近くて、遠くて、近い。
熒惑星
近くて、遠くて、近い。
「君の全部がほしいの」
――それは眩いほどのあおだった。
一学期末テスト後の、授業がない微妙な時間を埋めるようにある全体レク。うちの高校は人数が少ないからか全学年で行われるレクが定期的にあった。そんなことで拘束されるなら早く家に帰りたいと思いながら、全体レクを仕切っている学級委員から伝えられた教室に行く。どうやら全学年の各教室に集められた、学年ごちゃまぜの四十人でレクをするらしい。班番号も伝えられたから、四十人の中で班に分かれて何かをするのかもしれない。
開始時間の五分前にも関わらず、僕が着いたときに教室には数人しかいなかった。僕は指定された席に座って、仕方なしに持ってきていた本を開いた。
これから、全体レクを始めます。という声に、本を机に置いた。この教室の司会を務めるらしい学級委員の話を聞きながら、僕は黒板の上の時計を見ていた。今の時刻は開始予定時刻よりも五分すぎている。
残り五十五分。今日やるレクはワードウルフらしかった。
それじゃあ、自己紹介タイムです。という学級委員の言葉に教室は一気に喧騒に包まれた。
どうする? だれから? えーと。なんて意味のない言葉を班のメンバーが発しているのを俯きながら聞く。そんなことしてるとあっという間に時間が終わりそうだな。まあ、自己紹介しないで済むなら別にいいけど。
「はい!」
そんなとき、溌剌とした声が響いた。大きな声なのに耳障りではなく、耳にした瞬間、世界の色がワントーン明るくなるような、そんな声だった。
声のほうを見ると、――視界があおに侵された。
海のような寂寞と空のような果てのなさと青春の煌きを持ち合わせていて、それでいて何もない純粋さを秘めていた。肺があおで満たされるような苦しさを感じる。けれど、そこで永遠に呼吸していたいくらい焦がれてしまった。
「あお……」
思わず零してしまって、慌てて口を噤んだ。何度か瞬きをしてあおに侵された視界を元に戻す。あおの中心では一人の少女が手を挙げていた。少女と一瞬だけ目が合ったような気がした。
「私からやってもいいですか? それで、そこから時計回りとかはどうでしょう」
少女の言葉にほかのメンバーが口々に賛成する。あからさまに丁度いいみたいな顔をしていて、僕は顔を少し顰める。
「きみは?」
少女が僕のほうを見て聞いた。一気に全員の視線が集まっていて居心地が悪い。
「それで大丈夫です」
僕がそう言うと、少女は僕に向かってにっこり笑った後、班のメンバーを見ながら自己紹介をし始めた。
「じゃあ、まず、二年二組の水瀬彩夏です。あやかは彩りに夏って書くんですけど、実は全色盲で色が見えなかったりします。でも、色が大好きで、色の名前とか沢山覚えてます! よろしくお願いします」
少女はともすると仄暗い話を驚くほど軽い口調で話した。周りが唖然とする中、僕は強いひとだと思った。少女が軽く頭を下げると、人数が少ないせいで心許ない拍手が起こった。
彩夏、ね。しかも全色盲。僕とは何もかもが正反対で、だからこそ、その世界を見てみたくなった。
あれから全体レクは恙なく終わった。あとは自分の教室でSHRをすれば帰れる。僕が自分の教室に戻ろうとすると声を掛けられた。
「透くん」
「……はい」
振り返るとそこには彼女がいた。手招きされて、通行人の邪魔にならないように二人で廊下の端に寄る。他の教室ではまだレクをやっていて、帰りのSHRまでは時間がありそうだった。
「今日はありがとね」
「こちらこそありがとうございます」
「でね、ちょっと聞きたいことがあって……」
少し言い淀んだ彼女に、何を聞かれるのか、想像もつかなかった。
「なんですか?」
「聞き間違いだったらごめんね。自己紹介タイムのとき、あお、って呟かなかった?」
思わず視線を逸らしてしまった。聞こえてたのか。取り敢えず誤魔化せないかと、僕は否定してみる。
「いえ、他の人じゃないですか?」
「でも今視線を逸らしたよね」
今度こそ言葉に詰まる。疑問形で聞いてきたくせに彼女はほぼ確信しているようで、僕は言っていないと誤魔化すことを諦めた。けれどまだ他にも誤魔化しようはある。
「……僕が言いました。それがどうしたんですか?」
「なんで言ったのかなって、気になって」
「いや、青いものがあったので」
「周りを見渡したけど、君の視界に入る青いものなんてなかったよ」
犯人を追い詰める探偵のように彼女は決定的な証拠を僕に突き付けた。といっても高圧的な感じではなくて、強引なだけのような、好奇心旺盛な子供のような印象を受けた。ただ、手汗がじわりと滲んだ。
「えっと……」
「ここまで言っちゃってあれだけど、あんまり言いたくない?」
「まあ、そうですね」
「うーん、でも知りたいしなぁ」
諦める気はさらさらないようだった。だからといって譲れる訳も無く、この話が平行線になる未来が見えた。
「なんでそんなに知りたいんですか」
「君がね、普通の人には見えない色が見えてるかもしれないって思ったの。共感覚みたいな。君は確実に私を見てあお、って言ったし、私は青いものなんて身に着けてないから」
彼女の鋭さに驚いた。ここまでばれているなら、諦めて話してしまうという選択肢が頭の中に浮かぶ。それでも、僕が肯定しなければそれは彼女の妄想のままになる。沈黙する僕に彼女は続けた。
「私ね、言ったけど色が全く見えなくて。普通の人が見える色が見えない私と、普通の人には見えない色が見える君。ね? 正反対でしょ。だから正反対な君の世界が見てみたいって思ったの」
一瞬柔らかな緑が見えた。その言葉とその色が諦めるという選択肢を選ぶ僕の背を押した。いや、もしかしたらその選択肢は、もはや諦めという名前ではなかったかもしれない。
「……ぼくは、人の周りに色が見えます。オーラみたいなものだと思ってください。どういう性格なのかとか、集中すれば大まかな感情とかがわかります」
「――いいなぁ」
彼女の周りに黄土色が滲んたとき、急に辺りが騒がしくなった。どうやら近くの教室のグループが解散したらしい。教室から次々に人が出てくる。
「もうそろそろ戻らないと、か」
「そうみたいですね」
「じゃあ、今日は一緒に帰ろう」
「は」
「もう少し話したいし、決まりね。SHR終わったら校門前集合で」
そう言って、僕に反論もさせずに教室に帰ろうとする彼女の背に言葉を投げた。
「先輩、距離の詰め方凄いですね」
レクのときも最初から下の名前で呼ばれてびっくりしました、と言うと、彼女は振り返って笑った。
「よく言われる。でも、そうでもしないと踏み込めない人もいるから。君みたいな、ね」
そう言って彼女は雑踏に紛れていった。
校門前に着くと、まだ彼女はいなかった。そのまま帰ってしまおうかとも思ったけれど、本当に偶々読みたい本があったことを思い出した。リュックから取り出して本を開く。
数ページくらい進んだところで声を掛けられた。
「ごめんね! 待った?」
待ち合わせで待った? とかベタだなと思う。けれど軽く息が切れている彼女は、そういう感じで言ったんじゃないだろう。だから僕も普通に答えた。
「待ってないですよ。本がありましたし」
「そっか」
彼女は安堵したように笑った。その中に嬉しそうな色が見えたのは気のせいだろう。彼女はそのまま歩き出す。僕はどうやって歩けばいいのかわからず、彼女のスピードに合わせられるように少し後ろを歩いた。
「なんでちょっと後ろを歩いてるの?」
不思議そうに彼女が首を傾げた。それにいたたまれなくなって僕は、何でもないです、と言って彼女の隣に並ぶ。
「ねえ、私のあお、ってどんな色?」
彼女は僕を真っ直ぐ見つめた。緊張しているような、期待しているような面持ちだった。
「どんな色って言われても、あおとしか」
「ほら、もっとあるじゃん! 群青色とか、瑠璃色とか」
「そういうのよくわからないので……」
「もったいない!」
唐突な彼女の大きな声に肩が揺れる。彼女はスマホで何かを一生懸命調べ始めた。こちらを一切見ない彼女に、僕はただ隣で手慰みをするしかなかった。
「これ、見て!」
勢いよく僕を見て、彼女が自分のスマホを僕に突き出す。勢いに押されるようにそれを手に取って見ると、そこには様々な青色とその名前が一覧になっているサイトが表示されていた。
「この中から私のあお色に近い色あったりしない?」
「ち、ちょっと待ってください」
時折彼女を見ながら一覧を下までスクロールする。いくつかの近しい色に目星をつけて、比べながら一つに絞っていった。
「あんまりピンとくるのはなかったんですけど、敢えて言うなら、白群ですかね」
そう言って彼女にスマホを返す。
「へえ、ちょっと薄めのあおだね」
「そうですね。でも白群とも少し違う感じなんですよね。もっと眩しくて、焦がれてしまうような……」
彼女の頬が赤くなった気がした。
僕はそれを気の所為だと流して考え込む。どうにか色が分からない彼女にも伝わるように説明したいが、如何せん感覚的なことだから言葉にするのが難しい。
「じゃあさ、探しに行かない?」
「え?」
いつの間にか僕の前にいた彼女が振り返って言う。僕の零れた声を掻き消すように蝉が鳴いている。汗がこめかみを伝った。
「私のあお。きっとどこかには存在してるはず」
炎天下、彼女が手を広げてそう言った。彼女のあおが眩しさを増す。これが物語の始まりなら、僕は何処に辿り着くのだろうか。
好奇心に少し柔い感情を乗せて、僕は頷いた。やった、と小さく言った彼女は、淡い桃色を纏わせて少し恥ずかしそうに言った。
「それにね、もっと君と話してみたいの」
「来週の土曜日、早速探しに行ってみない?」
そうメッセージが来たのは一緒に帰った日の夜だった。予定は空いていたので「わかりました」と送った。集合場所と時間を聞くと、
「君は絶対電車の中で本を読んで私のこと構ってくれないから、現地集合ね。美浜駅! 時間は十時で!」
と返ってきた。そんなことしませんけど、とは思ったものの、送らずにただ「わかりました」と返した。
そうして、今日。僕は本を読まずに彼女を待っていた。
「待った?」
後からそう声を掛けられる。軽く息が切れている彼女に僕は言った。
「本があるので」
省略されながら再現されたあの日に彼女が笑った。僕もそれにつられて息が零れた。
「本持ってないじゃん」
「この前のメッセージ、ちょっと癪に障ったので。持ってきませんでしたよ」
彼女はふふっと笑って、そんなことでむきにならなくてもいいのに、と言う。急に彼女がもっと年上の人のように思えた。一歳差が高校生だと、遠い。
「いいの? 本持ってこなくて」
「必要なくないですか」
「……そっか」
彼女は口元を隠した。けれど上がった口角は隠せていなかった。彼女は僕が見ていることに気付くと、急な話題転換をする。
「てかなんでそんなに本が好きなの?」
言葉が止まった。本が好きな理由は色々あった。違う世界に行けるから。様々な人のことを知れるから。それも間違いじゃなかった。でもきっと僕が本を読むようになったのは――
「色を見なくて済むから、ですかね」
「え? なんで?」
彼女が驚いたような声を上げる。心底不思議そうな顔をしていて、思わずくすりと笑ってしまった。
「色が見えるのも結構疲れるんです。目の疲れは頭痛なんかも引き起こすので、適度に目を休める時間が必要なんです」
「え、色が見えるのっていいことばっかだと思ってた」
少し茫然としながら彼女はそう言った。
「どうでしょう。普通の人はそんなことにはならないかもしれません」
「でも、私、ちょっと君のこと羨ましいなって思っちゃった。よく知らないのに。ごめんね」
申し訳なさそうに彼女が謝る。なんとなく彼女も羨ましいと言われたことがあったのかもしれない、と思った。
「……僕も、先輩のこと羨ましいって思ったので、お相子ですね」
「そうだね、おあいこ、だね」
彼女は少し嬉しそうに笑った。僕はそれにじんわり耳が熱くなって黙った。なぜか彼女も黙ってしまって、微妙な空気が流れる。彼女はそれを誤魔化すようにスマホを見た。
「えっと、もう近くにあるみたい。マップによるとここらしいんだけど……あった!」
彼女が見ている先を見ると、そこは水族館だった。
「水族館、ですか?」
「そう、ちょっと暗いかもしれないけど、青がたくさんありそうだから」
チケットは準備してきました、と得意げに彼女はチケットを取り出した。はい、と渡されてまじまじと見てしまう。こういうのは僕が用意したほうが良かったんだろうか。
「驚いた? これでも私先輩だからね」
けれど彼女の笑顔を見ていると、先輩面できて嬉しそうだから今回はそれでいいかと思えてくる。
「そうですね、ありがとうございます」
行こ、という彼女に続いて僕は水族館に入った。
入り口近くには水草や大きな石で自然環境が再現された小さな水槽がいくつかあった。ライトアップの仕方が違うのかどれも違う青色をしている。小さな魚の気を惹こうと水槽をつついている彼女を見ながら各水槽を注意深く見る。けれど水族館はやはり暗くて、この空間は彼女のあおよりもずっと濃い色をしていた。
「こっちには海月がいるみたい!」
そういって弾んだ声を上げる彼女を追いかける。海月が好きなのか水槽に張り付いて夢中になって見ている彼女を後ろから見る。やっぱり青は深すぎるし、海月の色は少し白過ぎた。
隣にあった低くて上から覗き込める水槽を見ると、海月が様々な色のライトでライトアップされていた。
「先輩、こっちは覗き込めますよ」
「え? ほんとだ!」
一生懸命覗き込む彼女を視界に入れながらライトが水色になるまで待つ。ぱっと海月が水色のライトで照らされたとき、似ている、と思った。その柔らかくて掴みどころのないところが、似ていると。
「うわあ、でか!」
驚きと感嘆が混ざった声が聞こえた。彼女はいつの間にか隣の水族館で一番大きい水槽の前にいた。集中しなくても彼女の周りに黄色が見える。きっと子供みたいに目を輝かせているのだろう。ふっと笑みが零れて、口元を抑えた。ああ、きっと彼女の世界は色がなくても輝いているんだろう。きっと彼女に出会う前の僕の世界のほうが灰色に違いなかった。
水族館を回り終えた後はその中にあるレストランで昼食をとった。水族館を出ると、彼女は思い出したように聞いてきた。
「そうだ! 私のあお、見つかった?」
僕は彼女に聞こえるように大きなため息をついた。
「海月が水色にライトアップされたときは近いと思いましたけど、同じ色はなかったですね」
そっかあ、と彼女は肩を落とした。けれど、直ぐに顔を上げて、大丈夫! と言った。
「まだ、候補は残ってるからね! こっちだよ」
軽い雑談をしながら次の場所へ向かう。なんとなく居心地の悪かった空気も今では軽くなっている気がした。
そう考えていると彼女が不意に黙った。僕が彼女を見ると、彼女は静かな目で言った。
「ねえ、なんで協力してくれるの?」
「……先輩に振り回されるのも悪くはないかなって」
柔らかな桃色がふわりと滲む。
「じゃあ、色見なきゃいけないの辛くない?」
「べつに、この力自体は嫌いじゃないので。先輩の色は……悪くないですし」
甘やかな香りがしそうなほどに桃色が強くなる。
そして彼女は言いにくそうに口を開いた。
「なんで、私に人の色が見えるって言ってくれたの」
不安げに瞳が揺れる様子に、なんて不器用な人なんだろう、と思った。ずかずかと踏み込んできたくせに、変なところで遠慮するんだな。なんでって先輩幼い子供みたいですね、そう呟いてから僕は微笑んで言った。
「人間ってきっと欠けてるものを求めてしまうんだと思います。――先輩と同じですよ、きっと」
え、と彼女の口から音が零れて、顔がかあと赤くなる。桃色が僕を包み込んで、僕は首を傾げた。彼女はそんな僕を見て大きく溜息をついた。僕は責められているような気持ちになって、話題を変えようとする。
「せ、んぱいはなんで自己紹介のとき全色盲って言ったんですか」
彼女は虚を突かれたような顔をして、少し考え込んだ。
「……隠さなくてもいいのに、隠さなきゃって思うと隠さなきゃいけないものになっちゃうから、かな」
じんわりとその言葉が僕の体内に入ってくる。少し息が苦しくなった。それは僕にも覚えがあるからだった。そんな僕を見透かすように彼女は言った。
「この世界には隠さなきゃいけないものがたくさんあるから、自分自身くらいは隠さないでいられたらいいよね。少なくとも嫌なものだと思いたくないよね」
そう彼女は眉尻を下げて微笑んだ。
彼女を強いひとだと思った。けれど少し違った。砕け散ってしまいそうな脆さがそこにはあった。
「だから、君は強いね」
眩いオレンジが見えた。彼女の声は震えていた。
普通と違うだけで諦めなくちゃいけないことが、この世界にはあまりにも多かった。
「わぁ」
彼女が声を上げた。彼女は横を向いていて、その視線を追うと、そこには少し緑がかった青をした海が広がっていた。彼女は駆け出して、靴に砂が入ることも厭わずに砂浜に入っていく。両手を広げて砂浜の中央でくるりと半回転して、笑った。
「私ね、君のこと好きになっちゃった!」
ふわりと広がった桃色と彼女のあおが混ざり合って、鮮やかな紫色になっていく。
「は」
突然の告白に僕は思考が停止した。そんな僕を置いてけぼりにして彼女は楽しそうに笑う。
彼女は、こっちおいでよ、と僕を手招きした。混乱が残る頭を抱えながら、靴に砂が入らないように砂浜を歩く。
彼女から二メートルくらい離れた位置で止まった僕に、彼女は一歩近づいた。彼女の色はあおに戻っていて、自然と吐く息が長くなった。
「君と私は正反対だけど、きっとよく似ていて。私も君も諦めるのが癖になっちゃってた。でもね、私、君と出会って欲張りになっちゃった」
嬉しそうに彼女は微笑んだ。彼女は見慣れた色を纏っているのに、見慣れない顔をしていた。それはまさしく恋する少女だった。僕の頬が熱い気がするのは、燦々と輝く太陽のせいにしてしまいたい。
「君に伝えたいって思っちゃったの」
彼女の後ろで夏空が純粋な青を湛えていた。夏海は青緑を時折瞬かせている。どちらも夏の象徴的な色で、けれど夏の色ではなかった。そう言うには、焦がれてしまう何かが必要だった。夏空も、夏海も、彼女の色に近くて遠かった。
「君の全部がほしいの」
彼女は太陽を背にしてそう言った。輪郭を光が形作り、顔は逆光でよく見えない。それでも彼女はきっと少し挑戦的で、屈託のない笑顔を浮かべていた。夏空と夏海に負けないほど、眩いあおを纏いながら。
――それは、夏の色をしていた。
僕らの中に簡単に入り込んできて、僕らを置いていってしまう夏。一瞬で駆け抜けるから、身体が痛くてしょうがない夏。茹だるような匂いが、ふと僕らの胸を締め付けて懐かしさで心臓を満たす夏。
言葉では表しきれない夏を色にしたら、きっと貴女のあおになる。
「先輩の色、夏色だと思います」
唐突な僕の言葉に貴女は少し目を見開いて、一等嬉しそうな色をした。
「そっか。素敵な色もらっちゃった」
貴女は柔らかく微笑む。静かに喜んだ貴女に、僕は柔いところに触れてしまったと思った。もう一度それに触れにいく勇気はまだなかった。
「そうだ、君はどんな色なの?」
なんてことのないように貴女の口から出た疑問に、僕は視線を下にやった。
「僕は僕自身の色が見えないんです。でもきっと僕なんて名前の通り透明で、色なんてないんでしょうね」
「ねえ、私の色、きれい?」
僕の言葉に被せ気味に貴女が聞いた。
「……まあ、綺麗ですけど」
恥ずかしさを押し殺したような声で答えた僕に貴方は微笑んで、僕の手を取った。
「じゃあ、半分あげる。こうやって」
僕は目を細めた。目の前に広がった夏色はやっぱり眩しくて。
それでも、ちゃんとそこにあった。
近くて、遠くて、近い。 熒惑星 @Akanekazura
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