第18話 精霊姫と鉄の王子の愛

「……それは、どういう意味?」


「お前は精霊の力を失ったのだろう? だったら今はもう、精霊姫じゃない」


「わたしが汚れているって言いたいの? だから、愛する気はないということ? 濡れ衣だわ! フォルモロンゴの工作員の侵入の件を嗅ぎつけたのかしら? でもそれなら失敗したわよ!」


 ファーファラはキッとユースカディを睨みつける。あの一件はそれ自体箝口令が敷かれていたが、ロンギフロラムはそれをどこからか知り、さらにどこかで情報が誤ったのかもしれない。もしくは単純に、ファーファラが結婚を申し込んできたということから力を失ったのだと推測して、カマを掛けただけかもしれない。ファーファラはあくまで強気な姿勢で押し切ろうとした。


「それは知っている。お前を汚れているとも思っていない。だが、力を失ったのも事実だろう? 失っていないというのなら、今ここで魔法を使ってみせろ」


「それは……」


 そう言われては、何も言い返すことができなかった。小さな火をともす事さえ、ファーファラにはもうできないのだ。これ以上ごまかすことは出来なかった。ファーファラの全身から一気に力が抜け、へなへなと、その場にへたり込んだ。


「あなたが欲しいのは精霊姫で……わたしが力を失ったことを知っていたなら……どうして結婚に応じたの? どうして応じておきながら……こんな風にわたしを拒絶するの……?」


 ファーファラはユースカディを見上げた。その目には、大粒の涙が浮かんでいた。どうしていいのか、彼女にはもう分からなかった。


「お前は一般に言われている以外のなんらかの理由で精霊の力を失った。だが、力を失ったのは一時的なことかもしれない。取り戻せる可能性はゼロではない。だったらここで力を失わせることをすべきではない」


 ユースカディは手を差し伸べ、ファーファラを助け起こした。彼はそのまま、ファーファラをまたベッドに座らせ、自分はその脇に立つ。


「わたしを手に入れたいと言ったのは、わたしに精霊の力を失わせたかったのではなくて、精霊の力を手に入れたかったのね」


「精霊の力など要らん。もちろん軍にはアルをはじめ、精霊魔法を使える者もいる。だが主力は銃と砲だ。鉄と血で覇権を取った俺が今更精霊姫になど頼ってみろ。彼らに愛想を尽かされ、俺の力は消えてしまう」


 ユースカディはいつも通り少しも揺らぐことがなかった。彼にとって、ファーファラの精霊魔法など必要ないらしかった。そこに嘘や強がりは無いように思われた。


「いったい、あなたは何なのよ……。何がしたいの……?」


 ファーファラは頭を抱える。精霊姫が欲しいのに、精霊魔法は不要であり、そしてファーファラとの関係も拒絶するユースカディ。ファーファラには全く分からなかった。


「ずっと言っているだろう? 精霊姫を手に入れたい、と。何故か、という顔だな。それは俺にも分からんよ。手に入れたいから、手に入れるのだ。理由を知るのは後でいい」


 ユースカディは力強く言った。彼自身分からないというのも、恐らく本当だろう。


「だけどわたしは、あなたの言ったとおりもう精霊姫じゃない」


 ファーファラは俯いた。


「もう一度取り戻せ。俺が欲しいのは精霊姫だ。お前が力を失うのは予想外だった。力を失ったお前を放っておけば、俺以外の誰かに殺されるだろう。それは嫌だ。だから結婚に応じた」


「時間をやるから、力を取り戻せ? 勝手なことを言うのね! わたしはもう……力なんていらないの……わたしがこんな力を持っていたから……あんなことに……」


「こうなったのは、お前が力を持っていながら自分の望み通りになるように使わなかったからだ」


 射貫くようなユースカディの深緑の目に、ファーファラはびくりと肩を震わせた。


「だが力を捨てて生きていきたいというのなら、そうすればいい。公的な王妃の役割さえ果たせば、生活は保障してやる。お前の部屋に来るのもこれきりだ」


 ユースカディは踵を返し、自室へと戻っていく。


「待ちなさいよ!」


 大声で呼び止められて、ユースカディが足を止める。


「取り戻してやるわよ、精霊の力。勘違いしないで。あんたに愛されたいからじゃないわ。何もできずに、ただ王妃としてあんたに影のように付き従うだけなんて嫌なの!」


「ほう」


 ユースカディはピクリと眉を動かした。僅かに口角が上がる。


「どうすれば取り戻せるのかは分からないし、取り戻せるのかも分からない。でもやってやる。そして今度こそ、その力を使いこなしてみせる」


「その意気だ、精霊姫」


 振り返ったユースカディは、穏やかな笑みを浮かべていた。


「もう精霊姫じゃないって、さっきあなたが言ったでしょう? わたしはファーファラ。ファーファラって呼んで」


「そうか。おやすみ、ファーファラ」


「おやすみなさい、ユース」


 ファーファラはどこか晴れやかな顔でユースカディを見送った。


「このまま何もできないのは嫌だし、前のように誰かに言われるままにするのも嫌。わたしはわたしを取り戻す。そのために、まずはゆっくり休むこと!」


 そう呟いて、ファーファラは広いベッドに潜り込む。彼女はすぐに、心地よい眠りに落ちて行った。

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恋をしてはいけない精霊姫は鉄と血の王子に溺愛される 須藤 晴人 @halt_sudo

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