその声に身をビクリと震わせる少女。そんな少女に向けて問う。

 「何故、あの森にいた?何故……?」

 「え、あ、が、え あえ、」

 緊張か動揺か、それとも畏怖かは分からないが声を出せない様子の少女に再度問うことにする。場合によってはこのまま排除でもよい……まぁ、私に出来るわけがないないんだけど。

 「再度問う。君は何故あの森にいた?」

 「あ、え、っと、あの、ひ、人から……」

 二度目の問いに応えてくれた少女の〝人から〟の後が聞き取れなかった。

 「人から?……何?」

 「ひ、人からに、逃げて……あ、の森に……」

 「え、君、人間の仲間じゃないの?どういうこと?」

 「え、っと、それは……すみません……」

 聖女の匂いがしていたから、人間側から送り込まれたスパイと思っていた。然し、どうやらそうではなかったらしい。

 「人間の仲間だと思ってたんだけど、そう出ないことは理解したから安心して。危害を加えるつもりは無いから」

 少女にそう言葉をかける。案の定、疑心を持っているようで警戒をとかない。

 「そうだ、君の名前は?敵じゃないらしいから」

 「……イリス・ハレン」

 「イリス・ハレン?ならイリスと呼ぶことにするよ」

 「貴女の、名前、は?」

 本来、魔王の名前は明かすべきではない。

 理由は様々であるけれど、人間側には呪詛と呼ばれる謎の魔法が存在しているらしい。その呪詛は魔族にのみ有効という噂で、名前を書いた紙で呪い殺すことが出来る。

 そんなことをされてはどうにもできない。だから数百年前から名を明かさない決まりではあるのだが、少女・イリスには言っても問題ないだろう。

 そして、一拍を置いて告げる。

 「私の名は、セファ・フォクアス・ダリアだ」

 名前に反応してイリスが言う。

 「セファ・フォクアス・ダリア……。天竺牡丹テンシボタンの花言葉は──移り気・華麗・優美。いい名前だね」

 「え……忌み嫌わないの?──だって、これは魔族が……いや、なんでもない」

 そう言うとキョトンとしながら微笑みながら言葉を返す。

 「私はとても好きな名前だけどな……」

 その言葉を聞いて、私の頬は自然と緩んだ。

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