女子だとか
モ
女子だとか
アラームをワンコールで止めて起きる。制服に着替えて長い髪を束ねたら、ご飯ともずくを食べて家を出る。膝下丈のスカートをふよふよ揺らしながら高校まで歩いて登校。一言も喋らないまま放課後即下校。週2回、小学生の頃から通っているダンススタジオでレッスンを受けてから帰宅。夕食を食べて宿題を済ませる。お風呂に入ったら就寝。
雲井みなせの毎日は大抵こんな感じ。話し相手といえば一緒に住んでいる兄一人。その兄も今は留学中で、みなせは現在一人暮らし状態。兄が不在なのは寂しいが、学校でぼっちなことは特に気にしていないようだった。誇り高きぼっち、あるいは、ソロ活のスペリャリストといったところだ。
金曜日の放課後という喜びと共にみなせは歩いていた。小学生の男の子たちが何人か横切っていくのをなんとなく目で追った。
みなせは毎日夢を見るタイプの人。空を飛んだり、アイドルになったり、たまに小さい頃の夢を見たりする。昔の夢を見ると、みなせはめずらしく少し不機嫌になる。
…
「みなせちゃんは男子と遊びなよ。男子と仲いいじゃん。」
そんなことをクラスの女の子たちに言われた。段々男の子と話さなくなり、女の子とも疎遠になり、そのうち人と関わらなくなった。本当はみんなと仲良くしていたいのに。
いっそ男の子になれたら…。
…
アラームをワンコールで止めてむくりと起き上がったみなせは、目の前の姿見を見て呆然とした。
そこには、みなせと同い年くらいの男が映っていた。驚いて辺りを見回したが誰もいない。みなせは鏡をかち割りそうな勢いで布団から這い出て姿見にしがみついた。
サラサラの短い髪、骨っぽいフェイスライン、姿見を掴んだ腕は昨日よりも太かった。
「私、イケメンになっとる!!」
第一声がそれかとツッコむ人もおらず、男の姿に変貌したみなせはしばらく自分に見惚れていた。
「でも、なんで?」
ひとしきりうっとりしたところで、自分が置かれている状況の奇妙さに気づいた。しかし、はっきりしているのは自分が男になってしまったということだけ。
「まぁいっか。」
まぁいっかで済ませてしまえるのが雲井みなせであった。
月曜日、ずっとやってみたかったセンター分けをバッチリきめて、みなせは少し緊張しながら登校した。学ランは兄の部屋から拝借した。クラスメイトにあれこれ問い詰められるのを危惧していたが、休み時間中ヘッドフォンをつけて足を組んでいたら、誰にも話しかけられることなく一日を乗り切ることができた。
放課後、屋上に吹く気持ち良い風と共にお山座りでたそがれていると、ソーラーパネルの反対側でリズミカルにステップを踏む音が聞こえた。気になってパネルの陰から顔を出した瞬間、みなせは雷に打たれたような衝撃を覚えた。
そこには、ダンスの練習をしている一人の男子生徒がいた。輝きを放つその人の動きに息を飲んだ。独特の抜きとパッションのコントラスト、滑らかな足さばき。みなせは波にさらわれたように引き込まれ目が離せなかった。
その人はいかにも近寄りがたそうなクールな空気をまとっていたが、向こうがみなせに気づき目が合った瞬間みなせは思わず叫んだ。
「あなたのダンスに惚れました!一緒に踊らせてください!!」
クール系男子にいきなり変なことを言ってしまった…と後悔の気持ちで瞑った目を恐る恐る開けると、その人は優しく微笑んでこちらを見ていた。
「嬉しいな…そんなこと言われたのは初めてだよ。褒めてくれてありがとう。」
意外な反応とほんわかした口調にみなせの脳はフリーズした。かわりにその人が続けて、
「俺は椿なぎさ。一緒にってことは君もダンス踊れるんだね。」
「椿くん…私は、いや、ぼ、僕は雲井みなせ。ダンスは結構踊れる方だと思います。」
見た目と口調のギャップに動揺したみなせはやっとのことで答えた。
椿は再び優しく微笑んで、
「みなせくん。いきなりでびっくりしたけど、なんだか仲良くなれそうだな。よろしくね。」
「よ、よろしく!」
みなせは驚きと嬉しさで前のめりに答えた。
その後二人は日が落ちるまで屋上で踊った。ダンスを披露する相手もおらずダンススキルだけ持て余していたみなせは、見てくれる友達がいるという事実が信じられないほど嬉しかった。また椿も、高校に入学してからずっと一人で踊っていたらしい。
そして、やはり椿のダンスは素晴らしかった。まだ出会ったばかりなのに、これからもずっと高め合っていきたいと強く思うほどだった。
つい数日前までの自分にこんな未来が想像できただろうか。外見が変わったというだけで、こんなにも違う世界が見られるなんて…。
それからというものみなせは、放課後になると毎日屋上へ行った。そして椿とダンスの練習をしたり、バトルをしたり。たまに寄り道をして一緒にアイスを食べた。ちなみに椿は大納言あずきが好きらしい。
椿はダンスへの情熱が熱い人だった。普段はふわふわした空気をまとっているのに、ひとたび踊れば獲物を狙う虎のようなギラギラした目に変わり、見る者を一瞬で引き込んでしまう。
みなせは、自分が男になったことなど気にならないくらいキラキラ輝く日々をかみしめていた。
ずっと続けばいいな…。
…
「みなせちゃん何してんの? w」
「目立ちたいの?」
「ウケるーww」
(こんなこと言われたことあったっけ…?)
気がつくと、目の前にメンズカットの小さいみなせがいた。
(そういえば…髪の毛バッサリ切ったことあったっけ…あんまり覚えてないや…)
一度だけ瞬きをすると、大きくなったみなせの髪はみぞおち辺りまで伸びていた。
(しばらく…全然髪の毛切ってなかったなぁ…なんでだっけ…)
…
アラームが鳴る30分も前に起きた。姿見に映るみなせは相変わらずのイケメン。しかし、少し不機嫌そうな顔には涙の跡がついていた。
制服に着替えないままリビングのソファでぼーっとした。体が鉛みたいに重かったのでその日は学校をサボった。
そんな調子で、結局それから一週間、家にひきこもっていた。
ひきこもり7日目。椿からLINEが来た。
『カゼ?早く治るといいね。一人で踊るのサビシイ…』
時計を見ると午後3時過ぎ。ちょうど授業が終わった頃。みなせは学ランに着替え、家を出た。
みなせは学校へ向かった。
裏門を抜けると、早足で下駄箱へ。
上履きをまともに履かないまま、階段を駆け上がり屋上へ。
屋上の扉を勢いよく開けると、いつものように椿がダンスの練習をしていた。椿は驚いて振り向き、短い沈黙の後、表情が曇った。
「大丈夫…?」
みなせはそう椿に言われてはじめて、自分が泣いていることに気づいた。一気に体の力が抜けて、崩れるように座り込んだ。
椿が駆け寄ってくるのが見え、次の瞬間、みなせは椿の腕に包まれた。
「ごめん…大丈夫じゃないよね…みなせ…ごめん…」
みなせの目から大粒の涙がこぼれた。
「…いや…謝らなきゃなのは…僕のほう…」
「どうして?」
みなせは一瞬ためらったが、本当のことを言った。
「”私”…ほんとは女なんだ…」
椿は少し驚いた様子だったが、何も言わずにみなせの話に耳を傾けた。
「ある朝突然、男の子になってた。新しい自分になれた気がした。ずっと続けばいいって思ってたんだけどね…」
ひとつ深呼吸をしてから、みなせは昔のことを話した。
みなせは、誰とでも仲良くなれる子どもだった。でも、成長するにつれて周りに馴染めなくなった。自分を変えたくて、本気で男の子になろうとしたことがあったが、それもうまくいかず。”独りが好きなふしぎちゃん”という着ぐるみの中に過去を閉じ込めてきた。忘れようとしたというより、軽い記憶喪失に近かった。
「昔の夢を見たの…全部思い出した…私はどんなに生まれ変わろうとしても、何にも馴染めないんだよ。男の子の姿になって、新しい雲井みなせになった気でいたけど…きっと、また同じことの繰り返しだよね…」
椿がついに口を開いた。
「何言ってるの?今みなせには俺がいるじゃないか。」
「でも…女だってこと隠してた私に失望したよね…」
そう言ったみなせに、椿はめずらしくキツい口調で答えた。
「そうだね、失望した。」
「…」
「みなせが俺のこと全然わかってなくて残念だよ。」
うなだれていたみなせは不安そうに顔を上げた。
すると椿がすっくと立ち上がり、一段と力のこもった声で言った。
「男とか女とかそういうんじゃなくて、俺は”雲井みなせ”とダンスがしたいんだよ。」
みなせはハッとした。そのとおりだ。自分もずっとそうだったじゃないか。男子とか女子とか関係なく、目の前の人と向き合っていたじゃないか。
大切なことを忘れていた自分が情けなくて、再び涙が溢れた。
すると、椿がいつものやわらかい口調で言った。
「それに、俺は短い髪も似合ってたと思うよ。」
「…?」
「覚えてないかな?俺、小学生のときみなせと同じクラスだったんだよ。」
その瞬間、みなせの脳裏に小さい椿が蘇った。
「あの日、ここで君と会った時、名前を聞いてまさかと思ったけど…やっぱりみなせだったんだね。また会えて嬉しいよ。小学生の頃の俺は、コミュ力皆無のぼっちで人生諦めてたんだけど、誰とでも仲良くしてるみなせを見て、あんなふうになれたら…って前向きになれたんだよね。」
みなせの目からさらに涙が溢れ、
「そんなふうに思ってくれてたんだ…うれしいよぉ…」
みなせはわーんと泣きながら椿に抱きつき、椿は優しくよしよしした。
アラームをワンコールで止めて起きる。学ランに着替えてセンター分けをバッチリきめたら、ごはんともずくを食べて家を出る。自転車で登校。クラスの人とはそこそこ喋って、放課後は屋上へ。日が落ちるまで椿とダンス。たまに寄り道して2人でアイスを食べる。帰宅後、夕食を食べて宿題を済ませる。お風呂に入ったら兄と雑談してから就寝。
雲井みなせの毎日はこんな感じ。
女子だとか モ @momoji6
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