第17話 精霊姫の結婚

「本当に大丈夫でしたね。結婚、決まりました。これで一安心です」


 ユースカディからの快諾の返事を受けて、ファーファラはほっと胸を撫でおろした。国王もそれには大喜びだった。

 ファーファラが力を失ったということは伏せられており、ファーファラのロンギフロラム訪問以来、二人が相思相愛だった、ということにされていた。つまり、ファーファラが恋をしてしまったということになったのだ。

 当然そんな勝手を許すな、とか、ユースカディの策略だ、とかいう声も上がったが、同時にロンギフロラム側から同盟の要請があったために、少なくとも後者については言われなくなっていった。とはいえロンギフロラムとの同盟などより、精霊姫の力を持っておく方が国のためには良い、という声は強かった。

 だが、それは国王が泣き落しで説き伏せた。今までずっと精霊姫の魔力に頼ってきたが、親としてそろそろ彼女にも普通の幸せを掴ませてやりたい。貴族たちには今まで以上の苦労を掛けるが、これからは国のためもっと一人一人が強くなっていこう、と。

 すっかり『精霊姫という立場の重さの自覚なく、ユースカディを愛してしまった身勝手な女』ということにされ、ファーファラもさすがに辛かった。だが本当の事情を知られないためには仕方のないことだと飲み込んだ。



 準備を経て二月後、ファーファラとユースカディの結婚式がロンギフロラム王都の大聖堂で執り行われた。式は荘厳なものだった。その後王都内で行われたパレードには、若き王と王妃の姿を見ようと市民たちが押し寄せた。彼らは若き王の結婚を大いに喜んでいた。ユースカディの鉄の力と、精霊姫の魔法の力の融合だと、持て囃していた。

 懸念されていたフォルモロンゴにも動きはなかった。少なくとも、結婚前にファーファラが力を失っていたことは知られていないようだった。

 それは良いことではあったのだが、全てが上手く行ったと安堵するにはまだ早かった。

 ファーファラが力を失うに至った原因を作り上げる必要があったのだ。それは彼女には、とても恐ろしいことに思われた。



 ロンギフロラム王宮内に与えられた瀟洒な部屋の中、ファーファラは細やかな金の装飾で縁取られた大きな鏡の前に立っていた。鏡の中から、ラベンダー色の薄布でできたナイトドレスを纏った赤い髪の女が不安げにこちらを覗き込んでいる。大きなアメジストの瞳からは、今にも涙が零れ出しそうだった。


「大丈夫……大丈夫……わたしは……大人しく受け入れればいいだけ……」


 ファーファラは自分を落ち着けるように、大丈夫と繰り返す。何十回目かの大丈夫を呟いたところで、トントントントンと隣のユースカディの部屋に続くドアからノックの音が聞こえた。ファーファラはびくりとする。逃げ出してしまいたいが、そうはいかなかった。今、ここで、力を失ったことにしなければならないのだから。ファーファラは鏡の前から部屋の奥に置かれた大きな天蓋付きのベッドに移動し、その淵に腰かける。大きく息を吸い、吐き出す。そしてもう一度息を吸い、


「どうぞ」


 とドアの方へ声を掛けた。出来るだけ嬉しそうに言ったつもりであったが、その声は震えていた。

 ドアがガチャリと開き、ゆったりとしたワインレッドのガウンを纏ったユースカディが悠々と入ってきた。彼はベッドの淵に腰かけるファーファラをじっと見た。自分の格好を思い出し、ファーファラは恥ずかしさで火が付くのではないかと思った。だが、見ている、ということは良いことなのだと必死に思い直す。少なくとも、興味を持っているということなのだから。


「ユースカディ様」


 ファーファラは自分を奮い立たせ、夫の名を呼び上目遣いに彼を見る。


「ユースでいい」


 ユースカディはファーファラから三歩程離れたところで立ち止まり、じっとファーファラの瞳を見つめてそう言った。ファーファラとは対照的に、彼は随分と落ち着いているように見えた。ファーファラを見つめる目も、何かを見透かしたようなものだった。ファーファラはますます居心地が悪くなった。


「ユース。ねえ、そんな所に立っていないで、こちらにいらして?」


 一刻も早く、こんなことは終わらせてしまおうと、ファーファラは一生懸命しなを作り、精一杯妖艶な笑みを彼に投げかける。そんな事はしたくなかった。だが、そうするのが最善なのだと彼女は自分に言い聞かせた。

 だが彼はそこから動こうとはしなかった。やがてふう、とため息をつき、目を閉じる。そしてもう一度彼女を見る。


「気合を入れてくれたところ申し訳ないのだが、お前を愛するつもりはない」


「はぁっ⁉ あなたが散々わたしを手に入れたいって言っていたのよ⁉」


 あんまりな一言に、ファーファラは思わず立ち上がり、ユースカディに詰め寄った。


「確かに言ったが、それは精霊姫に対してだ」


 激昂するファーファラとは対照的に、ユースカディは極めて冷静だった。その言葉にファーファラは背筋が凍る思いがした。体から力が抜け、立っていられなくなりそうだったが、何とか踏みとどまった。

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