振袖と早馬

ヤマシタ アキヒロ

第1話

  振袖と早馬



  一


 むかしむかし、あるお城に、お姫さまにたいそう可愛がられている、芦毛の馬がおりました。

 馬は名まえをフジ丸と言いました。フジ丸は足が速く、伝令用の早馬として飼われていたのです。

 ある日のこと、訳あって薬草を採りに行くお姫さまを乗せて、フジ丸は自慢の早足を飛ばしていました。すると、峠にさしかかったところで、飛び出してきたウサギに驚き、フジ丸はいななきながら身を反らせました。その瞬間、お姫さまはフジ丸の背中から転げ落ちました。

 横倒しのまま動こうとしないお姫さまの周りを、フジ丸はおろおろして歩き回るばかり。お姫さまはそのまま死んでしまいました。

 フジ丸は悲しみのあまり、お姫さまに寄り添うように寝そべったまま、やがて自らも息絶えました。

 通りかかった村人によって、お姫さまとフジ丸の最期がお城に伝えられ、その逸話は誰もが知るところとなりました。



  二


 前田浩介は画学生。絵を描くことが唯一のなぐさめだった。浩介は精神を病んでいた。かかりつけの精神科医を訪れたとき、彼は持参した絵を見せた。

「なぜか風景画しか描けないんですよね。人物画が描けない。なにかあるんでしょうか」

「なんだろうね。過去になにかあったのかな」

 浩介はその中の一枚を見せる。

「でも、この絵だけ、何かに突き動かされるように描いたんです。描いたという記憶もないくらい」

 浩介が見せたのは、赤と黒と灰色で描きなぐったような不思議な絵だった。

「女性のようにも見えますが。右の黒い部分は動物のような……」

「これは『振袖と早馬』のエピソードだね。この地に伝わる悲しい伝説だ」

 医者はじっくりと絵を眺めながらそう答えた。そして浩介に伝説のあらましを説明した。

「この絵をちょっと預かってもいいかね。すこし思い当たる節がある」

 医者は診察室にその絵をかかげた。

 数日後、診察室を訪れた別の患者が、ふと絵を見上げ、こう言った。浩介と同じ年頃の、涼しげな目の女性だった。薬剤師を目指しているという。

「先生、これは……。どこかで見覚えがあるような、とてもなつかしい気持ちがします……」

「やっぱりあなたがそうだったんだね」

 医者は壁から絵を外し、女性の前にそれをかざして何度も見比べた。

 ふと眼前に、髪飾りを付けたお姫さまの姿が彷彿とした。

 フジ丸とお姫さまが、数百年の時を経て、ふたたび巡り合うのは、もうまもなくのことである。


                           (了)

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