ライブ四十分前

 ライブ四十分前。


「なに? 緊急会議って?」


 ダウナーな空気を背負いながら部室に入ってきた長髪ワカメベースこと、もう一人の男バンドメンバーである磯辺に、足立は容赦ない言葉で端的に状況を説明した。


「金城がフラれた」

「フラれてませんー! ただ狼の猫の女狐に横から泥棒されただけですぅー!」

「金城がフラれた」


 あたしの抗議をしっしと手で払い、事実確認のごとく同じ言葉を繰り返す足立。ブレイクハートのティーンガールになんて扱いを……おのれ鬼畜メガネめ。


「ん? あれキャンセル?」


 ジト目で歯噛みするあたしを気にもかけず、磯辺は足立の言葉にワカメ髪の隙間に見えるダウナーな目をぱちくり開いて、面倒くさい運動会が雨天中止になったようなテンションの声を出した。


「いいんじゃね? もともとかなりイタい企画だったし」

「イタい!?」


 即座に「シャー!」っと牙を剥くあたしの非難を、へらへら顔で流すワカメの磯辺は「だって」とその理由を説明し出す。


「だって、自分むけの手作りラブソングを人の集まってるところでライブ演奏されたあとに公開告白だぜ?」


 それが公開告白の計画だった。わたしが丹精込めて作詞作曲した片想いの女の子の気持ちを歌ったラブソング。それをタカ兄の見ているライブで披露し、演奏後に体育館の照明が落ち、スポットライトがタカ兄とあたしに当たったところで「この曲はあなたへの想いを込めて作った曲です」と明かし、意識が二人だけになった空間であたしとタカ兄の視線が交わり、「ずっと好きでした。付き合ってください」の告白に「僕もずっと好きだった」のタカ兄の返事とともに会場を埋め尽くす拍手と歓声の祝福の中で、あたしはステージから飛び降りてタカ兄と抱擁を――、


「なんの罰ゲームだよ。黒歴史はひとりで作ってくれよってやつだろ。OKならともかくNGだったらどうすんの。めっちゃ断りにくいし、もうほとんど回答一択の圧迫告白だよ、これ。だいたい受験生に告白する自分本位の神経ぶりは、オレだったら好きでも引くね。それにあのNG想定なしのラストナンバーとか大事故になるぜ?」


 計画の公開告白にバラ色の未来を思い描いていたあたしの心は、磯辺のぶっちゃけ過ぎる感想に脳天からワカメでもぶちこまれたような勢いでテンションダウンさせられた。


「……た、たしかにちょっと盛り上がっちゃって先走ってた気はしないでもないけど、もう少し、こう手心というか、オブラートというか、ほら、包みなさいよ!」

「オブラートぉ?」


 あたしの訴えに磯辺はアホでも見るような目をむけた。


「オブラートで包んでも毒は毒だろ」

「きぃぃーっ!」


 正論という名の凶器にあたしは頭をかきむしる。そんなあたしを見ながら磯辺と足立のワカメとメガネが「『きぃぃーっ!』って叫んでるやつはじめて見た」「さっきは『泥棒猫』とか言ってたぞ」「マジか」なんて言い合っているのが、この上なく腹立たしい。


「だってさ! 脈はあったんだよ! 脈が!」


 そうだ。そうなのだ。脈はあったのだ。あれは夏休みの暑過ぎてどこにも行く気が起きない猛暑の日、タカ兄の家へ遊びに行ったときのことだった。タカ兄と一緒にスプラ対戦でしのぎを削り、B級クソ映画にツッコミを入れながら笑い合い、それぞれマンガを読みながらポテチとコーラでまったりと夏の夕暮れを過ごしていたとき――そのときタカ兄はソファに転がるあたしを見ながらその端正な顔をふっとやわらげると、しみじみとした優しい声でこう言ったのだ。


「そこで『ともえといると落ち着くよ……』とか言ってくれたんだよ!? イケると思うじゃん!? じゃん!?」


 あたしはそう主張しながら「じゃんじゃんって焼き肉のタレかよ……」「ぶふっ」などとツッコむ磯辺と吹き出す足立にローキック制裁を加えながら、そうなんだ、そうなんだよと自分で自分に言い聞かせる。そうなのだ。タカ兄とあたしの関係は特別なのだ。決してそこらの横ヤリイカ娘なんぞに引き裂かれる関係なんかではないのだ。


「それっていわゆる妹みたいな存在ってヤツじゃねぇの?」

「ギルティだ磯辺ぇぇっ! 思ってたけど気づかないフリしてたことを口に出した罪で処す!」

「やべ、処される!」


 逃げる磯辺。追いかけるあたし。そのドタバタな鬼ごっこに足立の冷静な声が割って入る。


「あと三十分ちょっと」


 ライブまでの残り時間。

 足立のメガネが立ち止まったあたしを見てキラリと光る。


「するかしないのか」


 磯辺のワカメに引っかき回されたけれど、結局はそこに立ち戻る。

 告白するかしないのか。

 タカ兄のことが好き。彼女ができても好き。だからきっとタカ兄にとって迷惑になるこの感情を、あたしがどこに持っていきたいかの問題なのだ。


「フラれたんならする意味なくない?」

「フラれてない」


 あたしはぼやく磯辺の言葉を否定する。


「フラれてもないんだよ、あたしは――」


 この気づかれてもいない恋心を、あたしがどうしたいかの問題なのだ。

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