桶狭間敗北の余波3:足利兄妹の明暗
京都、二条御所。それは史実の平城とは違い、深い堀と高い塀で改修を続いている。
その御所の庭にて、黒茶の髪と髭、黒い瞳、細い丈夫な筋肉を持つ『足利義輝』は軽装の装束を着ながらも、剣の素振りをしていた。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
「兄上、これを。」
熱った身体を輝かせながら、義輝は振り向けば、そこには彼と同じく黒茶の髪と黒い瞳を持つ男装の少女、『足利義秋』が現れ、彼に竹筒の水筒を渡す。
「うむ、かたじけない。」
「流石、塚原卜伝様や上泉伊勢守様に鍛えられし剣豪将軍ですね。」
「買い被り過ぎだ。今だに三好の傀儡に過ぎない私がそんな大層な渾名に恥じぬ生き様を魅せるにはまだ程遠い。」
義秋の羨望に義輝は苦笑した時、縁側から紫の髪と瞳を持つ筋骨隆々の大男『細川藤孝』が駆け出し、主君の名を読んだ
「義輝様! 一大事です!」
「幽斎! 何があった!」
「はっ! 織田が今川に敗れ、織田信長やその忠臣のほとんどが桶狭間にて生死不明とされています!」
その知らせを聞いた足利兄妹は驚くも、前者はニヤリと笑い堪え、後者は冷や汗を掻いた。
「ほぉ、尾張を統一したうつけ者が
「兄上、そう言っている場合ではありません! これでは三好に対抗する勢力がまた一つ無くなってしまわれたのですよ!」
「いえ、その点に関して、今川から書状が届いています。これを…」
義輝は藤孝に渡された書状を見て、快活に笑う。
「ふははは! 今川義元め、織田の上洛を邪魔した斎藤氏を討ち滅ぼした暁には我らの幕府の再興を約束するとはな! どうやら、勝った気でいるようだ!」
「兄上! 今川は我が足利の一門の一つ、まさか、我々を懐柔しつつ、次期将軍に成り代わる可能性があります!」
「そのような可能性もある…が、それはあの斎藤を倒してからではないとな。あの竹中半兵衛の軍略と勇猛な将を手中に収めた奴らをな。些か、早計だ、義秋。」
「ははっ! 無礼な考えは謹みます! ですが、三好の力が強い中、誰が味方かを慎重に見極めないと、浅井・朽木・上杉・北畠は味方であるとして、問題はあの六角と三好の関係…」
義秋は頭を下げ、謝るも、提言する。
「ふふ、惟政の奴め、六角から次々と情報を得ているな。奴や主にも褒美をやりたい所だ。」
「いえ、私など…兄上の勇敢さに比べれば、卑屈です…」
義輝は彼を謙遜する義秋の頭を撫で回す。
「自嘲するな、義秋よ。いずれ三好と六角には雌雄を決する時は来るだろう。それまで、我は剣を鍛え、義秋が政を見張る。まさか、兄妹揃って、幕府の為に戦えるとはな。」
「私は兄上が取り戻すべき泰平の世を目指したいのです。」
互いに微笑み合う兄妹の仲睦まじさを見た藤孝は涙を流す。
「おぉ、流石は将軍となられる兄妹だ! この黄金よりも輝かしい絆は私、細川藤孝が必ず守り抜きます!」
足利兄妹に傅く藤孝、その後、義輝は剣の稽古を続け、義秋は自室で政務を全うしようとした
…が、自室に戻った義秋は堪えた笑いを吐き出し、爆笑した。
「きゃは、キャハハハハ! 何が人間五十年よ! あの糞親父、桶狭間なんかで躓いて、挙げ句の果てに三好と戦わずに死ぬなんて、何が第六天魔王よ! 天下は誰にも渡さない! 三好や六角の屑どもにも、斎藤や今川なんて共倒れすればいいわ! アハハハハ!」
「…義秋様、」
義秋が笑い転げる中、黒茶色の忍び装束を着た青年が彼女の傍らでいつの間にか立っていた。
「あら、惟政…、三好と六角の同行は?」
「三好内部では、今川が来る前に足利を攻め滅ぼそうとする三人衆側と、斎藤に増援を送ろうとする松永久秀側に分かれ、言い争い、六角側が三人衆の肩を持っています。」
「やばいわね。早く六角か三好を打倒しないと、幕府は潰えるわね。浅井に、朽木、上杉、北畠、…少し怪しいけど朝倉に協力を頼んで、六角を倒してもらわないと…」
惟政と呼ばれた忍びは頭が回る義秋に恐る恐る口を開いた。
「あの、義秋様、第六天魔王とは一体?」
聞かれた義秋は瞳を濁らせながらも、口元を歪み笑い、こう答えた。
「大丈夫よ、惟政も、兄上も、誰も死なせない。私達が望んだ天下の世は誰にも奪わせないわ。だから、第六天魔王はこの世界に存在しないのよ。」
桶狭間敗北から始まる明智光秀の陰謀〜第一章:東海大戦〜 @kandoukei
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