・エピローグ:そしてパンツは守られた 3/3

「ひぇっ?!」

「お楽しみ中のようだの、我がつがい殿」


 鼻の頭に証拠クリームが残っていたみたいだ。


「ちょ、待っ、ああああっ?!」


 ファフナさんはそれを指ですくい取って、こちらを睨みながら舐めた。

 それから阻む俺を押し退けて、この室内へと進入してきた。

 

 ミルディンさんに接触させたらまた親子ゲンカが始まってしまう。

 だけど最強は誰にも止められなかった。


「騒がしいと思ったらやはり忍び込んでおったか、ミルディン」

「ふふ……もっと遠くに偵察に行かせるべきでしたね……」


「ふざけるなっ! 我がつがい殿に何をしたっ!」


 これが、修羅場……?

 荒れるファフナさんにミルディンさんは自分のいるベッドへ手招きをした。


「口で説明するより、行動の方が早いこともあります……」

「なんじゃ? お、おい……なっ、何を、ぬぁっ?!」


 ミルディンさんがファフナさんの手を取って、自分の服の下に潜り込ませた。

 ベタベタとぬめる柔肌の感触が頭の中でフラッシュバックした。


「これで一緒ですね、ファフナ……」

「そのようだ、母上」


 ファフナさんはベッドから立ち、後ずさる俺の前にふわりと飛んだ。

 顔の左側は平静、右側は怒りに歪んだ複雑な表情だった。


「この浮気者め……」

「う……っっ、ごめん……っ」


「筋肉のないミルディンの身体は、我よりさぞ心地よかったであろうなぁ……?」

「そ、そんなこと――」


「可憐で! 美しく! まさに男の理想が形になったような女であるからなぁ……っ!?」


 修羅場だ、修羅場になっている……。

 世界の危機が去って、みんなの心に余裕が生まれて、それは嫉妬する余裕にもなったんだ。きっと……。


「ふ……ちょっとやらしいことされたからって、彼女にでもなったつもりですか……?」

「ちょぉぉ……っっ?!」


 止めて、もう止めて。

 そこにミルディンさんが乱入してきた。

 俺の二の腕に抱き付いて、お母さんなのに娘を挑発した!!


「母上こそ何を言う。それは最初から、我のつがい殿じゃ」

「そうなのですか? パルヴァスは、うちの子ともう交際しているのですか……?」

「イ……イエスかノーで言えば、ノー寄りです……」


 事実なのにファフナさんは俺の返答が気に入らなかった。

 反対側の二の腕にしがみついてきて、ミルディンさんに歯をむき出しにする。


「これは我の物だっ!! 天が我ら竜族を哀れみ遣わして下さった、呪いから逃れるただ一つの鍵なのだっ!!」


 そ、そんな大げさな存在だったの、俺……?

 言われてみれば確かに、俺にだけ円環の刻印が現れていない。


「ファフナ、あなたに足りないのは人生経験です。母がN・T・R、ネトラレの経験をあなたに授けて差し上げましょう……」

「よくわからん断固断るっ!! 母上は竜族が絶滅してもよいのかっ!?」


「それは困りますね……。ではこうしましょう、種は貴方にあげますので、恋人は私ということで……」

「ぷじゃけるなぁぁーっっ!! パルヴァスの髪から血一滴まで、この我の物ぞ!!」


 お、重い……。

 物理的にも精神的にも重過ぎる……。


 これが平和の代償……?

 今頃は世界中で、こんなふうに男女の均衡が崩れていたりするの……?


「それはつまり、心は母に譲ってくれるということですね……?」

「娘のっ、男のっ、心をっ、横取りする母親がどこにいるかぁぁーっっ!!」


 もう逃げたい。

 こんなの宿への営業妨害だ。

 明日の朝絶対、宿泊客のみんなにからかわれる……。


 必ず『昨日はお楽しみでしたね』と言われてしまう!


「おー、揉めてるっすねぇー」


 すると今度は窓からカチューシャさんが入ってきた。

 しかもあの楽な作業着姿だった。


「荒れてるとこ悪いっすけどー、今からみんなで芋掘りにいかないっすかー?」

「今、夜だよっ?!」


「ケンカするよりいいじゃないっすかー。それにファフナが運んでくれたらすぐそこっす」


 こんな時間に芋掘りなんて、エキセントリックにもほどがある。

 でもこのまま親子ゲンカが続くよりはずっとよかった。


 二人は同意してくれるのかなと、様子をうかがった。


「悪くありません。ついでにポータルの調整と、軽い水浴びもできますね……」

「うむ、皆で釣りもできるな!」


 夜、なのに……?

 ケンカを止めてくれたのは助けるけど、外は真っ暗だ。

 この人たち、本気……? 超、元気……?


「運んでくれるっすよね、ファフナ?」

「うむ、気が高ぶって今夜は眠れそうもない! 世界の反対側で騒ぐとしようぞ!」

「普段もこれくらい、物わかりがよければいいのですが……」


 こっちは酒場の手伝いで疲れているのに……。

 もう寝たい、なんて言えない雰囲気だ。


「こんなこともあろうかと、罠用の網を用意しておいたっす。ちょっと取ってくるっすねー」

「ナハハハハッ、釣る前に釣られる釣り人ということだなっ! 面白いことを考えつくやつよっ!」


 二人は嵐のように俺の部屋から出ていった。

 今からあのベッドに横になったらダメかな……。


「今夜は寝かせません……。私たちと、夜遊びしていただきます……」

「わかった、付き合うよ……」


「平和になって私にも心のゆとりができたのでしょうか……。今まで以上に、あの子をからかうのが楽しくて仕方ありません……」

「俺が死んじゃうからほどほどにして……」


「すみません……嫉妬するあの子の顔が、かわいくて、かわいくて……」


 その後、俺たちは月のないオルヴァールの空を網に吊されて飛んだ。

 ミルディンさんが明かりの魔法で照らしてくれたおかげで、想像よりずっと楽しい空の散歩となった。


「いいですか、ファフナ……。私の死る限りどこの世界にも、母親が娘の男を横取りしてはいけないという法律はありません……」

「それが母親の言う言葉かぁーっっ!!」

「うわ……羨まドン引きっす……」


 ミルディンさん、その話はもう止めて……。

 月のない夜の世界で俺たちは芋を掘り、ポータルの輝きを背に夜釣りをして、目隠しをされて水を浴びた。


 めでたし、めでたし。

 この先に新たな争乱が待っていることは、もはや疑いようもないことだけれど、今だけは、めでたし、めでたし。


 誇り高きザナーム、世界を救った英雄ザナーム騎士団にどうか永久とこしえの幸あれ。


 彼らは長き隠遁を破り、知恵と力を振り絞って戦って、家畜同然にされていた俺たちを救ってくれた。

 俺はザナームの功績を忘れない。


 恩知らずな同胞がこの英雄たちの功績を忘れても、永遠に。



 ・



「ずいぶんと世話になったな」

「ワヒョヒョヒョヒョ、急に改まって何を言う。ワシとシルバの仲じゃ、気にするでないぞい」


「あの日、道化師に化けて現れたときは驚いた。大した役者っぷりだったぞ」

「おお、あれか! あれはワシ自身も驚いた! ワシの人間への憎しみが……あれほど深いものだったとは思わなんだ……」


「……前々から思っていたのだが」

「うむ? なんじゃ、親友よ」


「あんた……多重人格者なんじゃないのか……? パンタグリュエル・・・・・・・・……」

「ワヒョヒョヒョヒョ、この姿のときはガルガンチュアと呼んでくれと言うておろうて」


「頭ではそうわかっていても、こればかりはわからないことこの上ない。……ああ、ところで話は変わるがガルガンチュア」

「なんじゃ、シルバよ?」


「大将のパンツが1枚消えている」

「ワヒョッ……?!」


「俺様に冤罪がかかる前に確認したい。……ザナーム騎士団の総大将ともあろう者が、レイクナス王国元王太子のパンツを、よもや盗んではいないな?」

「……クゥゥン♪ ヒャンヒャンッ、アオォーンッ♪」


「元の場所に戻せ。でないと、大将がパンタグリュエルに向ける尊敬の眼差しが、蔑みに変わることになろう」

「わふっ! 今のワシにとっては、このプリチーなボディこそが本体のようなものよっ」


「で、返すのか、返さないのか、どっちだ?」

「パンツは返す。だが、下着ドロは止めない。繰り返す。パンツは返す。だが下着ドロは止められない」


「まったく、やれやれな犬畜生だ……。これが予知で世界を救った大賢人だとは、とても思えん……」

「ワヒョヒョヒョヒョ、ワシはただのスケベ仙人じゃ。ワシはいたい気な青少年を、スケベで少し導いてやっただけじゃぞい」


「……とにかくパンツを返せ。俺様が疑われる前に、早く」

「クゥゥン……お気に入りだったのにのぅ……」


「はらわた引きちぎるぞ、この駄犬がっっ!!」

「キュゥーン♪ ワシの親友はワイルドで素敵じゃのぅ♪」


 人知れずして奪われたパンツは、人知れずして元のタンスに戻された。

 これにて一件落着。めでたし、めでたし。世話の焼ける大将のところに帰るとしよう。

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