青春の輝きなんて、はたで見てなきゃわかんない

ラーさん

ライブ一時間前

 青春に輝く時があるのなら、今日がその日になるはずだった。


「そういえばともえには言ってなかったな。紹介するよ。彼女の清宮さんだ」


 高校の文化祭。あたしたちのバンド『METAL FOOT BEACH』のライブ一時間前。出番待ち中の軽音部の部室で、あたしは十年来の片想いをしている一つ上の幼馴染のタカにぃから彼女の紹介をされていた。


「はじめまして、清宮です。金城さんのことは隆康くんからいつも聞いています」

「あ、ひゃい……金城ともえです……よろしくです……」


 隣の市にある有名なお嬢様学校の星羅女子高校の制服を着た、ナチュラルメイクに黒髪ストレートの清楚美人な清宮さんの優雅な会釈と微笑みに、あたしは動揺し過ぎて変な声を出しながら自己紹介を返すことしかできなかった。


「じゃ、ともえ、また後でな。ライブ楽しみにしてるぞ!」

「え、あ、うん、が、がんばるぞー、おー」


 ガッツポーズでそう声をかける短髪さわやか好青年なタカ兄の屈託のない笑顔は目が焼かれそうになるほどイケメンにキラキラまぶしくて、恋の魔法と失恋の衝撃の間にゆさぶられたあたしの脳みそは、アホみたいな半笑いの顔でうなずきながら握りこぶしを上げるという情けない行動を出力したのであった。


「……ご愁傷様」


 タカ兄とポッと出の泥棒猫が仲良く部室から出て行くのを見送ってから、ぼーぜんと立ち尽くすあたしにそうぼそりと声をかけたのは、イスに座って一部始終を見ていたバンドメンバーの男、ドラムのメガネ足立だった。


「足立」


 バッと急に電源の入ったロボットみたいにふり返ったあたしから、即逃げを選択して腰を浮かせた足立の肩をつかんでイスに押さえこむ。そしてその怯えたメガネ顔に聞く。


「ねぇ、あれなに? なんなのあれ?」

「え? えぇ……イケメンと美人の……カップルぅ?」


 ひきつった笑いを浮かべながら疑問形で答える足立に、わたしはニッコリと微笑み返す。


「事実をのべるなぁーっ!!」

「やめ、やめ」


 事実陳列罪で足立の肩をがくがく揺さぶり、脳みそシェイクの刑を執行する。


「えー、もう一度聞きます。あの女はなに?」

「……やつあたりのじんもんはかんべんしてくらはい」


 メガネをずらして懇願する足立に「ちっ」と舌打ちして、あたしは頭をガシガシとかきながら叫ぶ。


「あーっ! 本当どっからポップアップしてきた、あの泥棒猫がぁっ!」

「泥棒猫のポップアップって……くふっ」

「うっさい」

「てっ」


 吹き出す足立の頭をひっぱたく。「いやでも泥棒猫なんて言葉、実際に使ってるヤツ初めて見たし、それがポップアップとか――」などとグダグダ言い訳する足立の声を聞き流し、あたしはあの泥棒猫の女狐の害虫がどこから湧いて出てきたのか真剣に考えていた。

 あの女は星羅女子。あたしが把握しているタカ兄の普段の生活圏内ではまず接点のない学校の人間である。タカ兄のバイト先は星羅女子どころか二十代以下の女性もいないことも調査済みだ。他にあたしの知らない接点――はっ、受験にむけて去年の冬から通い始めた予備校か!


「……やられた」


 タカ兄はイケメンだ。バチクソのイケメンだ。どうして気づかなかった。そんなキラキラのタカ兄が不特定多数の他校の女子も集まる予備校に通うなんて、腹を空かせた狼の群れに飛び込んだ子羊に等しい。そしてまんまとあの清楚の皮をかぶった狼の泥棒猫に喰われてしまったのだ。なんてことだ。予備校だろ。受験だろ。勉強しろ。


「勉強しろぉぉぉぉぉっー!!」

「お、おう?」


 あたしの高速思考の名推理によって導き出された回答に足立が困惑の声を上げるが、そんなことはどうでもいい。障害は即刻排除しなければ。あの女の清楚の皮をはぎ取って、狼系女子の肉食の本性を白日にさらさねば。


「ちょっと行ってくる」

「ちょいちょいちょい待て待て待て」


 いざ行かん、と勇み足に歩き出したところで足立に腕をつかまれた。


「……あー、もう一時間もないからこれだけは聞いとくが、今日の計画は予定通りやるのか?」

「あぁ~……」


 そこであたしはその計画を思い出す。いや、忘れていたわけじゃない。その現実を直視したくなくて、泥棒猫への怒りをたぎらせ足立に八つ当たりをしていたのが本音だ。

 あたしはえへっとはにかみながら、小首をかしげて足立のメガネに聞いてみた。


「……どうしたらいいと思う?」

「急にかわい子ぶっても、知らんがなとしか言えねぇよ」


 一時間後のライブ。そこであたしはタカ兄への公開告白を計画していた。

 そうなのだ。

 青春に輝く時があるのなら、今日がその日になるはずだったのだ。

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